奇襲 A
地下に転がった墨善はすぐに大人数が入り込んできた気配を感じた。階段の下から闇雲に撃つのは素人の行動だ。墨善は身を低くして『シアワセローン』の中に飛び込んだ。
「墨善、銃声がしたけど」
「吸血鬼だ。M2で武装してる」
防弾ベストなど無意味。数センチの鉄板をも貫通する威力を誇る重機関銃の脅威は計り知れない。
「入口には他にも敵が・・・」
説明するよりも早く『シアワセローン』の扉越しに銃撃が開始された。
「くそっ」
ステラの部屋に逃げ込む。袋のネズミというわけではないが、状況が悪いのは一緒だ。未だこちらは相手の戦力を一切把握していない。
「墨善」
名前と共に手渡されたのは防弾ボディアーマーと弾倉を入れるポーチがついたタクティカルベストだ。M2に対する防弾効果は期待できないが、それより下の口径の弾丸ならいくらか防げる。
「武器は?」
「昨日の弾丸は詰めたまんまよ」
「日々、祈っといて正解だったな。アーメン・ハレルヤさまさまだ」
墨善のジョークに余裕をもって笑って見せるステラ。その笑顔にわずかばかり心が落ち着いて墨善の頭が回りだす。昨日手入れしたベレッタに弾倉を突っ込み、上部のスライドを引いて薬室と呼ばれる場所に弾丸を送り込んでおく。こうしないと引き金を引いても弾は飛び出さない。安全装置をかけてタクティカルベストのホルスターに収納する。
拳銃はスライドを引けばそれでよいが、ライフルやマシンガンには薬室に弾丸を送り込むためのコッキングレバーというものがついている。サブマシンガンであるMP5も同様で、墨善はMP5に弾倉を差し込んでコッキングレバーを手前に引く。アルミ缶を潰したような音がして薬室に弾薬を送り込まれた。
「ナデシコ、お願い」
ステラがナデシコに向けて拳銃と軽機関銃を放り投げる。拳銃は墨善と同じベレッタ、軽機関銃はゲネフ軽機関銃。イスラエル製のこの軽機関銃はベルトリングに繋がれた弾丸を次々と発射する武器。弾倉の入れ替え無しで百発の連射が可能な箱型弾倉を使用する。
ナデシコは投げられた銃器を綺麗に受け止め、一本の手でOKサインを出して見せた。こういう時にはたくさんの手は便利だ。
その時、部屋の扉から金属音の連打が聞こえてきた。
「防弾仕様にしといてよかったわ」
「こっちは冷や汗がとまんねぇんだけど」
防弾仕様でも強力な弾丸を使われたら貫通するに決まっている。それなのにステラは鼻歌なんか歌いながら、棺桶から地上設置型の地雷を取出していた。墨善はベレッタの弾倉を4本、MP5の弾倉も同じく4本装備。こっちは歌う余裕は皆無である。
「ステラ、準備できたぞ!」
二人の叫びは扉の鍵が破壊された音で掻き消えた。
二人は同時に扉に銃口を向け、安全装置をセーフティからフルオートに切り替えた。
引き金を引けば一発の弾丸が出るのがセミオート、引き金が引かれている間は発砲し続けるのがフルオートだ。
先陣を切ったのはドアの真正面にいるナデシコだった。
何本もの手で安定させたゲネフが一気に火を噴いた。ゲネフの弾丸は開きかけた扉を押しのけてその後ろにいた一人に突き刺さる。痙攣するように人間が後退していき血だまりを作りながら仰向けにひっくり返った。
百発の箱型弾倉は伊達ではない。弾幕を張り続けるナデシコ。その姿はまさに生きる銃座だ。ステラと共に世界を巡っているだけのことはある。
ナデシコに対し敵が後退を見せる。それを見たステラは部屋の隅に移動して床板をはがした。下に現れたのは地下へと続く道の蓋。それをステラがあけ、墨善がナデシコの援護にまわる。ゲネフの弾がようやく切れたので、墨善が射撃を継続。ナデシコもベレッタを撃ちながら次の弾倉を交換する。
墨善はナデシコのようなフルオートではなく、牽制するような短く区切った連射を行う。変則的なリズムで相手に反撃の隙を与えないような射撃だ。
「墨善」
ステラの声を銃声の間に見つけて振り返る。そこには地下への非常口が顔をのぞかせていた。その時、重い金属が床にぶつかる音がした。手榴弾が投げ込まれた。
「まったく」
それを見た時にはステラが墨善の前に移動していた。彼女は落ち着いて、投げ込まれた手榴弾に足の甲を合わせた。『蹴る』というよりも『投げる』という言葉が合いそうな程に柔らかなシュートタッチ。卵でも蹴り返せそうなしなやかな一振りで手榴弾は見事にドアの向こうへと放り込まれる。
「相手にサッカーの心得があるとは思わないのかしら」
見事なまでのミドルシュート。スタンドからの歓声の代わりは手榴弾の爆音。爆風と大量の破片でドアの向こうは最高潮だ。
「時々、本当に自分が狭い世界で生きてるんだなって思うんだけど」
「呆けてる暇はないわよ」
手榴弾が小型だったので向こうの部屋で何人かが生き残っている。そいつらの闇雲な射撃が部屋の中に飛び込んできた。
激しい金属音がした。真正面にいたナデシコがその射撃を浴びていた。当然、動けないナデシコは攻撃を受けるしかない。銃弾が手をいくつも引きちぎり、真ん中の幹にも一発撃ちこまれた。ゲネフを取り落し、全ての手が力なく垂れ下がる。
「ナデシコ!大丈夫か!!」
墨善が叫ぶ。それに答えるように、ナデシコはまだ動ける手で拳銃を投げてきた。
正確な投擲で墨善の手に収まるベレッタ。そして、ナデシコは手を力なく横に振り『バイバイ』と伝えてきた。
「ナデシコ、後で迎えにくるから!」
ステラがそう言うと、ナデシコの全ての手がOKサインを作る。まだ、随分と動けるようなので心配いらないだろう。墨善はただの観葉植物へと姿を変えていくナデシコを尻目に地下への入口から飛び降りた。ここを使うのは2度目だった。