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吸血鬼と9㎜パラべラム  作者: からんBit
20/27

学校 D

「なぜここにいるんだ!?」

「走って!!」

 ステラの叫びに操られるように墨善は走り出した。吸血鬼が一瞬で二階にたどり着くなんてそんなの簡単に決まっている。影に溶けたのか、羽を生やして飛んできたのか、直接ジャンプしても二階という高さは吸血鬼にとって障害にはなりえない。

「さて・・・」

 墨善の耳には確実に吸血鬼のその声が届いていた。

「仕上げだ」

 寒気がする。振り返るまでもない。銃口がこちらを向いてる。

 墨善は連絡回路の先にある階段に向けてヘッドスライディングを繰り出した。その途中でステラの足首を掴んで腹から階段を滑り降りる。直後、ソロとなった激しい銃撃の演奏会が再開された。

 墨善とステラが歪な姿勢で階段を滑り下りた頭上を弾丸が通過していく。その銃声に混じって羽ばたき音が聞こえた。

「墨善!」

「わかってる」

 どうやら、奴は羽でも生やしてここに来たらしい。不死身の吸血鬼とM2を相手に今の武器では歯がたたない。墨善は逃げの一手を決め込んだ。飛ぶようにして階段を飛び降り、一階にたどり着く。

「うおっと!」

 目の前に迫っていた機銃に取りつき、セーフティをかけた。首振りのタイミングが悪かったら即死だった。心臓に悪すぎる。機銃を押し倒して、道を走る。

「これはちょっとまずいわね」

「ようやく焦ってくれたかよ」

 曲がり角がある毎にこちらは動きを止められる。これ程の機銃が設置されているのだ。次の逃げた先にあったらと考えると思うように動けない。おかげで図書館にたどり着くのには時間がかかってしまった。墨善は図書室の鍵穴にベレッタの弾丸を一弾倉分叩き込んだ。その間にも銃声は迫ってきている。

「中に入れ、奥に扉が・・・」

 その時だった。これ以上悪くならないと思われていた状況が更に悪化した。新手だった。図書室の前の廊下にまだ人間が残っていた。

気づいたのが一歩遅かった。

 血潮が舞う。暗闇で色が見えないはずなのに、鮮明な臭いが色の記憶を呼び起こす。むせ返るような鉄の臭い。墨善はなんとか図書室に飛び込んだ。中に機銃が設置されている可能性はあったが、迷っている余裕はなかった。結果論として機銃は無かった。ステラの棺桶を扉に立てかけ、即席のバリケードを作りあげる。

「う、あ・・・」

「くそっ!!」

 撃たれたのは墨善ではない、ステラだった。

「ステラ!ステラ!!」

「うゎぁぁ・・・あぁぁぁ!!」

 ステラが撃たれたのは右肩だ。弾丸が抜けていない。人間なら危険だ。危険ではあるのだが受けた弾丸はその一発だけだ。決して致命傷にはなりえない。

「あぁぁぁ!あああぁぁぁああぁ!!」

 それなのに、この苦しみ方はどういうことだ。ステラは床に倒れたまま喉からあらん限りの悲鳴を吐き出した。動く手は血の吹き出る傷口の周囲を掻き毟っていた。彼女の長い黒髪が乱れ、その爪に血の塊がこびりついていく。墨善は出血を抑えるために自分のシャツを切り裂いた。

「うあぁ!焼ける・・・肩が・・・焼ける!!」

 焼ける?

 激しい音がした。墨善の立てかけた棺桶が揺れる。考える暇も与えてもらえない。処置を続けながら墨善は背中で棺桶を抑えにかかった。断続的な振動が続く。向こう側から撃ちまくられているのは音を聞くまでもなくわかってしまう。

