予兆 A
「行ってきます」
翌日は平日。それは学校が休みではないというわけで、健全な学生である夏杵墨善はいつもの登校時刻に家を出たのだった。
「行ってきます」
そして、同じ学校に通っている鞍馬佐助も似たような時刻に家を出たのだった。
「そういや、結局あの二人帰ってこなかったな」
周りに学生らしい人もいないので、墨善は地声でそう言った。
「ステラさんとお喋りしていたんでしょう。今日学校に来るかどうかも怪しいッスね」
「徹夜だったろうしな。まぁ、ステラさんにとってはこれからが睡眠の時間だけど」
吸血鬼の生活リズムは墨善達と真逆である。
「俺達も放課後行ってみましょうか?」
「ほう、佐助から言い出すとは思わなかったな」
「俺はまだステラさんがこっち来てから会ってないッスから。挨拶はしとくべきだと思いまして」
「そりゃそうだ。しなけりゃ後が怖い」
礼儀に厳しい女性というわけでは無いが、だからと言って礼を欠く理由にはならない。
「お、祭と百春ッスよ」
佐助が通学路の先に二人を見つけた。
茶髪のロングヘアと巨大なシルエット。間違いなく二人だ。墨善と佐助は追いかけていって声をかける。
「お~い、おはようさん」
いつもなら、ここで元気な挨拶が返ってくるのだが。
「す、墨善!バカッ!話しかけんな!!」
物騒な挨拶が祭から返ってきた。元気なことはいつも通りだが、普段はもっと普通の挨拶だったはずだ。しかも、なぜか顔が真っ赤だった。
「お、おい。祭?どうしたんだ?」
「話しかけんなって言ってんだろ!!」
「お~い・・・」
祭はそのまま足早に学校へと向かっていってしまった。一歩のリーチが極端に違う墨善と祭なので向こうがその気なら墨善には絶対に追いつけない。
「なんだったんだ?」
「あははははは」
笑い出したのは百春だ。
「やっぱ、まっちゃん可愛いな」
「また変なこと吹き込んだんッスか?」
「ウチちゃうよ」
「ということは消去法でステラさんってことッスね」
「何やってんだあの吸血鬼は・・・」
祭が本気で走ったらリーチがあまりにも違う三人には追いつけない。墨善達は追いかけることを最初から諦め、自分達のペースで学校へと向かった。
「墨善、さっきの話ッスけど。放課後は昇降口で待ってますから」
墨善と祭は同じクラスだが、百春と佐助はそれぞれ異なるクラスだ。
「うん。でも、先行っててもいいよ?」
周りにちらほら生徒も見えてきたので墨善は学校用の甲高い声と子供っぽい口調でそう言った。
「何言ってるんッスか。手土産は考えないといけないでしょ」
「確かに」
コーヒーに合うお茶菓子でもあれば、地下室で優雅なティータイムが体験できる。
「なになに、皆放課後ステラさんとこ行くん?」
「百春も一緒に来ます?」
「やめとく、昼寝したい」
「結局徹夜だったんッスか?」
「そうや。今はまだハイな気分やけど。放課後あたりにはピークになりそうや」
そう言いつつ、祭は腕を上に伸ばしながら大あくびをした。
「授業中寝ないようにね」
「あんたの声キモいな」
「ひどい。気にしてるのに」
「あ~・・・もう、しゃべんなや。イライラする」
「よく、祭にも言われるんだよね。そんなに変かな?」
「変や。お前の身長くらい」
「おい、目ん玉一つ潰されてぇらしいな」
墨善の声と話し方が素に戻った。
「うんうん、やっぱそっちの声の方がしっくりくるなぁ」
「俺もそっちの方がいいッス。なんで声音変えるんッスか?」
「人間が人間らしくいる為、ってとこかな」
佐助と百春は顔を見合わせた。意味がわからない。そういう顔をしていた。
「お互いの顔に答えはあった?」
「ないわ」
「ないよ」
「そりゃそうだよね。僕は書いた覚えないもん」
墨善は校門をくぐりながら、甲高い声でそう言った。