第21話 世界を掬う。
救う、ではない。
???視点。
わたくしに、呼びかける声が致します。
時が、来てしまった、と。最早、我らの手には負えぬ、と。
目覚めることを望まぬわたくしに、目覚めよ、と。
……微睡みの先、遠くとも近くともつかぬどこかから、いつしか悲鳴が聞こえるようになってはいました。
悲鳴の連鎖を辿れば、遠くとおく、国を隔て。
そのおおもとには、深く重い怨嗟の声がありました。
『罪なきものに、なぜこんな罰のような真似を!』
そう言い続けた挙句、世界を恨み、神を憎み、全てを滅ぼすと豪語し。
ああ、覚えがございますね。この方はこの数百年ほどは、ずうっと、そう言い続けておられました。
ですが。
罪は、あったのですよ。
貴方が飢えた状態で捨て置かれたのは、貴方が二度と得られぬ神饌を奪い、足蹴にし、神々に捧げられるべきものをすべて毀し穢してしまったからなのですから。
その結果、唯一、その時であれば纏まることができるはずだった東大陸の平和を、永遠に失くしてしまったのですから。
平和の象徴になるはずだった神饌の乙女を、貴方が奪い、犯し、殺したのです。
都合の悪い事だけは綺麗に忘れておしまいなのですね、かつて盗賊だったものよ。
この世界の民は、随分と獰猛な気性の者が多い。
そう嘆いたのは、神々のどなたでありましたか。
ですがそれは、教育と生活で、導くことができる程度のものでありました。
大半の国では、うまくその気性を隠し、矯め、陽気で快活な活発さに変じることができたのです。
それを捻じ曲げる毒が、わたしの園に生まれた事自体は、致し方ありません。
わたくしの『花園』は、人の世界の縮図なのですもの。
かつて異界の愚か者が持ち込んだ『魔術』が、一つの国を沈めた結果生まれ、そして今は既に滅びた、『人魚』たち。
それを食ったあの者自身は、人の世界の理から弾き出されたが故に、『花園』には反映されないのですが……
ユフレナは、その名の通り、ユーレラという場所の民のどなたかが基となって生まれました。
他にも、いくつかの毒草が、その関連するものの名を持って、生まれました。
ですが、ユフレナの若葉だけが加温の薬となるように、毒草は、薬の元にもなるのです。
力を弱め、いなし、変化させる技術を、わたくしの世話係たちの幾人かは手にしていましたから。
でもそれすらも、あの者は利用しました。
東の大陸は、もはや無人の荒野です。
ユーレラも、誰一人動く民などいなくなった、屍の大地です。
更にはプレニアにも、このオルフェリアにすら、毒は拡がりました。
水を汚染するという手段に気付かれてしまったのが、致命的、といえるでしょう。
もはや、命を毀しすぎたあの者は人ではありません。
邪神となる資格を備えつつあるモノ、です。
薬で変質を起こした者に己の歪んだ意図を投げ入れ彼らを操る、最早人の手には余る怪異。
なれば、わたくしが出るしかないのでしょう。
わたくしが、目覚めるしか。
それが、『花園』の終焉であり、このオルフェリアの終焉になろうとも。
この世界を、破滅の深淵から、掬い上げる。
それが、それだけが、わたくしの使命であるがゆえに。
わたくしを呼び起こそうとする、わたくしの世話係達が、その存在を力に換え、徐々にわたくしの内に戻ってまいります。
『花園』の始まりの折に、彼女たちの祖先に分け与えた力は、その血を繋ぎ、新たに生まれ出る彼女たちの資質に従い、形を変えてその仕事を支えていましたが、今となっては、全て集約せねばなりません。
わたくしは、半神にすぎません。だからこそ、全き姿で顕現しなくてはならないのです。
外に残る世話係のひとりが、全ての力を放ち、毒そのものを消し去ります。
でも、邪なる者の影響までは、消しきれない。
ですが、民を助ける僅かな時間を増やすことができました。
彼女まであの者の影響を受けないよう、守ってあげませんと。
やがて、何やら聞いたこともないような大きな音が、壁のすぐ外で響いた暫しの後、最後にわたくしの元に戻ってきたひとりは、まだ人の形を留めております。
……貴女は、出戻ってもよろしいのでは?
ですが、彼女はわたくしの問いにはただ、清廉な微笑みだけを返すと、自らするりと人の形を解いてしまいました。
解けた人の形を構成していたものは、先ほどの音の方に飛んで行きます。
成程、壁に埋もれて死にかけた姫君が、ひとり。あの方を救いたいのですね?
ですが、そのようなことができるなんて、わたくしも知りませんでしたよ!
ああ、この方は、おかあさまの血を、引く……?
戻りし力には、おかあさまのそれが、僅かに重なっているのが、触れた時に判りました。
おかげで、出戻った方たちや、勇敢な姫君からまでは、回収しなくて済みそうです。
事が済んだあとの混乱を収めるためには、ある程度の異能も必要でしょうから。
さあ、時が満ちました。
力は満たされました。
いくらかの犠牲はあったようですが、真っ当な民の避難もできたようです。
わたくしは、ゆっくりと、『花園』の花たちをも取り込みながら、身を起こします。
土をすり抜けると共に、花たちだけが、我が身を成すかのように、吸い込まれてきます。
さあ、世界に広がる悪しきものたちよ、わたくしの手の内で、わたくしの花の糧とお成りなさい。
罪を覚えてないのだけは、あいつのせいだけではないんですがね。
前半ポエミーなのは寝ぼけてるから……(台無し




