婚約者がなぜここにいるんだ追ってきたのか気持ち悪いと叫んだ場に母たちも居たことで彼は手紙を未開封にしたツケを払った
婚約者へ手紙を書いたのに届いていないかのように、手紙が返信されなくなったのはいつからかもう思い出せない。
手紙を未開封のままにしていることを感じたのは、誕生日のプレゼントが懐中時計だったことだ。手紙に懐中時計が壊れたことを書いたが、その後直したと書いたのに送られてきたのがその証拠。
直したと書いておいたのに送ってきたのはどういうつもりなのだと、家族たちも不思議がっていた。ストック用にしては男性らしいデザインだ。
どう見てもこちらを意識して購入されていない。こんなにゴツい懐中時計など、どのドレスにも似合うわけがない。父の部屋に飾ってやっとマシになるレベル。
手紙どころかついに女ということまで、見なくなった。男に送るはずだったものを使いまわしたのか、時計を送ったのが本当は家の者だから手違いなどが起きたのか。
少なくとも、懐中時計に手紙が添えられていればなにかヒントでもあったかもしれないが、生憎手紙にはプレゼントの言及がないシンプルな誕生日おめでとうという文章だけが、ひどく冷たくぽつりと印刷されている。
ゴールドの文字に黒が縁取られた店に頼めば、誰でも用意できるカードのみ。子供にだって用意できるだろう。贅沢な愚痴だと思われるかもしれないが、婚約者となればもう少し何かあるだろうに。
ミルフェとタットナーは幼馴染で小さい時に親同士が友人だからという縁だけど、結ばれたものだ。彼の方が年上で学園に先に入っており、会えないのも学園に通い忙しいからとわかってはいる。
けれど、これはわがままな範囲なのだろうか?夏休暇にすら会いにこない、手紙の一通も返さない。家族たちにも手紙について言われているが、忙しいのだから仕方ないと項垂れる。
ミルフェは婚約者に恋をしているわけではない。小さい頃は好きだと言っていたと聞いているが、そんなものは小さい子の感情に勢いをつけたもの。誰にでも好きな人に好きということは変ではない。
それを鵜呑みにして婚約を結んだ両親は今もミルフェが彼に恋をしていると思い込んでいるが、義務感で手紙を書いていることを恋焦がれているとでも思うのは少し恋愛脳過ぎる。
今夢中なのは騎士団所属の最年少であるバリーという男子だ。強面だけど強くて、騎士団の公開演習があるからとチケットを早くに頼み込んで母と姉とで見にいく予定をしていた。
今はそちらにのめり込み、婚約者のことや手紙のことは気にならなくなっていたのだ。母たちはそこがわからないらしく、姉は然もありなんとバリーの応援に賛成してくれている。
男は婚約者だけではないと教えてくれた姉には感謝せねば。
近々演習を見に行くと婚約者に向けて手紙を書いておき、わくわくした気持ちでメイドに投函しておくように頼んだ。もう手紙も相手へというより、日記みたいな気持ちで記載していた。報告というよりただのつぶやきに近い。
愛しているわけではない、好きじゃない。ただのペンフレンドだ。
騎士団のある王都へ向かうと、演習をしている演習場へ三人向かう。キャアキャアと騒がしく話しながら案内された椅子に座ると、バリーが出てきた。
ファンとして応援するつもりだ。頑張れと声を張り上げることはしないが、心の中で勝てますようにと伝える。手汗握る戦いに会場も大盛り上がり。
バリーは優勝はできなかったが上位に食い込み、パチパチと拍手して勝ててよかったわとハンカチも振る。昼過ぎになると次の部へ移行するのでその間に昼食休憩を挟むプログラムになっていた。
母らと昼食を買いに行くと、母一人と姉たちは並ぶからあなたはベンチで休憩してなさいと言われる。ベンチに座ろうとすると、そばで小物の店があって一瞬足を止めた。
可愛い、と呟いたら隣で同じように可愛いを連呼する女の声で横を向く。同じ露店に向けて言っているらしく隣の男の腕を揺らすのが見えた。
「タットナー?」
思わず話しかけてしまう。知り合いがいたら誰でも思わずといった感じで話しかけるのは反射行為だ。彼は横目でこちらを見たら二度見して、また目をぱちくりした。
