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吸血鬼と9㎜パラべラム  作者: からんBit
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日常 A

人間舐めるなファンタジーのようなそうでないようなものです。

一応、完結している作品なので、最後まで上げていきます。

この世界に夜はもうない。

もちろん比喩だ。

都会では常にネオンサインがきらめき続け、眠らない街も存在する。あらゆる現象に科学のメスが入り、様々なことが白日の下に晒されているという現実もある。

だが、私が言っているのはそんな高貴的なことではない。ましてや哲学的なことなどでは決してない。

単なる自虐である。

『妖怪怪奇』『モンスター』呼び方は何でも構わない。もし、それらがいないと明言する奴らがいたらそれは概ね正しい。

それらは元がどうあれ人間の恐怖の形である。


死が怖い

夜が怖い

火が怖い

冬が怖い

狼が怖い

目が怖い

人が怖い


そういった感情を基に『私達』が生まれた。ならば、『私達』はもう存在していないだろう。

なぜなら、私達妖怪変化はもう人の恐怖の対象とはなりえない。

屈強な狼男の牙も銃弾を防ぐボディーアーマーを貫通はできない。人を無機物へと変化させるメデューサの眼も暗視ゴーグルの前では無意味。鬼の尋常ならざる怪力だろうと900m先から飛翔してくる7,62mmの弾丸を防ぐ術は無い。我々はもう駆逐され、葬られるだけの存在。夜はもうないのだ。

だから私達は武器を取った。昼日中でも生きられるように。

透明人間は軍隊格闘を学び殺し屋となった。死体の継ぎ接ぎによって生まれたフランケンシュタインはその腕に機関銃を仕込んでいる。雪女はロシア製のアサルトライフルで武装し、幽霊列車は20mmの機関砲を備えて街を走り抜ける。

 そして私もオーストリアで作られた傑作アサルトライフル、ステア―AUGを手に持ち、棺桶に大量の銃器を詰め込んで今日も世界を練り歩く。

『二度とできない経験』を求めながら



日本という国は常に平和なように見える。

人々は戦争をどこか別の世界のように感じ、銃を手にしていなくても自分が守られているような錯覚を覚えている。守るべき戒律を持つ人の方が少なく、主義のぶつかり合いも命のやり取りをせずにすむ場合のほうが多い。理不尽な死と自分が無関係だと思い込み、日常とは異なる場所で生がやり取りされている気になっている。

その全てが虚構などと言う気は無い。

むしろそれが現実である。

いくら紛争地域の少年兵が親を殺しても、どこかの国の誤爆で夫を亡くした妻が嘆いても、地雷原を歩かされた農民のうめき声が消えたとしても、日本という国が変わることなどあり得ない。

 少年兵の使った拳銃が日本を経由して密輸されたものであったとしても、誤爆した爆撃機が飛び立った場所が国内の基地だとしても、農民の祖父が日本人だったとしても、やっぱり日本は平和だ。

目の前のクラスメイト達もそう思ってるんだろうな。

 そんなことを考えながら今日も二年B組の教室で俺は周りから次々と声をかけられていた。

「俺、アゲパンとTBLサンド。飲み物はコーヒー牛乳でよろしく」

「焼きそばパンとタマゴパン、まだ残ってたらあんパンも」

「購買いくならついでにシャーシン買ってきて」

「ペプシ二本とアクエリ一本」

「さっきカツサンドって言ったけど、ツナサンドに変えてくれ」

複数方向から飛んでくる要求を頭の中に順にメモしていく。今は昼休み、俺の名前は夏杵墨善。ある程度注文が出そろうまでおよそ五分。今回の参加人数は十二人。その全員分の昼飯は自分に任されたことになる。料金後払い、間違えたら俺の所持金から引かれる。俺が購買から帰ってくるまでに誰かの気が変わればもう一往復。断りたいのはやまやまなのだが、クラスの中心人物に命じられている以上拒否権はこちらに無い。

「ほら、さっさと行って来いよ」

俺に高圧的にそう言ったのがその中心人物とやら。残念ながらまだ名前は覚えていない。確かクラヤマ君だった気がする。新たなクラスとなって早くも数か月なのにまだ名前があやふやだ。名前を覚える努力を怠っているのが主な要因である。

「うん、わかった。じゃあ、もう変更は無いね?」

奇妙に甲高い、声変わり前の声。それを発したのは自分の口だった。

「ペプシ私にも買ってきて~」

教室の端からそう声がかかる。参加人数が一人増えた。

 他に変更の声はかからない。

「早く行けよ」

「わかってるって」

二度目の催促にすがすがしい声で返事をして、廊下への扉をあけ放つ。

 ヨーイ、ドン

自分の中でピストルの発射音が鳴り響いた。そして今日も『廊下は走ってはいけません』という校則を破って廊下を駆けだす。短く切った黒髪はほとんどなびかない。全身に備え付けた筋肉は目立たないながらも確かな能力でもって自分を加速させてくれる。150を少し越えた程度の体躯をしならせるようにして空気の壁の中を抜けていく。

その世界に言葉は不要。

幼さの残る顔とそれに見合う甲高い声が相まって小学生と言っても通じるというのは本人の弁だ。何事にも首を横に振らない彼の姿勢は恰好の役職を与えられるにいたった。

『パシリ』

それが自分のクラスの俺の立ち位置である。だが、それは悪いことではない。日常は日常らしくあるべきだ。




単なる日常は嫌いだ。

 それは常に思っていることだ。自転車で通う登下校。惰性としか思えない授業。刺激の足りない放課後。決められたセーラー服を着続ける日々。唯一それを打ち破ってくれるのは仕事の時だけだ。だが、それは毎日できることではない。依頼がなければ仕事はできない。そして私のつまらない日常を助長しているのがあいつだ。

