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 あれはいつだったかな。確か魔法の訓練が始まって、疲れて早目に寝ちゃった日。真夜中にふっと目が覚めたんだよね。部屋は豪華な癖に、窓にしっかり填まった鉄格子を見て思ったんだ。部屋は真っ暗なのに、外から差し込む月明りでぼんやりあたしの腕が見えて。手のひらはタコが出来て、腕も傷だらけで。そんなあたしを見たらお母さんがまた怒りだすかな、なんてとりとめなく考えているうちに。


 死んじゃおうかな、って。


 魔法を習いだして、大抵のモノなら壊せるようになった。今ならあの鉄格子だって簡単に壊せるはず。そう思って窓に手を伸ばした時。突然、ドアの方からノックの音がした。

 ぼんやりしたまま「どうぞ」って返事して、ドアがゆっくり開いた。いつもの見張りかと思ったら、違った。

あの召喚された日以来、会ってなかった金髪の王女様がそろそろと顔を出した。その時はびっくりしたなぁ、明りの無い部屋なのに、金髪が光ってるみたいに浮き上がって見えたから。彼女はあたしを見るなり頭を下げた。


 「貴方様の苦しみ、痛み、何もかも全ては私達の責任です。思いに出口が見つからないとおっしゃるならば、どうぞ全て私にお向け下さいませ。その為にご自身を傷つけることはありません」


 最初はただびっくりした。何で分かったの、って。次にじわじわ湧き上がってきたのは、抑えてた気持ち。あたしが家に帰れないのも、変な化物と戦う訓練させられてるのも、周りの人間にまで狙われるのも皆、あたしを召喚したこの国の所為だ。

 誰かが見張ってるかも、とか本当はあたしを騙してるかも、とかそんな気持ちも全部吹っ飛んだ。無抵抗の王女様を貼り倒して、転がったところを胸倉掴んで圧し掛かる。


 何であたしなの?どうして、あたしはこの国を助けなきゃなんない?助けてほしいって言う癖に、あたしを殺そうとするのは何でなの?どうして、どうして!!


 思ってたこと、全部をぶつけたと思う。それでも王女様は抵抗しなかった。


 「申し訳ありません。私にはどうすることも出来なくて……」


 王女様の呟きに、ちらりと耳にしたことを思い出す。魔王討伐にこの国から近衛兵が出ない理由。異世界の勇者が特別な力を手にしているように、魔王もこの世界の人とは比べ物にならない力を持っているんだって。何度闘っても味方がどんどん死んでくばかりで、どうしようもないから態々召喚なんて面倒くさいことをして、勇者を招くんだとか。


「魔王を倒した暁には、貴方様の願いを何でも叶えます! ですから、どうか魔王を倒すためにお力を貸して下さい!」


正直、知った時はだから何だとしか思わなかったけど。あたしの下で、顔を腫らしてじっと動かない王女様が何でか泣きそうな顔に見えて、何も言えなかった。

 この人達は、いや、少なくとも王女様は本当は自分達で何とかしたかったに違いない。国の危機、なんて一大事に他人に大仕事を任せる不安もあったに決まってるのに。


 その時かな。お姫様の言葉を信じてこの国のために闘ってもいいんじゃないかな、と思ったのは。

 王女様は、確かに何でも願いをかなえると言った。彼女なら当然知っているはずだ。あたしが何を願うか。それでもはっきり口に出したんだからあたしを元の世界に帰すことなんて簡単に出来るんだろう。あたしはゆっくり、見逃してもいいよって思いながら小さく首を縦に振った。


王女様はその後、只管頭を下げて謝って。これからはあたしの今の状況を良くするために頑張ると言ってくれた。その次の日から劇的にあたしの現状は変わったり……はしなかったけれど、王女様の頑張りはちらほらと感じられた。


 例えば、騎士団の人達。前は「隙あらば!」って感じだったのが、少しずつあたしを認めてくれたみたいで指導後にちらっとアドバイスをしてくれたり、こそっと誉めてくれるようになった。闇打ちらしきモノも、殆ど無くなった。

