- 1 - 始まりは突然で
初めまして。
紅蒼です。少し前から考えていた小節がようやく形に出来そうなので投稿します。最初は文字が少なめで申し訳ないです。
散々出尽くした感があるVRMMO物ですがよろしくおねがいしますー。
始めに感じたのは小さな眩暈。
視界が真っ白く覆われるもそれは一瞬のことで、サーバーのエラーかとも思ったが特にアナウンスは行われる様子はない。視界の端に微かに映った見覚えのある幾何学模様に若干の疑問を覚えたが、問題はないだろうと判断することにした。
それよりも今は気になる懸念もあるしね。
心の声に応えるように周囲の木々が不気味に揺れる。
まるで巨大な手で上から抑え付けられているのではないかと思うほど周囲の空気は酷く重く、粘りつくような湿気が漂っていた。
ラビアン樹海。またの名を迷宮の森。恐らく迷宮の意であるラビリンスから捩っているのであろうラビアン樹海は、来るものを拒まず去るもの逃がさずの風貌で佇んでいた。
曰く、入ったら二度と出てくることが出来ない。
曰く、この森には怪物が住んでいる。
昼だと言うのにまるで高層ビルのような高さの樹木が辺り一面に聳え立っているお陰で、周囲は夕暮れのように暗く、気を抜くと自分が一体何処にいるのかも分からなくなってしまいそうになる。
先ほどまでは遠くに聞こえてくるだけだった咆哮は、今は木々を揺らすほど近くで聞こえてきており、同時に今まで聞こえてきた羽虫の音色や鳥達の囀りは、自分に被害がこないようにと声を潜めている。
アキトさんはうまくやっているだろうか?
小さく指を振り、正面に出てきた自身のステータス画面を見ながら小さく嘆息を吐く。
…まぁ、問題ないか。
アレの咆哮がここまで来ているという事は、アキトさんは作戦通りに行動していると言うことであり、とりあえず今の所は無事であると言うことだ。―――今はだけど。
まずは自分がなすべきことをやろう。周りに気を配って自分が倒れたら本末転倒もいいところである。
口にはせずに心の中だけで呟く。
「ん、そろそろね」
声に反応するように振り返る。
空青色の宝石を連想させるような色の髪。陶磁器のように艶やかな肌は、一見するとまるで人形のようである。しかしながら一度その瞳を覗き見ればそんな感想は彼方へと飛んで行ってしまう。人形とは掛け離れた好奇心に溢れる肉食系の釣り目は、猫と言うよりも百獣の王を連想させる。静と動。どちらも兼ね揃えているように見える女性は、まるで散歩にでも来ているかのように気楽さで、体を預けている岩から身を離し、うーんと気だるそうに伸びをしながら僕の横へと足を運ぶ。
「気だるそうですね、獅子川さん。気分が乗らないですか?」
「まさか。気分が乗る乗らないでいったら絶好調よ。これ以上ないぐらいにね」
どこまで本気かわからない獅子川さんの言葉に頷きながら、僕は小さく胸の中心で十字を切る。途端に身体能力が向上するアイコンが視界の隅に現れる。
「意外と便利よね。高速詠唱…。私もとっておけばよかったかな」
小さく眉を潜めながら獅子川さんが呟く。戦場で長く留まり続ける前衛職の獅子川さんにとって、必要以上の魔力を使って詠唱時間を短縮をする自分の魔術は否定はせずともお気に召さないようである。
時は金なりの精神である僕としては詠唱が短くなる以上、多少の過剰魔力で詠唱の短縮ができるならそれに越したことはないと思うのだが。
「はいはい。効率重視って言ってください」
「む。効率と言えば何だっていいと思うのは蓮君のよくない癖だと思うけど―――」
近づく気配に、僕と獅子川さんの視線は暗い森の奥に向く。
先ほどまで聞こえていた咆哮は聞こえないが、濃厚なまでの血の匂いと死の気配は、既に目と鼻の先まで来ていた。
カチャリ。と、獅子川さんは素早く武器であり、防具でもある手甲を身につける。獅子川さんが装備しているソレは、先日僕とアキトさんを無理やり連れまわして手に入れた特別なクエストの報酬品である。華麗に白く輝く手甲を見ると、その時の苦労を書き連ねたくなるが、それをすると優に単行本一冊を超えてしまいそうで、浮かび上がった思い出に無理やり蓋をする。僕は立ち位置を少し後ろへと下げると「展開」と短く呟き、詠唱を開始する。
詠唱と同時に、幾何学的な模様が青白く光りながら周囲を回転する。
高速詠唱によって本来ならば六小節からなる詠唱は、半分の三小節まで短縮されている。
一小節目で周囲に存在する魔法素をかき集める。
二小節目で集めた魔法素に質量と属性を。
三小節目で魔法素に指向性を定める。
ここに来てふと自分の行動に疑問を感じる。
あれ? ここまで考えて魔術って起動させていたかな…?