夏杵墨善。

あいつは毎日のようにああやってクラスの皆にパシられている。あの姿は退屈を通り越して苛立ちを覚える。最近はそれすら後方に押しやられ、殺意を抱きつつある。

日常は嫌いだ。そして、日常の中にいる墨善を見るのは大嫌いだ。

教室の窓際、一番後ろの席。そこは鬼町祭の席。190、あわよくば200に到達しそうなまでの身長と全体的に細見でしなやかな体。短い髪と鋭い目つきは一見すればスポーツ万能の青少年のようだ。だが、それは『彼女』にとっては単なる悪口にしかならない。

「本当に毎日毎日、よくやるわ。あいつも」

そんな彼女の独白は昼休みの喧騒に飲み込まれて誰の耳にも届かない。

窓から下を見れば、時間節約のため二階の窓から飛び降りる墨善の姿が見えていた。

「まっちゃ~ん、一緒にご飯たべよう」

そんな友人の声に肯定の意を示してやるとすぐに数人の人間が集まってくる。机を合わせ、共に弁当を広げた友人は女性ばかり。なぜか昔から異性よりも同性から好かれやすい。理由は知っているのだが、正直認めたくはない。これでも私も女の子なのだ。

 だが、自分の肩から伸びる筋肉質な腕とバスケットボールも鷲掴みにできる掌はやはりいかつい。

それを見ると時々溜息が漏れそうになる。

本当は目の前の彼女達のような白くて柔らかな腕が欲しかった。小さくて、細く、かわいらしい掌が欲しかった。それを欲してやまない日々を最近はよく感じる。特に今日は強く感じる。

 それもこれも、全部あいつのせいだ。

 嫉妬心と劣等感にさいなまれながらも昼ごはんと雑談は進んでいく。

「新しく始まったドラマ、どれが好き?」

「私は『影の虚栄』かな」

「あ、私も。やっぱり斉藤君ってしびれるよね」

「『カルナバル』も好きだけどね」

「わかる。小暮君の演技力はずば抜けてる」

話題に参加しつつもやはり視線は別のところ。再び見た窓の外では、両の手一杯にパンを抱え込んだ墨善が楽しそうに全力疾走していた。その表情は極めて明るく、人生最高の時を過ごしているようにも見える。

「あ・・・」

 人とぶつかった。

 だが、その相手に見覚えがあり、祭は安堵の溜息をつく。

「なに、まっちゃん。またパシリのこと見てるの?」

あいつにはちゃんと名前がある。そう言いそうになった口をひとまず閉じる。

「本当にあんなののどこがいいんだか」

「ちびで根性無しで甲斐性無しと三拍子そろってるしね」

「いいやつってより、便利なやつってことで有名だし」

そう言って笑う彼女達。彼女達に悪気はない。今の評価は総じて的を得ていることはわかっている。わかっているが、それでも感情を抑えることができない。握りしめた拳が掌に食い込む。爪を短く切っていなかったら血が滲んでいたかもしれない。

「顔は確かにまあまあだけど、いっつもへらへらしてて気持ち悪いし」

「ペットならまあいいかもしれないけど」

大きな音がした。自分の大きな掌が木の机に叩きつけられた音だった。破砕音と共に自分の弁当箱がひっくり返る。さすがの大音響に教室の中が静まり返っていた。

 自分の息が荒くなっているのはわかっている。体の中に焼き鏝でも投げ込まれたように全身が熱い。自分の心臓の拍動がうるさいぐらいに耳に響いていた。視界が赤くにじんでいる。泣きそうとまでは言わないが目頭が熱い。底から突き上げてくる感情は爆発寸前。それを止める気は毛頭ない。簡単に言えばあたしは『キレた』

「あんたら・・・あいつは・・・」

「なになに、なんかあった?」

 突如現れたお気楽な声。間違えることのできないぐらいにやけに甲高いその声は間違いなく墨善のものだった。

 墨善、お前絶対にタイミング計ってたろ。

 そう言いだしたくなるぐらいに絶妙の間合いであった。

「ごめん。ちょっとキレかけた」

その間合いが友人の間にも笑いを戻した。私はわずかに残っていた憤りを溜息と共に吐き出した。その時、ほんの少しだけ墨善と目が合った。

ウィンクが飛んできた。

 頬が燃え上がる。

「あれ、まっちゃん。まだ、顔赤いよ・・・もしかして、やっぱりまだ怒ってる?」

「ううん、そんなんじゃなくてさ」

こんなんで反応してしまう自分が少し情けない。

「でも、本当にまっちゃんって夏杵のこと好きなんだね」

 そうなのだ。それは紛れもない事実。

「悪い?」

「ううん、でもさあいつのどこが好きなの?」

未だにひっくり返ったままの弁当箱をもとに戻しながら少し考える。本当は考えるまでもない。だが、彼女達にわかるように説明するには少しだけ頭を捻る必要があった。

弁当の形のまま転がったご飯をもとの位置に戻す。サラダについていたマヨネーズを机から拭う。床に転がった卵焼きを口に放り込んだところでやっと言葉がまとまった。

「日常から連れ出してくれる。そんなところかな」

友人達の顔を見るにうまく伝わらなかったらしい。仕方ない。墨善のことを知らない人間にいくら説明しても伝わるはずがない。

 人間じゃなければ話は別だが・・・


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