第24話 神になれなかった男。
黒幕こと邪神候補視点。
水……水源に悪意の毒薬を含ませる。
ユーレラ国から持ち出した最後の薬だが、もう薬効などどうでもいいからな。
最早、ただこの薬の成分を口にしただけで、否、触れただけで、人は吾が手に堕ちる。
時折そうならぬ者もいるが、今思えば、東でも、ユーレラでも、プレニアですらそうなる者ばかりだったのだ、何の手ごたえもなく。
だがオルフェリアでは効果が捗々しくない。
抵抗するものの方が、多い。
なので、少しばかり真っ当な思考を残した奴を送り込んで探り当てた、不平貴族を取り込んでやった。
まさか王宮の裏門側の警備役なんて大物が釣れるとは思わなかったが。
あの国もなんだかんだで腐ってるんじゃねえか、ざまあみろだ。
『何時までたっても裏門警備。陞爵もなければ元聖女の降嫁も許されぬ、何年待てばよいのだ我が家は。もう待てぬ!』
愚かな侯爵は、自国の貴族制度すらきちんと覚えていない。
他国ならいざ知らず、オルフェリアの公爵家は、王家の分家のみだと、吾ですら知っているのに!
だから、ちょっと自尊心をつついてやるだけで、吾の思う通りの駒として動いてくれた。
敢えて、奴には薬を触れさせていない。
必要なかったからな。あれは、根っからの阿呆で、愚物で、悪党だ。
ノーレル侯爵家といったか。
一人だけ、かつて元聖女の降嫁があったと記録されていたのだよ。
その女を、当時の当主が蔑ろにし、妾としか子を成さなかっただけでな。
無論それは吾の預かり知らぬ事だ。
当時の吾は、まだ東の蛮族の地を渡り歩いていた頃だとも。
そんな古い記録も残されている、そういう意味ではオルフェリアは随分と立派な国だったようだな。
今はもう、吾の指示に従う傀儡共が暴れ尽くし、国としては風前の灯だが。
それにしても、王一行を取り逃がしたのは、面倒だ。
聖女共も、一人も落とせていない。
王城の表の護りが固いが、裏を押さえたから、そっちはもう放置でいいだろう。
王の血筋が一人、燃え落ちる家から馬で逃がされたが……まああれなら放っておけば死ぬだろうさ。
今の暴徒共は、馬は食料だとしか思っていないから、逃げ延びるその前に引き倒されて馬と運命を共にするだろうさ。
……チッ、聖女の残り滓共が手を貸しやがるか。
ならば奴もまだあいつらには必要なのだな。手を増やせ。捕らえて引き裂け……
だめか、馬の脚を護られてしまうと、馬を操ることを忘れた愚民では追いつけん。
む、聖女の力が、薬そのものを消しやがった。
まあいい、一度触れて変質した者は、もう吾の手からは逃れられん。
直接指示を出してやればいいのだ。
時間稼ぎをされた、それは確かだが、誤差の範囲だろう。
それよりも、『花園』。
吾が見透かすことのできぬ、神とやらの力を纏う場所で、何かが蠢いている。
虫唾が走る。唾棄すべき、破壊すべきものが存在している。
……邪神の手下めが、そこに居る。
吾が邪神?ハハハ、馬鹿を言え。
吾のようなものを生み出せる世界に、正しい神など、居るものか!
吾が、神になるのだ。新世界で、世界の神に!
本能を解き放った獣の群れが殺し合い滅びれば、邪魔者など何も居ない、吾だけの素晴らしい世界が生まれるのだ!
聖女の滓どもが、消えていく。
どうも誰かを殺し損ねた、そんな気配もある。
今一つ、上手く行かないのは、暴徒共の知恵が足りぬせいか!
これだから本能しかない獣は!
せっかくここまでは上手く行っていたのに、ノーレル侯爵も詰めが甘い。
落したい女を捕らえたと喜んで、その女に命を取られるとは、愚かが過ぎる。
これだから女の地位の高い国は面倒なのだ。
奴ら、嵩張る衣装に獲物を仕込んでいやがる。
『花園』に手を出しあぐねているうちに、中身がついに動き出しやがった。
なんだ、これは。
圧倒的な、力。
人のそれ、吾のそれとは、まるで違う。
(『花園』に眠るは、創世神の御子たる半神)
半神とは、なんだ?
これですら、半分?
地の底から、天の上から。
吾に敵対する力が、溢れ、『花園』に在りしモノに集約していく。
そして『花園』の主は、己に集約されたその力を放出する。
それに触れた暴徒たちが、動きを止める。
動かなくなった暴徒が、ヒトの形を喪っていくのが見える。
自ら、国を亡ぼすのか?
『花園』の主はやはり邪神ではないか!
力は国を覆い、吾の本体が居るプレニアにも、国境を越え近づいてくる。
国境は侵さぬものと定めたのは神とやらだろうに!
”くにを こわしたものが いまさら じょうしきをとう など”
女の声がする。気持ちの悪い、おぞましい声。
(汝は、罪を犯し、罪を重ね、この世界に在ってはならぬ者となった)
さっきから聞こえるこの気味の悪い声も、誰だ。
(我は、我等は)
(裁きの神)
裁きの神……?
聞いたことが、あるような。
(其方の罪を裁く折、記憶の一部を封じたのは我等の過ち)
(故に一度だけ、機会を与えた)
はっ!ご勝手な事で!
そんなもの、要らなかったというのに!
まあいい、邪魔者は……
……なんだ?身体が、動かぬ。
(人魚の肉は、ヒトに見える部分にだけ毒がある)
(人の時ではなく命を止め、動く死人にする毒が)
(其方は選択を誤った)
なんだと?
吾が食ったのは、魚の部分であったはず。
(否)
(其方は全てを、余さず喰らった)
(そして魚の部分の効果で腐る事なく、動く死人となった)
吾が、死人?
この強大な力を持つ吾が、死人?
力?
そんなものが、どこにある?
なにもない。
今の周りは花ばかりだ。
雪が降っていなかったか?
花が。
花が、降ってくる。
はらを みたせぬ はな など きら い だ
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史書に曰く。
かつてプレニア国に端を発し、ついには難攻不落と言われたオルフェリア国に及んだ大戦乱は、二国を遍く覆い尽くす、無人の花畑の出現によって、終焉を迎えた。
プレニア国はほぼ壊滅的打撃を受けたものの、オルフェリア国には相応数の生き残りがおり、更には王家が存続したため、二国を併せ、アルゲンティア国とホーレリア国が支援することで、新生オルフェリア国として存続することとなった。
花畑は神の奇跡であるとされたが、そもそもの戦端の原因は、今も不明のままだ。
神々:歴史にも残してやらん。