「ステラ・・・くっそ!!」

 どちらにしろ、今墨善にできることはこの修羅場から一刻も早く逃げることだ。墨善は肩の傷を縛りあげた。すぐにその箇所に血がにじむ。

ステラが本物の吸血鬼なら、こんな怪我は瞬時に消えてしまうのに。考えてもどうしようもないことが頭を巡る。そうこうしてるうちに背中の衝撃が一段と重みを増した。

「う、うははははは!」

 身の毛のよだつ笑い声で吸血鬼の到着を悟った墨善。この世のあらん限りの畏怖が背中の向こうにいた。本棚に囲まれた一本道、その先に黒い鉄製の裏口が見えていた。墨善達の場所から裏の出口までは直線だが距離がある。少しでも力を抜けば棺桶ごと吹っ飛びそうな状況で、ステラを抱えて向こうまでいくのは不可能だ。

「どうする・・・」

「う、うううぅぅ!!」

 そうこうしてる間にもステラの状態は悪化する一方だ。止血したはずの傷口からの出血も止まらない、身悶えるステラの叫びも消えかけてきている。

 考えている余裕は無い。

 墨善は一か八か、MP5の弾丸を図書室中にばらまいた。弾が尽き、弾倉を交換して更に連射。残っていた弾倉を全て撃ちつくした後、図書室の中は本棚と紙の洪水と化していた。

 足場は棚と本で埋め尽くされ、ちぎれたページが宙に舞っている。図書室はこれで臨時の予算を必要とするわけだ。使い切ったMP5を投げ捨てて墨善は仕上げにかかる。

墨善がステラの棺桶から取り出したのは手榴弾。それを紙切れの山のど真ん中に叩き込んだ。

 爆風で紙が舞い上がり、灰になった塵芥が即席の煙幕を形作る。

 ステラを背に抱える。一呼吸置く。

 こんなのは、いつもやっていることだ。

 ジュースがステラに、クラスメイトが吸血鬼に変わっただけ。勝負の相手は時間、結果を左右するのは己の肉体。日常と何も変わりはしない。ただ、ベットする金額に差があるだけだ。ミスをすれば、失われるのはクラスでの地位などという世間ではクソの役にもたたないものなんかではない。

背中から伝わる熱を確かに感じる。半分吸血鬼といえども、彼女は確かにそこにいる。誇大でも比喩でもない命。自分の命と背負った命。その二つに差は無い。どうせM2の弾丸を受けてしまったら、体そのものがほとんど崩壊する。銃弾の前では常に命は同じ価値だ。それは綺麗事でもなんでもない。数グラムで死ぬ。それだけだ。

墨善は息を吸い込み、吐き出した。

心の中でピストルが鳴り響く。

ヨーイ、ドン!

駆け出した。全身の筋肉をしならせ、一瞬でトップスピードまで到達する。背後で激しい金属音がする。棺桶がまだ耐えていた。足を踏み出す。大地を踏みしめる。地面を蹴り飛ばす。口から気合の裂帛が漏れ出した。

 叫びとも、悲鳴ともとれるその音は銃撃の多重奏を切り裂いて夜の闇へ撃ち放たれる。体を前に倒す。足のストライドを限界まで伸ばす。自分の持てる全てを一つの目的へと収束させた。

 一歩でも、一センチでも、一ミリでもいい。前に出る。

一瞬でも早く、一瞬でも速く。ただそれだけのためだけに走り続ける。走る。

 背後で棺桶が倒れる音がした。大腿に乳酸が溜まる。背に乗せたステラが重い。

それでも、体は止まらない。

 限界まで体を低くし、それでもスピードは落とさずに走り抜ける。即席の煙幕の中に銃弾の軌跡が浮かび上がる。狙いの定まらない銃弾が頬をかすめる。ひりりつく頬から血が流れる。煙幕が割れる。既に扉が射程距離だった。

 墨善はベレッタを片手で取り出し、ドアノブに向けて連射する。

 全力疾走中、しかも片手。命中精度など悲惨なものだ。それでも撃ち続ける。

弾が切れた。鍵が壊れている保障はない。

 ベレッタを投げ捨て、墨善は頭からその扉へと突っ込んだ。

「ぐぅう!!」

額が割れた。激痛だ。それでも、外の空気は格別だった。扉を抜け、月下の世界への逃避行。背負った美女はまだ生きていた。

「うぅぅあぁぁああぁ!」

限界に近い短距離走の疲労と額に走る鈍い痛み、夜風の冷たさの入り交じった解放感。それらのないまぜになった全身の浮遊感。足から力が抜けてしまった。勢いのまま前につんのめり、背中からステラが投げ出され、二人の体がコンクリの上を跳ねまわる。

