奇襲 B
何発かの牽制を経て、ステラも地下へと降りる。ステラが蓋を戻せばあたりは一面の闇に包まれた。そして、その直後にくぐもったような爆音が聞こえてくる。クレイモアが起爆したのだろう。
「まったく、クレイモアなんて持ってきてたのかよ」
「ちょっと火薬を強化した品をね。役に立ったでしょ?」
そう言って笑ったステラは棺桶を背中に担いでいる。ここは地下水路である。下水でも上水でも無い、街を流れる川をコンクリの下に流している場所だ。下は絶え間なく水がながれ、その音が妙に響いて聞こえてくる。ステラはあの部屋からコンクリと地面を掘り進み、この地下水路に直結しているのだ。
「でも、あいつら。なんだったんだ?」
「戦闘中わずかに姿が見えた。多分、警察とかじゃないと思うわ」
「暴力団の構成員とかか?」
「そんな軟な奴らが手榴弾まで用意するかしら?」
「んじゃ、傭兵か?」
「にしては、この程度の射撃で十分釘付けにできていたのよ。あまりにお粗末だと思わない?」
武装と兵隊の練度が伴っていない。難なく逃げ出せたのはそのおかげだろう。
「どちらにしろ、愉快な話じゃないな」
この辺りをシマにしてるのは主に五月雨会の連中だ。だが、奴らの手先だとは思えない。
「五月雨会の組長のとこには行ったのか?」
「電話で挨拶しただけよ。でも、そんなに不穏な雰囲気にはならなかったわ」
情報の交換をしていてもらちが明かない。とにかく、今は逃げることが優先だ。吸血鬼と戦うのなら明らかに武器が不足している。吸血鬼相手には鉛を芯にしたフルメタルジャケットでは一瞬で治癒してしまう。奴を殺すなら銀を弾芯にした銃弾がいる。
「持ってないのか?」
「あいにく、ちょうど売り切ったとこだったのよ。工場からの運びを墨善に任せるつもりだったからね」
銀の弾丸は鉛に比べて柔らかく、貫通力が極端に落ちる。だがほとんど装備らしい装備をしない吸血鬼相手ならそれで十分だ。吸血鬼といえども血は流れている、銀弾で傷をつければ回復力は人間並みになる。
「足元滑るから気をつけて」
「わかってるって・・・」
水が流れている上に若干の下り坂。武器を多数抱えて重くなった体でバランスを取るのは難しい。巨大な棺桶を担いだステラは難なく歩いているが、これは単純に経験の差である。
ここからどこかで地上に出て墨善の自宅かセーフハウスに逃げ込みたいところなのだが、いかんせん敵がどこで待ち伏せしているかがわからない。できれば待ち伏せを受けにくい街の外のまで行ったほうがよいだろう。二人はその結論に達して、地下水路を歩くことにした。
そして、いくらか歩いた頃。ステラがおもむろに立ち止った。
「ちょっと待って」
ステラは棺桶を下におろした。水音に混じって大勢の人間の足音が聞こえてきていた。音が反響してわかりにくいが、どうやら後方からだ。
「走ったほうがよさそうだな」
「いいえ・・・」
ステラが棺桶の蓋を盾のようにして体の前に構えた。
「手遅れよ」
銃声が多数轟いてステラが構えた防弾仕様の棺桶の蓋に弾丸が当たる音がした。当たった弾丸は跳弾となって地下水道を飛び回った。墨善もステラの後方から射撃を開始した。だが、相手が全く見えない。それなのに向こうの射撃はやけに正確だ。
「暗視スコープでもつけてんのか」
「文句言ってないで、撃つ」
「弾の無駄だろこれ」
「墨善の持ち物じゃないからいいでしょ」
会話をするそばでは、反響した銃声が耳に刺さり、跳弾の音が危機を伝えてくる。持ってきたMP5の弾が切れる。墨善は蓋が開いた棺桶からスナイパーライフルを持ち出した。ロシア製の傑作狙撃銃であるドラグノフだ。7.62mmの弾が箱型の弾倉に10発詰まっている。精密狙撃には向かないが、中距離の野戦狙撃なら十分な性能を持っている。ステラの傍にしゃがみこむようにして射撃姿勢を整える。蓋の傍から銃口と顔だけが出るようにしてスコープを覗き込む。スコープの調整はしていないが、そんなことをやっている余裕は無い。敵の火花をもとに照準を合わせる。
呼吸を止めて引き金を引き絞った。耳元で放たれた銃声。その結果、スコープの先で何かが動いた。当たったようだ。だが、それは狙っていた奴の隣の奴だった。あまりにもずれているので、スコープの上部についたノブで標準を修正。再び覗き込む。先程より距離がつまってきているのを確認しながら引き金を引き絞る。今度は間違いなく手応えがあった。次は照準を修正せず、目測で引き金を引く。足元に川の水以外の液体が混じる。それは色ではなく独特の臭いでわかった。銃口から出る火花を基準にドラグノフを撃ちまくるが10発などすぐに尽きる。思うように敵の数を減らせない。
「ステラ、面倒だ」
墨善は次の弾倉を差し込みながらそう言った。
「だからって後退も前進もできないわよ」
「どっちでもねぇ。突っ込む」
ステラは隣に伏せる墨善に視線を送った。
「フォローするわ」
ステラは盾を手にとりながら、背中に背負ったAUGを器用に構えた。
「派手に踊りなさい」
「All right」
