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勇者を呼びだした王女の話 1

 私達王族は、この世界の唯一神を祭る神殿と深く関わっている。名目上神殿の長は司教となってはいるが、その司教は私達王家の認証を経て定められる者だ。反対にこの国の王はとある能力を神殿に認められた人間でなければならない、と定まっていた。


 その能力とは――異界から聖なる力を持った聖人を呼び寄せる召喚の能力だ。


 「よく聞くんだ、私の愛する娘」

 父は事あるごとに繰り返しおっしゃった。

 「いつかこの国が窮地に追い込まれた時、お前はその力を持って聖なる人を呼び寄せる大事な命を持って生まれたんだ。故にお前は王となる。お前の体はお前だけのものではないのだよ。王とは、国全ての命を背負って生きるものだ」


 国全ての命を背負う。

 成長するにつれて、その言葉の意味を理解せざるを得なくなった。私の言動1つで誰かの生死が左右される。情けをかけた結果余計に傷を負わされたり、行動の遅れのあまりに目の前で救うべき命が奪われたこともあった。

 それを避けるにはどうするか。徹底的に、情を削ればいい。ただ理知的に、冷静になって目の前の現象を見る。ただし情をかけていないことを相手に悟られてはいけないのだ。柔らかい微笑みを浮かべ美しく扇を広げながら、その影で唇を一文時に引く。


 王という生物は、得てして人間の大事な部分を削られてしまう者だ。王としての生き方を知れば知るほど、呼吸の仕方を忘れそうになる。そうして気付くのだ。私は息さえしなくても、生きていくことが出来る。王と呼ばれて、いつか父王の座る豪奢な椅子に腰を下ろす。

そこに“私”という人間がいたことは、誰も覚えてはくれないのだろう。


 あれは、いつのことだったか。暴動を起こした村への対応に奔走し、疲れきって早目に寝台に縋りついた夜だ。ふと目を覚まして窓を見上げると、濃紺の夜空から黄金色の月が浮き上がるように輝いていた。まるで夜の気配に、一端でも飲まれまいとするように。


 独りだ。あの月も、私も。


 手を伸ばせば何もかもが手に入るような気がした。

豪華絢爛な城ではなく、絵本に出てくるようなこじんまりとした可愛らしい家に。張り付けた笑みの人々に囲まれ長いテーブルの端で佇む家族ではなく、いつでも私の髪を撫でてくれる両親と兄が。目を潰さんばかりに輝く、重い金の王冠ではなくささやかなシロツメクサの花冠を。


 窓を大きく開け放ちテラスに出て手を伸ばした。そうだ、飛び降りてしまえば。私は鳥ではないから、空を飛ぶことは出来ないけれどここから逃げ出すことは出来る。私をここへ縛りつけようとする何もかもからこの身を開放させられるのだ。


 手すりは私の胸ほどの高さがある。部屋から椅子を音を立てないよう慎重に運ぶと、ゆっくりと下ろした。椅子に上り階下を見下ろすと、先ほど覗いた光景よりもずっと高い所に居るような心持になる。闇に包まれた庭は、私が飛び込むのを待っているようではないか。思わず足から力がぬけ、体が傾きそうになる。今から飛び降りるというのに、体は地面が恋しいと震えているなど。苦笑を浮かべ、目を閉じた。


 これで終わり。


 手すりに足をかけて足を蹴り出そうとした瞬間、「馬鹿野郎!」という叫び声と同時に、体が地面に叩きつけられた。体の痛みと突然の大声に茫然としていると、ぱんと弾けるような音がして再び床に倒れ込む。頬を打たれたのだと気付いたのは、目の前に男が傅いて謝罪の言葉を口にしてからだった。


「護衛の身にありながら王女様へ傷を負わせてしまい、真に申し訳御座いません。こうなれば私は処罰を待つ身。この際だ……もう、言いたいことを言わせてもらう」


 夜空に溶け込む髪をした、凛々しい顔の男だ。相対するだけで父様とは違う、他人を気押す圧迫感を与える。一体どれ程の戦場を駆け抜けその手を血に染めたのか。そう言えば、私の近衛隊が最近組み直された時に隊長だと紹介されたのが、彼だったような覚えがある。

王女である私を前に、彼は憎々しげに眉を寄せ、吠えた。


「こんなことで自殺か!? 馬鹿かお前は! さも自分が世界一不幸で居るような面しやがって」


 獣が目の前に降り立ったかのようだ。普段なら委縮してしまうだろう男の険相にも、ひるむことはなかった。覚悟を決めて旅立とうとした、私の心そのものを他人に否定されること、それだけはどうしても許すことが出来ない。先ほどとは違い怒りに震える手で汚れたドレスの裾を握り締めた。