「―――固定。一時凍結」
後はトリガーを引くだけ。
一瞬だけ生じた疑問は後で解決しようと思い、森の奥に狙いを定めながら、ソレが出てくるのをじっと待ち続ける。
木々が倒れる。暗闇から這い出したそれを見たときに心の中に浮かんだのは、十数年前に映画であったワンシーンだった。
「GAOOOOOO――――――――!!!!!!」
大きな羽を広げた蜥蜴のような生物。蜥蜴と言っても、爪は大きく飛び出し全身を一つ一つが鉄で出来ているのではないかと思わせるような鱗で纏っている。何よりその大きさは辺りに生えている樹木にこそ劣るものの、小さなビル一つ分は優にある。
「あぁ、ジュラシックパークだ」
「蓮っ!」
正面から掛けられる大声に反応する。
「凍結解除―――。一斉射撃!」
放たれるは青白く光る無数の弾丸。
それはさながらガトリング銃のように前方の木々を吹き飛ばしながら標的に牙を剥く。
木々を吹き飛ばしていくその姿はまるで嵐だ。
だが、その勢いをもってしても目の前に迫ってくるドラゴンには薄い壁にぶつかった程度にしか認識をされていないということに軽く絶望を覚える。
思ったよりも攻撃が効いていない。
「っ―――。属性がミスってたかな」
あの情報屋。今度から絶対使わない。
「おいおい、俺ごと倒す気じゃねーだろうな」
「無事でしたか」
「知った、今知ったね。最大の敵は身内だっていうのに。最大出力の魔術スキル連射とかマジで死ぬかと思ったわ」
「やだなー。シンジテタカラデスヨー」
倒れていた木々の間から這い出るようにしながら、土まみれのアキトさんが文句を言ってきた。
軽口を叩きながらも次の一手を打ち込む。アキトさんが引っ張ってきてくれたこの場所。
既に仕込みはバッチリである。
「――偽装解除。多重展開ってうぉぉぉぉいい!」
―――来る。
そう思った瞬間には、眼前に青黒い爪が恐ろしいスピードで迫ってきた。
辛うじて体を屈めてその一撃を避けはするが、掠った頬にピッと赤い線が浮き上がり、その風圧だけで僕の体が宙を舞う。
そのまま重力に任せるようにゴロリと地面に転がりながら、僕はソレと距離を離す。
「気をつけろレン! 体力が落ちているぞ! それに色が変わっている! そいつの攻撃毒属性だ!」
「っ、回復アイテ―――」
「動かないで! 解毒するからっ」
体が重く感じたのも束の間、すぐに暖かい光に包まれたかと思うと、体の重さが無くなっている。獅子川さんの解毒術である。
次の攻撃に身構えるが、すぐにその意味がないことに気づく。
「GAAAAAAAAAAAAA」
地面に配置しておいた術譜二十七枚。その全てが鎖となって荒れ狂うドラゴンに巻き付いていた。
ギリギリ詠唱間に合ってたか。死んだかと思った。
焦りを露にしながらもほっとため息をつく。
俊敏だった動きは幾分か緩慢になっているものの、本来ならばそこらへんのボスモンスターなら完全に動きを止めてしまえる結界でそれほど動けている事実に愕然としてしまう。さすが龍族。各種パラメーターが半端ない。しかもその鎖も現在進行形、結構な速さで耐久度が減ってきている。
術譜ケチらないでよかった…。
「持ってあと三分です」
「はいはい。行くよアキト君」
「分かってるってーの!」
返事と同時に飛び出す二人。
それでも、この二人ならその時間内で大丈夫だろう。
試しに敵の残り体力を表示する『診断草』を使用する。
ドラゴンの頭上に赤いバーが表示され、効果が切れる十秒の間にみるみるとその体力を減らしている。術譜の効果が切れる三分を待つまでもないなと思いながら、アイテムの整理を行おうとメニュー画面を開―――。
「あれ…?」
「GYOOOOOOOOOO!!」
疑問はドラゴンの悲鳴でかき消され、意気揚々とした二人がこちらに向かってくる。
「よっゆーー! これでこのエリアも開放だな」
「このまま最深部まで行ってもいいけど、どうする蓮君?」
なるほど。二人はまでこの実情に気付いていないみたいである。
とりあえず大声を出したくなる心境を堪え、冷静を装いながら自分の考えを述べる。
「最深部はまた今度です。急いで本拠地に戻りましょう」
疑問符を浮かべる二人に向かって言葉を続ける。
「今メニュー画面等が全く利用できない状況です。いきなり強制ログアウトとかは洒落にならないのでさっさと家に戻ってアイテム整理しましょう」