 特訓にも休みの日が出来て、王女様が直々に現れては庭や城内を案内してくれた。城下へ行く許可も取ってくれるとは思わなかったけど。勇者様にだって息抜きは必要です、とこっそり笑って。


 本当はお姫様があたしの所に来ること自体、城内の人達は反対してた。影に隠れて注意されてるとこ、何度か見たことあるもの。そのたびに王女様は言ってくれたな。何故この国の王女が、国を救って下さる勇者様から身を隠さねばならないのかと。

可愛らしい容姿で胸を張る、そのきりっとした姿勢があたしを救ってくれた。


 その王女様が庭のお茶会で紹介してくれた人が2人いる。私が心から信頼する人達だからご安心を、と。その頃にはあたしが王女様以外の人を信用してないって、どうも知られているみたいだった。


 1人は、お姫様のお兄ちゃんで、第一王子。お姫様と同じふわふわした金髪に、青い目で細身のイケメン。あたしが向こうの世界で思い描いていた王子様そのものだ。

じゃあ次の王様になる人だ、と思ったらどうも次の王様は王女様で決まりとかで。王位を継ぐのは性別じゃなくて王族に伝わる力のあるなし、らしい。特別な力ってなに、と聞いたら王女様は気恥ずかしそうに笑って、内緒、って言われた。残念。


 王子様はあたしが魔王との戦いに行くとき、ついてきてくれることになっていた。何でも魔法だったらこの国では1番なんだって。

 とにかく優しい人だった。自分達の国を守ってくれと叫ぶばかりの人達の中で「私を守る」ってはっきり言ってくれた人。

目の前で跪かれて手の甲にキスされた時は、思わず顔真っ赤になっちゃった……。だって、やけに真剣な顔で言うから。別に他意はない、はず。皆ときめくでしょ。あんなの。


 もう1人は、王女様付きの騎士様。あの人、最初は嫌いだったんだよね。こっそり私に会いに来る王女様から隠れていつもあたしのことを窺ってた。訓練して人の気配に敏感になっていたから、すぐに居場所なんて分かるのに。

 あの人も、私についてくることになっていて。王女様が自分がついていけない代わりに、自分が動かせる近衛兵の中から1番の人を選んだと言っていた。会ってみれば王子様とは間逆にがっしりした体つきで、短く切られた黒髪がやたら硬そうな、強面の人だった。


 反対なのは見かけだけじゃなかった。王女様が城下への外出許可を取った時護衛として彼が選ばれたのだけれど、彼が真っ先に案内したのは城下一美味しい菓子屋でも流行りの洋服店でもなく、王都の片隅にひっそりある貧民街だった。


 知らなかったんだ。両親、特に父親が死んだ子供がこの国でどんな扱いを受けるか。


 この国では父親の名字を名乗るのが普通で、もし父親が死んだ場合名字を奪われ、その存在は戸籍から消える。新たな名を得て使用人になれればマシな方、最悪その……体目的に買われる子供も多いらしい。先だっての魔王領への調査で亡くなった兵達の子供もこの中には沢山混じっているんだと、彼は悔しそうに言った。

 それじゃ、兵達だって戦いには行きたくなくなるに決まってる。自分が死んだら子供まで酷い目に会うんだから。


 いろんな理由ががんじがらめになって、この国の人は戦えない。そんなことを知ってしまったら、あたしだって簡単に自分達で行けとは言えないじゃないの。

 現実を知って茫然としてるあたしに、彼は言った。王子様と同じように膝をついて礼をしながら。


 「どのような理由がこちらにあれど、無関係の貴方を巻き込む理由にならないことは承知の上。我等はこうして膝をつき貴方に希いながら、魔王を殺す道を強要する他ない。我らを怨んでも構わない。魔王さえ打ち滅ぼしてくれたならば、私は貴方の望む全てを叶えるために尽力することを誓う。名前も地位も命さえも、全て貴方の望みのままに」