墨善は完璧な発音でそう言った。その間に墨善はドラグノフを棺桶に放り込み、低い姿勢から飛び出した。AUGの銃声を背後に受けて一気に滑り込む。その先には銃を構えた奴らが六人いた。いや、今しがたステラの射撃で五人になる。全員が短い機械槍の如く、ライフルを構えていた。
「Shall we dance. Baby!」
墨善はベルトから軍用ナイフを抜いて目の前にいた男を顎の下から突き上げる。顎の下から脳幹までナイフを貫通させ、抜き去る。
残り人数は四人
死体が倒れる前にさらに近くの敵に向かう。防弾、防刃ぐらいの装備は付けているようなので、狙える箇所は限られる。墨善は相手の膝が目の前になるぐらいに姿勢を落としてそのむき出しの大腿にナイフを突き立てる。
「ぐぅ」
うめき声が聞こえた。墨善は男の真下から顎を目がけてアッパー気味に掌底を叩き込んだ。下顎骨を粉砕した感触を感じながらあいた手でナイフを抜き去る。死んだわけではないだろうが、確実に意識は刈り取った。
あと三人
二人を仕留めた段階で、さすがに敵も対応を見せた。今しがた顔面の下半分を破壊した男の体を掴んでその後ろに隠れる。多数の発砲音。掴んだ男の体が痙攣でも起こしたかのように揺れる。男は防弾装備を着込んでいたので盾として十分役にたった。
墨善は銃撃の衝撃を押し返しながら、その男を敵に向けて蹴り込んだ。そうやって死角を作り、その背後から飛び出す。150に満たないかもしれない身長でも自分のリーチを最大限に使えば、大の大人の額ぐらいには手が届く。無様にも発砲を続ける男の一人に狙いを定めてナイフを眉間に突き立てた。
それで残り二人。
頭蓋にめり込んだナイフを引き抜く手間が惜しく、ナイフを諦めて間合いを詰めた。向けられそうになる銃を左に弾いて拳を鼻に叩き込む。再び向けられそうになる銃をもう一度左に弾く。同時に突き出した拳が鼻の骨をへし折る。怯んだところに指先に力を込めて喉に突き刺した。奇妙な声と共に口から吐き出されたものをものともせずに墨善は手刀に切り替えて喉に一撃を叩き込む。今度は確実に首の骨を折った感触があった。
最後の一人。
向こうもただのバカでは無いらしい。距離が近く、アサルトライフルでは不利とみたのか懐から拳銃を取出していた。暗くてもわかる、粗悪品のトカレフだ。墨善は一気に左手を伸ばして拳銃の上部のスライドを掴んで固定する。こうすれば、拳銃は発砲することができない。そのまま足を地面にめり込ませる勢いで叩きつける。足から体に跳ね返ってくる衝撃をそのまま勢いに変えて前方にひじ打ちを叩き込んだ。チタンプレートの感触があったが衝撃は肉体まで通る。目の前の男は技の衝撃をそのまま受けて後方に吹き飛んだ。後方には地下水路の壁。叩きつけられた男は後頭部から赤い絵の具を垂らして絶命していた。
地下水道からは人の気配は消えた。それでも、水の音はなり続いていた。
墨善はナイフを回収して念のために全員の意識を確かめる。二人目がまだ生きていたので首から上を思いっきり蹴って首を横に曲げておく。墨善は顔に付いた血の混じる唾を拭い、ステラのもとに戻った。
「終わったぞ」
「怪我は?」
「ない」
これでも運び屋だ。そこらのチンピラに負けるつもりは毛頭無い。
それにしても、この暗闇、しかも片手でステラの射撃はよく当たるもんだ。墨善が肉弾戦を挑むまでにステラは数人を葬り去っていた。くぐってきた修羅場の数はステラのほうが数倍上なのだと思い知らされる。そのステラは傷ついた蓋をもとに戻して、棺桶を再び担ぎ上げた。
「このまま逃げ切れればよいのだけれど」
ステラの声に焦りは無い。余裕であるというわけでは無く、慣れているだけだろう。問題はこの地下水路に逃げ込んだのはばれている。このままここを歩き続けるのは危険だった。
墨善とステラは適当なマンホールを見つけて外に這い出る。
「ここは、どの辺かしら?」
「学校の近くだな」
墨善にとっては見慣れた道。通学路の途中に出てしまった。
「墨善の方が土地勘はありそうね。近くになにかある?」
「セーフハウスよりも学校に逃げ込んだ方が安全だろうな」
こちらの逃げ道まで完全に把握していた奴らだ、ばれてる可能性が高い。
「俺や祭がもしもの時の為に保管しといた武器類もある」
今のところ使用したことは無いが、お互いの最低限の武装はある。
あまり昼日中に使用することは考えたくはない。それは、すなわちこの日本で犯罪者となるということだからだ。アンダーグラウンドではとっくに札付きになってるが、せめて表では堂々としていたい。日常は好きなのだ。
「とにかく、情報を集めんのが先だ」
墨善は定子だんと連絡を取ろうと携帯を取り出した。デジタル暗号化されている携帯なので盗聴の心配は無い。
「あれ・・・」
電話がつながらない。
「妨害でもされているの?」
「そんなことは無いんだが」
その後も祭や佐助、百春にまで電話を掛けてみたが結局誰一人応答が無かった。
「こりゃ本格的にやばいかもな」
ステラと顔を見合わせる。やはり、セーフハウスに行くという選択肢は無くなった。