「黙っていても素敵なドレスを着て、食事を食べ、生活出来ることは恵まれた生活だと。そんなことは、幼い頃から承知しています!」

そう。恵まれた生き方をしている。私は自らにそう言い聞かせて今まで努力を続けたのだ。王女として、次期王として。その重みは、背負ったことのある人間にしか解らない。


「だから何だと言うのですか! 私の苦しみなど、あなたに解るはずがないでしょう!」


 反論出来るはずがない。そう思っていたのに、男が驚いて目を丸くしたのはたった一瞬のことで、すぐに鼻で笑って私を睥睨した。


「その考えが馬鹿だと言っているんだ、恵まれた王女様」

「なっ……!」

「あんたの苦しみなんぞ他人が解るわけがないだろう。お前自身が、何も言わないからな。周りの奴らはな、お前と違って特別な能力なんざ持ってないんだよ」


 かっと自分の顔が赤く染まるのを感じた。一方的に罵倒されている、といきり立つ自分の片隅で小さく声が上がる。確かにそうだ、と。横柄な態度で腕組みし、男は口角を吊り上げた。先ほどまでの激昂した姿が嘘の様だ。その眼差しは、まるで幼い子供でも見るように優しかった。


「解るな? 少なくとも今お前の目の前には、解決策が一つ転がってる。あんたの勇気が足りないばかりに、取らなかった方法だ。それを見逃して死んでみろ、少なくともドア前にいる近衛と、今日お前の世話をしたメイドは皆揃って首から上とおさらばだ。お前、さっきそこまで考えたか?」

「あっ……!!」


 私が王族であること、その重さを誰よりも承知しているはずだったのに。手すりに足をかけた瞬間よりも強い恐怖が足先から全身を駆け抜ける。震える手を持ち上げて、胸元で両手を結んだ。私は王女で、次期王で、彼らは私を守るためにいる。もし私の自殺に気がつかずにみすみす死なせていたらどうなるかは、想像に難くない。彼が口にしたことよりも凄惨な罰が待っているに違いない。


 愚かにもこの立場から逃げ出したいと願った、馬鹿な王女のために。


「……っ、ごめんなさい、私……貴方達まで」

「あー……王女様、私に謝罪は不要です。とにかく早いうちに頬を冷やしましょうか」


 男は苦笑し頬を掻くと、背後を振り返り「もういいぞ」と声を出した。とたんに盛大な音を立てて扉が開き、我先にとメイド達が部屋へ傾れ込む。その後ろで近衛の2人が一礼し、扉を閉じるのが見えた。

 傷はどこだ、傷は浅いかと騒ぎながら私の手をとり、ドレスの裾から覗く足を観察する。私の頬を見たメイドがわたわたと頬に濡れた布を押し付けた。その布は濡れてこそいたが、生温い温度になっていた。まるでついさっきまで誰かが握りしめていたように。思わず声を上げて笑ってしまい、メイド達が困惑げに動きを止めた。


私の浅い悩みは既に気付かれていたのだ。この男だけでなく皆に。


 いつから? 恐らく私が飛び降りようとするよりも前から。そうでなければメイド達が揃いも揃って化粧も落とさず待機していた理由が説明出来ない。大声で怒鳴ったのも初めてなら、人前で口元も押さえずに笑い転げるのも初めてだった。


 自分がこれほどまでに愚かだったとは、知らなかった。私のことを心から心配して、駆けつけてくれる人間がいることすら、気付きもしなかった。自分の身すら省みず、私を諭そうとする人間が、こんなに近くに居ただなんて。


「皆……、ありがとう、っ、御免なさい……」


 こんな馬鹿な真似をして、愚かな自分にやっと気がついた。私が欲しいと望んだ物は真実、これほどまで身近に揃っていたのだ。恵まれた王女、男の言うことは、全て真実で。

 メイド達は私と同じように頬に涙を伝わせ、礼をする。礼義に乗っ取りながらも、彼女達がその姿勢に込めた思いを私は確かに受け止めることが出来た。


 改めて男に礼を言おうと顔を上げる。男は私達を見て、ふわりとほほ笑んだ。良かったな、と目が語る。ついさっきまでは憎たらしいと思っていたはずの男の笑顔に、何故か胸が高鳴った。益々赤く染まる頬を隠そうと、私は即座に視線を反らした。


 あの夜私は、知ったのだ。独りでいることの孤独と、皆が居る幸福を。



 だからこそ悪寒に目覚めた夜、私は躊躇いなくベッドを飛び出した。着ている物が夜着一枚だろうと、護衛を置いてきてしまっていることも気にせず。同じ空を見上げ私と同じように孤独に喘いでいた少女の元へ。


 私が何もかもを奪い孤独にしてしまった、哀れな勇者様の元へ。


読んで下さってありがとうございました。

どうにも話が短くならない。困りものです。


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