墨善は残る気力を総動員して、もう一度地面を蹴りつけた。ステラの体を掴み、銃弾の軌道から逸れる。アスファルトで全身を摩り下ろされながら、墨善は道の上を転がりまわった。制服が擦り切れ、血が滲む。校舎裏の舗装された場所に自分の皮膚組織をこすりつけるなんて初めての経験だった。

体の回転が止まる。墨善は寝転がったまま、最後の武器、二挺のグロック18を抜いて図書室の出入り口へと向けた。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

荒れる呼吸。震える銃口。相手がこの出口から出てくる保証は無い。ついでに言うならこのグロックに装填されているのは銀弾。人間が出てきたら、頭蓋を貫通できるかどうかも危うい銃弾だ。

手詰まり。

 その言葉が、酸欠に陥ってる頭の中を巡る。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 銃撃はいつの間にかやんでいる。墨善が作った即席の煙幕の残りがその出口から漏れ出ていた。図書室の中の紙が燃える音がする。自分の心臓の音がする。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 足音がする。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 固いブーツの足音。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 複数の足音が聞こえる。

「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・」

 手に持っていたグロックが震える。滑り落ちそうになるグロックを握りしめて、墨善は歯を食いしばった。この銃じゃ勝てない。逃げ場もない。酸欠で眩む頭の中は既に真っ白だった。

 そして、足音が止まる。

 開けっ放しのドアの中から銃口が顔を出した。

「はぁ・・・・くっそがぁぁ!!」

 やけっぱちでトリガーを引き絞ろうとしたその時、急ブレーキ音が鳴り響いた。墨善の背後に何かが停車した。

「オボロ!やっちまえ!!」

『あったりまえじゃぁい!』 

 墨善が声に反応するより早く、夜をつんざいて激しい銃声が鳴り響いた。墨善の頭上を通過していく大量の弾丸。図書館から姿を見せた男の上半身が吹き飛び、扉の周囲が次々と粉砕されていく。コンクリを破壊し、図書館内を血しぶきと肉片で満たしていくのはM2の12.7mm口径と同じ弾丸を使用するGAU‐19ミニガン。三本の銃身が回転しながら次々と弾丸を撃ちだしていくガトリング砲だ。それが一台の牛車に搭載されていた。平安時代に使われていた牛にひかせるあの牛車だ。時代錯誤どころか博物館にでも飾られてそうな品。その天井の上に固定されたGAUは精密な射撃で図書館の出入り口を粉砕していた。

『おう、墨善!生きてたかい』

 野太く、しゃがれ気味の声がその銃声の合間に聞こえる。

「オボロ・・・」

『なんでぃ、なんでぃ。情けない声出すなや』

 それを言ったのは牛車の前面に張り付くようにある巨大な鬼の面。いや、面では無い。これは顔だった。

『朧車』のオボロ。

こいつこそ、我が下宿のガレージを寝床とする『車』なのだ。

「墨善!ステラさん!」

 そして、頭上で聞こえた声。久しぶりにこの声を聞いた気がした。

「祭・・・」

 こいつの声を聞いて、こんなに嬉しかったのは初めてかもしれない。オボロの車体が回転し、後部のすだれが持ち上がる。

「挨拶は後回し!さっさと乗れ!!」

墨善はグロックをホルスターに差し込み、牛車の中の祭にステラを手渡した。

「いたぞぁ!奴らはまだ生きてる!」

声を張り上げた奴に向けて祭がツェリザカを取出し、五発の弾丸を全て叩き込んだ。人間数人分のミンチを背に、墨善も車の中に滑り込んだ。

「墨善、ここは地獄か?」

「似たようなもんだ。でも、少なくとも俺はまだ死んでねぇ」

 差し出された祭の手を掴み、オボロに乗り込む。

『おめぇら、そろそろ弾切れだ。出すぞ!』

「おう、行ってくれ」

『任しとき!』

急発進した牛車は既に破壊されている裏門を通過して公道へと飛び出した。

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