第9話 特効薬と劇毒。
再びグレシア視点です。前話のちょっと前、聖女ちゃんがまだ花園にいる。
……これは、宜しくありません。
不機嫌になるのをなだめすかしながら綺麗に剪定し切り取ったユフレナさんの枝を、どうせ破棄するものだし、せっかくだからちょっと実験に使おう、と思ったのは、ほんの出来心だったのだけど。
若芽と葉の方は問題ありませんでした。
これは従前より知られている、西方……ユーレラ国での風土病の特効薬としての薬。
『花園』に保管されている手順書原本通りの操作と反応により、正しい成果物が得られました。
問題は、残された枝の方。
本来輸送の利便の為に付けているだけの、先方でも薬理なしとして捨てているはずのこの枝に、いくつかの触媒を試したところ、一つだけ、先ほどできた薬に更に反応させることができてしまった、そこまでは良かったんだけど……
出来上がったものに、わたしの異能が強烈な警鐘を放ちます。
そりゃあそうもなりますよ。
先だってより、東の大陸での乱用が問題となり、今またプレニア国への侵攻に使われた、あの毒物とほぼ同じものが出来上がってしまったのだから。
ただ、全く同じものにはならなかったけど。
恐らく、あの習慣性を齎す為には、最低でももう一種か二種、違う触媒と素材が必要なはずだとわたしの異能は判定しました。
しかも、始末の悪いことに、わたしが生成してしまったもののほうが、明らかに毒性が強いんですよね……
それこそ、ちょっと身体の弱い人なら一番小さな薬匙のひと掬いで即死するレベル。絶対お外には出せないやつ。
当然出来上がったものは、異能の示す無害化処理をしてから破棄よ!
記録は一応取りますが……ものがものだけに、書類としてはこれも破棄よねえ……
わたしの異能で無害化処理が判る範囲の物体だったことだけは重畳だけども。
「えぇ……?ユフレナ、そんな毒性あった?」
薬学はあまり学んでおられないという先々代様が、わたしの報告に驚きの顔。
そりゃそうでしょう、異能を生かすため、薬学を主に学んできたわたしだってびっくりだもの。
(あらあら、グレちゃん自力でそれに辿り着いちゃったのね。
ユフレナの葉と花は薬になりますけれど、若い枝の皮にだけ、毒があるのですよ)
わたしの薬学の師匠である三十二代目様が、そのように教えてくださいました。
余談になりますけど、わたしは六十四代目でした。
聖女の在任期間にも多少ブレがあるので、この国の、いえ、『花園』に聖女の存在する歴史はちょうど六百年ほどになるんだそうですけど。
ユフレナの葉の薬効が、枝に対しては毒性の増幅に働くのではないか、というのが、わたし同様薬物に対する異能と知識をお持ちだった三十二代目様の結論だったそうですけれども。
わたしの実験結果も、ほぼその結論で間違いないだろう、と異能が判定しています。
「ユフレナ、生きた枝の状態で搬送していましたけれど、根付いたりは……?」
(増えない植物なのです。この『花園』以外には存在しませんわ)
何代目かの方が、囁くように教えてくれましたけど、そういえばこの『花園』特産の植物は、ここ以外では生きられないのでしたね。
それは、神々がそう定めたのだと申します。
もしかすると、悪用可能なのも、最初からご存じだったのかもしれませんね。
「そもそも、ユーレラ国の風土病とは、どういった病なのでしょう?」
新聖女であるアリシア様が、もっともな疑問を提示されます。
「特定の海域に入った時に稀に発生する、体温の異常な低下と、その結果引き起こされる昏睡が主症状ですね。なので気付けの薬と合わせて、ユフレナの生の葉を配合した薬が特効薬になるのです」
説明して気付きます。このユフレナの葉の薬効は、他の薬の効果を上げるだけではなく、精神の高揚を齎しているのでは?
(気付けの薬に通常含まれているネロナとの相互作用もあるので、高揚効果はユフレナ単体では発現しないはずなのですわ。
ユフレナの葉は体温を上げる効果があるために配合していたのですよ)
ネロナは『花園』の外でも容易に手に入る、庶民でもお手頃に手にすることができる薬草……いえ、野菜ですね。葉と根を食用に、花と種を薬に使うのです。
「病の原因は判っているのでしょうか」
「いいえ。こちらでは海に関わっている、という事以外は把握できておりません。ですので対症療法の薬ということになりますね。
ただ、対症療法といっても、一度昏睡から覚めた者は二度と同じ症状が出ないそうなので、これで完治する、ともいえるのです」
更なるアリシア様の疑問に答えながら、わたしも少し考えます。
本当に、この薬は対症療法として正しい薬であったのだろうか?
徐々に需要が減っているその原因は、患者が減っている事、なのだろうか?
よもや、そこに落とし穴があるのでは?
今日の実験の結果を考えると、どうしてもその疑念が、消えない。
とはいえ、いかに異能が優秀であろうとも、遠く遥か異国の地の情報に答えをくれることはありません。
そもそもわたしの異能が対応しているのは毒物と薬で、その場に病人がいたとしても、人間そのものへの診断ができるわけではないし。
わたしができるのは、毒物を持っているかどうかと、使用されているかどうかを見分けるのがせいぜいです。
……それでも十分人間離れした能力ではありますが。
判らぬことは一旦おいておき、『花の騎士』様に報告する範囲を確認します。
毒物が生成出来てしまった件は、お知らせすることにしました。
国外の情勢が不穏である以上、伝えないという選択肢はありませんからね。
(薬に問題があったとしても、今頃その話が出てくるのはおかしいのですよ。
だって、三百年は使い続けられているのですからね、ユフレナの薬は)
三十二代目様はそのように申します。
確かに、それもそう。
でも今は、全ての可能性を考慮すべき、そう感じるのです。




