音楽室に響くトライアングル
挿絵の画像を作成する際には、「Ainova AI」と「Gemini AI」を使用させて頂きました。
音楽室で起きる怪奇現象というのは、学校の怪談や七不思議においては定番中の定番だよね。
私こと立原衣吹が通う堺市立土居川小学校の音楽室にも、奇妙な噂話が伝わっていたんだ。
何年か前からか分からないけど、誰も演奏していないはずのトライアングルの音色が聞こえてくるようになったらしいの。
それも掃除時間や放課後みたいに、音楽の授業中ではないタイミングにだよ。
だから掃除当番で音楽室を担当する週になった時は、嫌で嫌で仕方なかったよ。
「参ったなあ、音楽室の掃除だなんて。早く終わらせて教室に帰りたいよ。」
「だけど適当にお茶を濁して帰ったら、先生に怒られちゃうからね。何事もなかった日だってある訳だし、今日がそうであってくれるように願うしかないんじゃない?」
同じ班の池上さんはこう言って慰めてくれたけど、結局それは単なる気休めにしかならなかった。
何処からともなく、トライアングルを打ち鳴らす音が鳴り響いたんだ。
本来なら軽やかなはずの音色なのに、まるで仏壇の御鈴みたいに物悲しい。
それは私達二人の背筋を凍らせる、実に寒々しい金属音だったの。
ところが、音楽室を支配する恐怖の音色に全く動じない生徒が一人だけいたんだ。
「成る程…やっぱりそうなんだね。」
それは私達と同じ班にいる鳳飛鳥さんだったの。
鳳さんは目鼻立ちの整った美人さんだけど、小学生とは思えない程の大人びた落ち着きを持ち、しかも「カバラ数秘術」とか「金枝篇」みたいな難しくてよく分からない本ばかり熟読しているので、クラスの子達からは少し敬遠されているんだ。
そんな変わり者の鳳さんだけに、この怪現象に全く動じていないのはある意味納得だった。
だけど次に鳳さんが取った行動は、全くの予想外だったんだ。
「用意してきて良かったよ。私の演奏が君のお眼鏡に適うと良いのだけれど…」
何と鳳さんはリコーダーを取り出し、あのトライアングルに伴奏するかのように吹き始めてしまったんだ。
喉元の辺りまで出かけていた「鳳さん、何やってんの?」って一言は、鳳さんのリコーダーと謎のトライアングルによるホ短調の二重奏に気圧されて引っ込んでしまったわ。
それに時々チラッと私達に向けられる「邪魔をしないで!」という鋭い視線に、すっかり怯んでしまったのもあるけど。
随分と長い時間だったように思感じられたし、あっという間だったようにも感じられたわ。
だけど時計の針の進み具合を見るに、長く見積もっても二分程度の演奏時間だったみたい。
そうして鳳さんが一曲吹き終えたタイミングで、あのトライアングルの音色もピタッと収まったのよ。
「終わったの、鳳さん…?」
「うん…あくまで『今日の所は』だけどね。後腐れなく終わらせる方法も無くはないけど、それにはクラス全員の協力が必要になるだろうな。」
鳳さんが言うには、私達の入学する何年も前に同じ4年4組の女子生徒が事故死してしまったらしいの。
「その子はトライアングル担当だったけど、合奏コンクールに情熱を燃やしていてね。クラスの課題曲である『クシコスの郵便馬車』をカセットに録音して、家でも自主練に打ち込んでいたんだって。」
彼女のパートであるトライアングルを割愛する事で、合奏コンクール自体は大きな破綻なく乗り切れたみたい。
だけど「合奏コンクールに参加出来なかった」という彼女の無念は、音楽室に残留思念として留まってしまったそうなんだ。
「それでも、音楽のカリキュラムに『クシコスの郵便馬車』の演奏があるうちはまだ良かったんだ。音楽の授業で演奏される度に『ああ、私も参加している』って錯覚に浸れたからね。だけど何年か前の教科書改訂で、そうもいかなくなったんだ。」
私達が現在進行系で使っている音楽の教科書には、ヘルマン・ネッケの「クシコスの郵便馬車」は楽譜として載ってない。
ポップスや歌謡曲の楽譜を載せて現代的にするために、幾つかの曲を廃止してしまったんだ。
「トライアングルの音が聴こえた日を調べてみたけど、全て4年4組が音楽室を使った日だったんだ。きっと同じクラスのOGとして、親近感を覚えて現れたんだろうね。」
鳳さんの一言に、私は胸を突かれてハッとしたんだ。
あのトライアングルの音色は悪意でも呪いでもなく、単に合奏コンクールに参加出来ないまま死んでしまった事を悔やんでいるだけだったんだね。
「そういえば、もうすぐ合奏コンクールだね。今年の課題曲、どうせならヘルマン・ネッケの『クシコスの郵便馬車』が良いんじゃないかな。」
至って泰然自若とした鳳さんの声色には、肝っ玉の図太さに裏打ちされた凄みが感じられたよ。
数日後に合奏コンクールの課題曲の投票があったんだけど、私と池上さんが提案した「クシコスの郵便馬車」は賛成多数で採用されたんだ。
あのトライアングルの音色を他の子達も怖がっていたのか、或いは合奏コンクール間近で志半ばで早世した私達の先輩に同情したのか。
みんなの真意は分からなかったけど、私に関しては同情が七割で恐怖が三割かな。
練習の時にはトライアングルの音色が一人分だけ多く聴こえたけど、「私達のOGが力を貸してくれている」と考えたらそこまで怖くはなかったね。
だけど合奏コンクール当日だけは、OGの演奏は聴こえなかったの。
きっと「ここから先は後輩達に頑張って貰おう」って任せてくれたんだろうね。
それ以来、奏者の姿も無いのに奏でられるトライアングルの音色は二度と聴こえなかったんだ。