「は、ミルフェ……?」
女を隣に侍らせて鼻の下を伸ばす婚約者に困惑したいのはこちらだ。彼にたとえ異性の友人がいるとしても、胸が当たるまで密に引っ付いて歩くのは男女の距離として言い訳不可だ。
「お前、いつ、ここに?」
途端にまるで隠していたことがバレて視野を狭くするように、上擦った声を上げる彼の態度。これはやらかしたなとわかる。
「手紙に書いたわ」
「お、追ってきたのか?」
話を聞いていないらしく、こちらの声と被せるように問いかけてくる。追ってきたのかとは、随分と自惚れた発言だ。首を傾げて横にいる見知らぬ女を見ると親しげにしている慣れきった仕草で、グッと彼の肩を叩く。
「タットナー、この子は?」
「え……ああ、母さんの友人の娘だ」
言うことかいて、友人の娘。吹き出しそうになる。あってはいるが娘の前に婚約者をつけ忘れ、いや、わざと都合よく抜いたみたいだ。
「そうなの?」
女はどうやら婚約者の存在を聞かされていないらしい。
「そ、そんなのはいいだろ。そんなことよりミルフェ。ここまでついてきたなんて流石に引くぞ?」
顔に気持ち悪いと書いてある。仮に本当に友人の娘ならわかるが、今現在お互いの肩書きは婚約している身の上。なにも引くことなどないと思う。
婚約している相手が女連れで歩いていたら誰だって追う。無意識に追うだろう。自分は全くの偶然だが。なのに、彼は己を婚約者が後をつけたシナリオを頭に描いたまま、言葉を投げつける。
「なにそれ、それってストーカー?」
気持ち悪いわ、と彼女が言いそうになったとき後ろから「タットナー」とこの世の地獄から響いた声音がかけられる。
「え、な、お、お前まで」
「お前?」
姉が騎士団も引け腰になりそうな顔をしてズンズンこちらへ来た。ミルフェを後ろに隠して視線から逃すと、後ろから母も鬼のような顔で相手を睨みつける。
「え、おば様まで!?」
幼馴染なのでお互いの家族を呼び合う。その延長で今も呼ぶがそれは悪手と母は笑う。
「あなたに馴れ馴れしく呼ばれたくなくなりました」
目は笑っておらず。タットナーは流石に分が悪いとへらりと笑い、うやむやにしてくるが、二人が身も凍る声音で言い含める。
「三人がここにいるなんて知らなかったです。お、お久しぶりです」
「あなた、婚約者の手紙も読んでないくせに私の妹をストーカー扱いしたわよね?」
「き、聞き間違いだ」
姉が腕を組む。
「いいえ、私も聞きましてよ」
母がひらひらと扇子を開いて目をつやりと細める。
「い、言ってません」
「この子はね、手紙に今日王都へ演習を見にいくと書いているのよ。さっきはよくも追ってきたなんて馬鹿発言をしてくれたわね」
「婚約?」
相手の女は何が起こっているのか徐々に把握していき、顔を赤くして彼へ嘘をついていたのかと迫る。
「い、いや、だから婚約は親が勝手にっ」
失言をした後、相手の恋人はばちん!と音をさせて平手を頬に打ちつけた。真っ赤な花を咲かせた婚約者はショックで固まる。
「ミルフェ、行くわよ」
「うん。ねえさま」
「あ」
婚約していた男は追おうと反射的無意識に動かした足。それを止めたのは母の言葉だ。
「親が勝手に決めてごめんなさいね?タットナーくん。そんなに嫌なら言ってくれればすぐに解消したのに。わたくしから旦那様に伝えておくから安心して恋人でも浮気でも好きになさい」
「ま、待ってくださいっ。い、今のは恋人じゃなくてっ」
「あなたの両親にはしっかり伝えておくわ。せめて、ご両親の手紙くらいはお読みなさい。最後の私なりのたむけよ」
母親がふわりと娘たちのあとを追う。彼は追うことはできなかったようで、顔を合わせることなく婚約は白紙となった。たっぷり向こうの義両親になる予定だったものの気持ちが送られてきたが、なんだか悪いなと眉を顰める。彼らに悪いと思うのは、彼を最後まで好きになれなかったから。
彼からの手紙が届いたけれど、あれは期間限定の恋人で恋をしたかっただけだと書いてあった。