 あたしに伝えたいことはあの夜の王女様とそんなに変わりない。ただ王女様よりあけすけで、何の遠慮もなく、誤魔化しの言葉すら選ばなかった。

 この国で、心からの本音を初めてぶつけてくれた――そんな、気がした。

 城へ帰る時迷わないようにと繋がれた手が震えたのは、きっと気の所為じゃない。


 その後も、彼は変わらなかった。守るとも、助けるとも言わないけれど、同じく嘘も言わない。一緒に訓練をして、闘って。気付いた時には、自分で自分を殴りたくなった。出来なかったから、鏡の中の自分を思い切り殴って手を切って。馬鹿みたいって、笑って泣いた。

 あたしはこんな最悪な世界で、最低な国で、その国を守る立場の男の人を自分よりも何よりもずっと大切だと思ってしまった。こんなことは、生まれて初めて。


 今でも思う。どうしてあたしはあの人を好きになってしまったんだろう。それが全ての間違いだったと、痛いほど思い知ることになる。

 本当に、どうしてだろう。あの時あたしは、王女様が時々彼を悲しい位に見詰めていることにも気付いていたはずなのに。


 好きなんだ、と目が言っていた。本音を伝えられないのだと、そうも言っていた。口に出されないのをいいことに、あたしは何もしらない振りをし続けた。

 魔王を倒し終わったらあたしは元の世界に帰してもらおう。それで2人はあたしのいない場所で幸せになったらいい。それまでは貸してもらうつもりでいよう。本気でそう、思っていた。嘘じゃない。少なくとも王女様のことは、本気で信じていたんだよ。


 あたしを苦しめたりしないって。騙したりなんてしないんだ、って。

 だから、魔王を倒す旅に出るときだって、笑顔で城を出れたんだよ。なのに。


 長い旅の果てに、戦いに戦いを続けて、不気味な城ごと魔王を打ち滅ぼした次の日の夜。

 これ以上黙っているのは忍びない、と吐きだされた王子様の話は、魔王との戦いで投げられた刃物よりも、ずっと深くに突き刺さった。


 帰れない、なんて嘘だ。


 だって王女様は、何でも願いを叶えるって言ったじゃない。あんなに優しくしてくれたのに。全部全部、演技だったなんて。勇者召喚をしたのは神官とかじゃなくて、姫様本人だなんて信じられない。勇者召喚の力が、王を継ぐための条件だなんて信じない!


 あたしが苦しくて、辛かった夜に来てくれた姫様が。ただ勇者のあたしを死なせないために慌てて部屋に駆け込んだだけ、なんて。


「何故あの子に君の気持ちが全て筒抜けなのか、今まで不思議に思わなかったのかい?」

 王子様は、苦しそうな顔で言った。

「君と姫は、魂が繋がっているんだよ。お互いが城内に入れば手に取るように感情が伝わる。居場所もね。召喚と同時に掛けられた魔術の効果さ。日頃、罪人に使われる代物だ」


 嘘だと言って、王女様。


 大急ぎで城に戻って、旅の汚れを落とすよりも先に王女の部屋へ飛び込む。ねぇ、嘘だよね。元の世界に帰れないなんて。あたしを召喚したのが姫様だなんて嘘だよね!

答えは、聞かずとも分かった。


 まだ何もしゃべっていないのに、王女様の白い頬が見る見る内に青ざめた。


 頭の中が真っ白になって。茫然としたまま体を綺麗に洗い流されドレスを被せられる。見覚えのある部屋に連れ込まれ、あたしはゆっくり顔を上げた。豪華な椅子の上で、おじさんが偉そうにふんぞり返っている。


「さあ、勇者よ。国を救った君には望む物を与えよう。地位か?金か?何が欲しい」


 王様の目は、どこまでもあたしを見下していた。隠していただけで、姫様もあたしをあんな目で見ていたに違いない。あたしは映画でみた意地の悪い猫みたいに、にんまり口の端っこを吊り上げた。優しい顔した、大嫌いな王女様。あたしを魔王と戦わせて夢だけみせて、自分だけ幸せになるなんて許さない。

 幸せになんて、させるもんか。


「旅に一緒に来てくれた、王女様付きの騎士様をあたしにください」


あたしの望みが意外だったのか、王様が目を丸くする。皆が騒ぎ出す中、視界の隅で王女様がぐらりと傾く姿が見えた気がした。


お気に入り登録してくださった方が!読んで下さりありがとうございます!終了まで頑張りますね。

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