第4話 国外の政変と『花の騎士』。
再び摂政殿下、『花の騎士』様視点。
「申し上げます!国王陛下が外遊先にて襲撃を受け、お隠れになられました!」
その一報は、新聖女の就任式を目前に控えた日の朝にやってきた。
「なんだと?実行者はどの国だ」
三か国を外交と交易、それに諸国の民を知るという己の研鑽の為に巡るという名目で旅をしていた王が戻るのは、本来ならおととい辺りのはずだった。
当然、予定より遅れた時点で、こちらからも探索の手は伸ばしていたのだが……
「プレニア国にて、プレニア王共々に討たれた、と!
下手人は東大陸の狂信者ども、船団にて攻め寄せての事にございます」
プレニアはこの国の南にある海運国だ。成程、東大陸から船で、か。
ここ十数年ほどで、東の大陸で新たな宗教が、異様な勢いで蔓延りだした、という話はこの国にも届いてはいた。
この世界の創世神を邪神と断じた一人の人間を救世主と崇め、インチキな奇跡をばら撒いて信者を増やすやり口は、これまでにも何度か興った新興宗教のそれと、似てはいる。
厄介なのは、彼らがある毒物を利用していることだ。
ヒトの精神を歪め、自主的な思考を減退させ、薬なしでは生きていられなくなる、という、魔の薬。
更に問題なのは、その魔薬、大量摂取すると、一時的に身体能力を大幅に向上させる副作用が現れることだ。
無論、その向上効果が切れた時には、立ち歩くことすらままならぬ、どころか明日をも知れぬ有様となり、いわば命燃え尽きた廃人の出来上がり、なのだが。
数年前に聖女の指示で排除した団体が現物を持っていたのでね。
彼ら、すなわち国家動乱準備罪での死刑囚で実験済みだ。
実際にその使い方をした場合の残り時間はほんの数日でしかないことも、この時に判っている。
完全に使い捨ての斬り込み役にしか使えないということだね。
ただ、それでも数をもってすれば、プレニア国の防衛網を混乱させ破綻させ、王家に手を延ばすことができてしまった、という事でもある。
「私の摂政の年限を延ばす。王位は、予定通りモタードだ」
まずは、空いてしまった王位を、埋めねばならない。
だが、私は『花の騎士』であるが故に、王位に就くことはできない。
継承権を、そして婚姻の権利を捨てねば、この地位には就けないのだから。
よって、次代の王は、まだ幼いとはいえ、兄の子に渡すしかないのだ。
なに、問題はないさ。幸いモタードは賢い子だし、既に定められた婚約者共々、健全で健康だ。
摂政が外遊時だけの形式的臨時職から、年限付きの実務的臨時職になるだけのことだとも。
とはいえ、忙しくはなる。
これ以上の空位が許されぬ聖女の叙任式だけは行って、全てはそのあとだな。
聖女の叙任式自体は、滞りなく行われた。
この叙任式は基本的に新たな聖女となる乙女と、『花の騎士』がいればそれで挙行可能な儀式である故、国王不在でも、問題ないのだ。
むしろこの国の儀式次第の関係上、現役聖女がいない方が、困る。
この国で王に戴冠するのは、必ず聖女であるが故に。
なので、両方が一時的に不在となった場合、必要なのはまず聖女の方、というわけだね。
問題は、私、『花の騎士』に何らかの不都合が出た場合、だが……
流石に国の歴史上、王・騎士・聖女のすべてが欠けた例は、いまだ存在しない。
万一騎士が不在の状態で聖女を任命しなくてはならない場合は、王が代行することになっている。こちらは実例も二例ほどあるので、この国としては問題ないと判っている。
そう、王は愚かでさえなければ誰が就いても問題ないが、『花の騎士』はそうではないのだ。
こればかりは、生まれ持っての資質が必須なのでな。
「『花の騎士』として、過去のすべて、そしてあなたが存在する間すべての未来を、一人で負うことを誓えますか?」
これが、『花の騎士』に立候補した時に最初に、そして就任時の最後に問われる言葉だ。
無論、私は二度とも即答で誓った。
そして、その二度目の誓いと同時に降り注いだ、過去の『花の騎士』たちの記憶を、意思を、全て受け止めた。
……流石に記憶が混乱して、丸一日ほど床に就く羽目にはなったが。
「一日で回復ですか。この三百年ほどでは最速ですわね」
当時の聖女であった姉には、そう驚かれた。
……してみると、聖女側もそれなりに過去の記憶や記録を己のものとしているのか、と、その時はそう思ったのだが。
今は知っている。彼女たちは、その存在を守護の力に換えて消え去る日まで、ずっと『花園』にいるのだ。
つまり、ある程度過去に遡った事柄も、当事者たちからある程度情報を得ることができる、それが聖女。
ある意味、最強の情報提供者ということになる。
王の子の最年長であるモタードですら、成人するまでにまだ暫しの時間が必要。
そして『花の騎士』の資質のあるものが現在生まれてもいない以上、あと何年やれるかは判らないが、私の後任は暫しの空位となる可能性が高い。
聖女の終わりは、人としての形を失い、その心をも護りの力に換えての消失だ。
では『花の騎士』の終わりは?
実は、大半の者は、その人生の最後を城で最も高い塔の貴賓牢で終える。
『花の騎士』としての任を自ら次の代に引き渡したものは、失ったものの大きさに耐えかねて狂うものが多いのだ。
のみならず、記憶の、記録の、想いの重さに耐えかねて、在任のうちに狂うものもたまにいるのだそうだ。
幸か不幸か、うっかり在任中に狂ったところで『花の騎士』の任は自動で解かれるので、私たちの引き継ぐ記憶にその狂気そのものは、含まれない。
そして私は……少なくとも、次代への引継ぎを自分で行うことはない、そんな予感はしている。
聖女程ではないが多少若い姿を保てる『花の騎士』ではあるが、『花園』に帰った聖女たちほど人間離れはしていないのでね。
それに、恐らくだが。
私は狂うこともないだろうが、己の寿命を全うすることもない、そう、予感がしている。
まあそれは、子孫を残す選択肢を自ら手放した『花の騎士』にとっては、ほんの些細な問題だ。
国を護り、『花園』を護り、未来の礎になって斃れるならば、それはそれで本望だとも。




