勇者と呼ばれた少女の話 1
あの日、あたしはいつも通りにバイト先のスーパーから家に帰る途中だった。段々日が落ちるのが早くなる空を見上げながらそろそろ暖房器具を押入れから出そうかな、なんて考えて一歩を踏み出す。何かに躓いた、と思った瞬間にはもう遅かった。
目の前を猛スピードで光が駆け抜けて世界を真っ白に染める。倒れる瞬間にちょっとだけ見えたアスファルトが、まさかあの世界最後の思い出になるとは思わなかった。
そこで、あたしの人生は180方向転換した。あたし自身には、全く関係の無いところで。
目を開けて、最初に見えたのは美少女だった。どう説明すればいいのか分からない位、あたしの頭の中に入ってる言葉ではとにかく言いつくせない可愛さ。金色の髪がふわふわした、くりんと丸い空色の目をした女の子。あたしと同じ位の。高いお人形が着てるような、ふわふわひらひらしたドレスが凄くよく似合っていて。
女の子が自己紹介を始める前に、あたしは「ああ、お姫様がいる」ってどきどきしながらチラ見してたんだ。
その子は凄く真面目な顔をして、こう言った。
「世界を救って下さい、勇者さま」って。
あたしは勿論こう答えた。「はぁ?何言ってんの」ってね。よくよく見たら、その超絶美少女以外にも周りに怪しげなのがわらわらいて、全員が全員、真顔であたしを見てる訳。そっちこそ何言ってんだ、って言いたげに。その日は何も分からないうちに豪華な部屋に案内されて、早々に部屋に閉じ込められた。
ドアを何度叩いても、人を呼んでも、その一日ドアが開くことは無くあたしは混乱して、気が狂った見たいに凄く騒いだような覚えがある。今思い返せば、あの時皆はがっかりしていたんだと思う。自分達が頑張って呼んだ勇者って奴があたしで。事情は分からないまでも、あたしの返事を聞いて女の子が困った顔をしたのだけは分かった。
次の日、あたしはあの御姫様に呼ばれたとかでやっと部屋から出してもらえた。無駄に重くてキラキラしてるドレスを着せられて、カリカリしながら引き立てられた先で信じられない話をされる。
あたしは、いつの間にか異世界に召喚されていたらしい。
まるでゲームの中みたい。あんまりにも真実味が無くて、ぼんやりする頭で何とか相手の話を聞いては見たけれど。この世界には魔王がいて、それがとっても強いから自分達の力では倒せないんだって。だから魔法で魔王を倒せる勇者を召喚した。それが、あたしだと。
説明聞いたらますます訳が分からなくなって、逆に質問しちゃったよ。あなたたちはあたしがそんな特別な力を持った、勇者なんぞに見えるのかって。そうしたら、一番偉そうな椅子に座った人――あとあと、あれがお姫様のお父さんである国王だと教えてもらうんだけど――が異世界の勇者はこっちの人とは比べ物にならない魔力があるんだって教えてくれた。
だから?特別な力があるから、勇者になって身も知らぬ人達のために命捨ててこいって?そんなこと、出来る訳ない。私は勇者じゃない!何で私が魔王なんかと戦わなきゃならないの!?今すぐに、あたしを元いたところに帰して!
そう口にした瞬間、あたしに向けられたのは冷たい視線と、刃物だった。首筋に触れたモノが固くて冷たくて、ただただ怖くて。震えることも出来ずに立ちつくすあたしの前で、王様は不釣り合いな位にっこりと綺麗に笑った。
「勇者でないというならば、貴様は一体何者だ。侵入者か?」
頭の悪いあたしでも、分かる。あたしには最初から2つの選択肢しか用意されていなかったんだって。魔王を倒しに行って死ぬか、この場で刺し殺されるか。刃物が突き付けられていることも忘れて必至に首を横に振る。
怖くて、怖くて、部屋に戻ってから泣き続けた。帰りたかったけど、あの時のあたしは廊下に1人で出ることすら許されなくて。次の日になったら当然の様に剣を持たされて騎士団の中に放り込まれた。勇者ならばすぐに身に着くはずだ、と。そこにいた男の人達の目は凄く怖くて、あたしを嫌いだって声に出さなくても伝わってきた。
そりゃ、自分達が一生懸命頑張って手に入れた場所に素人の女がのこのこ出てきたらむかつくのは分かるよ。でも、あたしだって好きでここに連れてこられたわけじゃないのに。
毎日、必死だった。相手をしてくれる男の人は皆「ちょっと手が滑って」なんて言い訳であたしをどうにかしようと思ってるのが見え見えで。殺されないように何とか刃物を奮っていたら、本当にいつの間にか、剣をそこそこ振るえるようになっていた。勇者様ってのは、そういうモノらしい。
それでも皆の目は変わらない。疎ましがってたのが、今度は怖がられるようになっただけ。あたしは、ここにいる限り勇者でそれ以外の物にはなれないんだ。そう、思ってた。
皆が手を差し伸べてくれた、あの日までは。
今回の目標
・文を短く纏める
・主人公に応じて文体を変える
……既に1つ目の壁にぶつかっていますが。
読んで頂きありがとうございました!