すごく久々の返信に驚いて家族と回し読みしたら、今度は元婚約者が騎士団の馬小屋の掃除係に放り込まれたことを知る。あの手紙は両親と元婚約者の両親からしたらゼロより下のマイナスだったみたいだ。
慰謝料でまた騎士団のいる王都に姉たちと向かった。小さな旅行。父も今度は一緒にいて、共に町を回る。疲れたのでベンチに座っていると男の子がやってきてこれを落としましたよ、とハンカチを渡された。
自分の刺繍入りのそれを見て、お気に入りでいちばんの出来だったもの。失くさなくてよかったと安堵して受け取る。
「ありがとうございます」
「どういたしまして。今日は旅行ですか?」
父たちがいるのに会話を続けてくれる。臆することなく話しかける男の子に笑う。
「前回の旅行が楽しくてまた来たくて」
「ああ、それはよかったですね」
彼は嬉しそうにニコニコ笑う。
「あれ、あなた、バリー様?」
姉が私服の彼へ話しかける。メガネをかけていて髪もヘナっとなっているから気づかなかった。
「ええ。まあ」
プライベートの時間なのでと照れ笑いするバリー本人。突然のファン心が踊る。
「この子あなたのファンなの。公開演習もあなたを応援するためだけにここへきたのよ」
姉が自慢するように伝えるとバリーは「え?」と目をパチパチする。
「わざわざ来て……くださったのですか?」
「えっ、あ、あの……は、はいっ」
認識してもらえるだけで煙が出そうになる。バリーは嬉しいなと呟き「ちょっと待っててもらえますか」と慌てて走り去り、五分ほどで戻ってきたと思えば綺麗なバレッタが手に。
「有り合わせになりますがお礼に貰っていただけますか?」
バリーは赤くなる頬をそのままに渡してくる。嬉しくなり震える手で受け取り頑張って礼を告げた。家族たちは微笑ましげに笑っていて、受け取るなと言われなかったのでバリーはホッとした顔をする。
「また、来てくださいね。王都は広くてまだまだ見るところはあるので」
「二年後に学園へ入学するのですのよ、この子」
母が援護するように告げた情報にバリーはパッと顔を明るくさせる。彼も二年後に同じ学園に入学するとのことで、同級生ではないかと盛り上がる。
同じクラスになれればいいですねと、素敵な言葉に舞い上がる。バレッタも嬉しいが同じ場所に通えるなど、彼と同い年でよかった。
「もしよければ、私と文通していただけませんか?」
りんごのように熟れたまま伝えると彼は間髪入れず頷く。快諾を得られたと家族の方を見ると頷かれるので許された、とまた体温が上がる。
こんな風に始まった彼との文通は学園に入学して卒業したあとも、想定していた期間よりも長く続いた。手紙が開封されているのは彼と昼食を共にした時にわかり、照れ臭くも胸に温かさが生まれる。
「まあ、懐かしい」
自室で見つけた、ドレッサーの奥にしまわれていた古い手紙にふと笑みが浮かぶ。拙い文章と彼へ伝えたいことがあり過ぎて分厚くなる手紙に、分割して小説みたいに続きが気になるとクラスへ聞きに来たマメな行動に笑った記憶。
「こっちはある程度片付けたよ」
コンコンと小さくドアが叩かれ、空いたままの位置から声をかけてきた夫に手紙を見せる。
「懐かしいね。君と出会った頃からの記録だ」
「私、手紙を書き過ぎていたわよね」
「はは、そんなことない。とても嬉しくて三度読み返してたから少なかったくらいだ」
夫となったバリーの言葉にうら若き乙女の心がどきりとする。子供ではないのにと照れてしまう。
「未開封でも、話せば内容がわかったのに」
ランチのときに話すので大体手紙の内容がそこでわかるというのに、読むなど本当に大切にしてくれていたのだとわかる。
「話すのと文章ではやっぱり違うんだよ?」
「そ、そうかしら?」
ポポっと頬が段々紅色に染まる妻を抱き寄せ、踊るように耳元へいたずらな声色を滲ませた。
「初恋だった君が手紙の中で真っ赤になって喋ってくれてるんだ」
目を細めた彼が笑う。
「好きだって」
最後まで読んでくださり感謝です⭐︎の評価をしていただければ幸いです。元婚約者は手紙読めよ〜なんて突っ込みたいですよね




