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第22話 転変する世界。

マウリシオ視点。

『神の裳裾山脈』は、異様な場所だった。


 遠目に一見すれば、それまで壁の反対側に見えていた森と大差なかったのだが……

 入りこんだ今は、全てが、大きい。


 巨木、巨大な下草。木だと思っていたものが、草の茎だと気付いた時には、もう周囲は巨大な植物で満たされていた。


 そのくせ、普通の大きさの植物の芽が生えだしていたりする。

 枯れ落ちた落ち葉も、普通の大きさに見える。


「これはまた、不思議な事よ」

 アルケイデス王も、心底不思議そうな顔で、周囲を見回す。


「先ほどまでは、こんなに大きくありませんでした」

 そして姉が、私の微かな疑惑を肯定する。


 そうだ。先ほどまで、この場所も、普通の大きさだった、はずなのだ。


「大姉様の御力の影響じゃのう。我らに害はないのじゃが……」

 ちと、大きすぎはせぬかの?と、神の娘が首を傾げる。


 だが、全ての植物が大きくなることで、後ろの道は消え失せた。

 我々に追いつくものは、もはやいない。


「これ以上奥には行かぬ方がよいようじゃの」

 神女様がそう述べたので、立ち止まる。


 近衛の二人が、まずモーリスを背から降ろし、それを『花園』の門番だった兵士が受け取る。

 そしてモーリスを背負っていた近衛兵は、己の装備のマントを外し、落ち葉の上に敷く。


 もう一人が背負っていたモタードは、なんと、まだ僅かに息があるようだった。

 ただ、その顔色に血色はなく、もう幾許いくばくの猶予もないとしか見えない。


「ふむ。少し、寄せておくれ」

 神女様が自らを運ぶ女兵士に告げると、兵士が身を屈め、王の顔を覗き込む位置に神女様を配する。


「少しだけ。今暫くの猶予を」

 何かの力を行使しているのが、私も微かに伝わってくる。


 死の息を吐くようであったモタードの顔に、ほんの僅かに、血の色が戻る。

 止血は試みられていたようで、それ以外に変化はない。


「……我らが王を御守りすること叶わず……この責は如何様にも……」

 歯噛みするような声音で、二人の近衛兵は跪き首を垂れる。


「ここまで陛下をお連れすることができただけでも、重畳。生き残った汝らに責はない」

 これは、私が告げねばならぬ言葉だ。


 そもそも、近衛たちがこの二人しか居なかったはずがない。

 他の者は、あのグウェンドリン様のように、足止めとして散ったのだろうから。



 微かに、地響きが伝わってくる。

 僅かに巨木巨草の間から見えていた、『花園』の壁が、ほろほろと、軽い綿菓子のように崩れていくのが、ここからも見える。


「ああ、お目覚めになられてしまわれた……え?」

 ふわりとその壁から解き放たれるように、巨大な花の蕾のようなものが、こちらに飛んでくる。


 それは、姉上の目の前に到達し、恐る恐る手を伸ばした姉上が触れるや否や、ふわりとその薔薇の花弁を開き――


 ――世代の古い聖女たちが着ているような薄物を身にまとう、グウェンドリン様の姿が、その中央に。


「……オーリオラ様が、ご自分の身体を捨てる際に、グウェンドリン様をお助けくださった、そうなのですけれど……」

 困惑の体で姉が述べる。


 花の中のグウェンドリン様は、ふるる、と僅かに震えてから目を見開く。

 おや?彼女の瞳は、このような黄金色ではなかったはず、だが。


 花の中に座したまま、彼女は横たえられたモタードに手を延ばす。

 その指先から、きらりきらりと、何かの雫のようなものが零れ、モタードに吸い込まれていく。


 効果は、劇的だった。


 みるみるうちに顔色が健康な者のそれに戻るモタード。

 それは、奇跡。否、長らく発現する者のいなかった、聖女の癒しの力。


 気付けば、花は消え、グウェンドリン様の瞳の色は元の色合いを取り戻し。

 王の身の傍に跪くグウェンドリン様は、穏やかな顔で王の頬を撫でている。


「これは、奇跡、ですか」

 アルケイデス王の、絞り出すような声。


「わたくしに関しては、爆発の時点で、古の聖女様方が守ってくださいましたの。

 ただ、それでも深手を負いまして、無理だと思ったところに、半神様に更なる助けと使命を受けましたの。陛下を、お救いせよと。

 わたくしを一時だけ力の器にすることで、半神様と聖女の皆さまは、わたくしも陛下も救ってくださったのですわ」

 それに答えるのは、グウェンドリン様本人だ。


「奇跡とは何を指して呼ぶものであるか、じゃな」

 神女様は、アルケイデス王の奇跡という表現に僅かながらに異を唱える。


「そうですね。グウェンドリン様に預けられたのは、古い時代の聖女様の癒しの力ですから」

 私も、奇跡とは少し違うのだ、と述べる。


 モタードを救ったのも、グウェンドリン様を救ったのも、古の時代の聖女たちだ。

 無論、聖女という存在自体が、その時代から今まで、半神様なしではあり得ない存在だったのだから、それを以て神の奇跡に一括りにしてしまう国もあるだろうが。


 半神様なしではあり得ない聖女、『花園』、そして……『花の騎士』。


 そうか、私ももう、『花の騎士』の任を解かれる、という事か。

 過去の騎士たちの記憶を、記録を喪う事は辛いが……私は狂っている暇など無いぞ。


『花の騎士』であるのみならず、私は今もこのオルフェリアの摂政でもあるのだから。


「……アリシア様はご無事だろうか」

「大丈夫だそうですわ。ただ、『花園』の東側に向かってしまわれたそうですので、当面の合流は困難かと」

 確認しなくてはならぬことは他にもあるが、まずは現聖女の安否からか、と口にしたら、姉から即答を受けた。


「あと現状ではノーレル侯爵が反乱を起こした格好になっていますのと、エドレイド公爵家が籠城戦でどうにか現状を乗り切ったようですわ。他家の消息は不明ですが、マスフィルド子爵ご一家は無事エドレイド公爵家に保護されていると」


「ノーレル侯爵は生き残ったならば晒し首ですわね」


 どうやら聖女様方からの情報があったようで、すらすらと現状を語る姉に、グウェンドリン様が獲物を見つけた鷹の如き目つきで、さっくりと処断を口にする。


「生き残っていれば、ですね」

 私も異存はない故、それだけ答える。


 半神様の御力の前に、あの俗物が無事でいられるとは、あまり思えなかったのでね。


 長時間歩くためには無理な姿勢であったから、背に負うたグレシア様は、まだ眠っている。

 この世界の転変を知ったら、自分の目で変化を見たかった、と言いそうだな。

モデレード君と馬も一応無事です。括ったまま運んでるようですが。

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