第2話 『花の騎士』マウリシオ。
今回は摂政殿下マウリシオ視点。
茶番だ。それは判っている。
否、それが判っているからこそ、演技というものにも、身が入らない。
私の悪い癖だ。
そもそも、本来ならば、兄である国王陛下がこの役目を果たすべきところではあったのだが、奴め、演技であってもお気に入りだった聖女に偽物の宣告を申し渡すのは忍びない、などと言い出して外遊に逃げおった。
私だって、自ら叙任した聖女に追放宣告など、やりたくなどないのだ。
それは、確かに『花園』への帰還に過ぎないかもしれないが、世俗との永遠の別れと同義であるが故に。
今代の聖女は、元を辿れば庶民の間に零れ落ちた種から花開いた娘だった。
長い歴史の中であれば、聖女の血筋の家系が没落して庶民の間に埋もれて行くこともある。
またはその血を引く男が戯れで種をばら撒いていたり、などという不始末も、案外そこら辺に転がっている話ではある。
故に、それ自体は不思議ではない。
ただ、今代の聖女、グレシア嬢は、随分と『花園』に気に入られていた。
そして、花守である私たち王家の者からも。
この国、オルフェリアは『聖なる花園』を中心として発展してきた国だ。
国の民からはただ、『花園』と呼ばれる場所から得られる各種の薬草、香草、それらは他国には一切存在しないものであるが故、この国の外では、常に高値を付け続けている。
のみならず、国の境を定めた時から、この国全土が『聖なる花園』の眷属の地、として『花園』の力に守られている。
幾度も侵攻を試みた国や宗教勢力はあったが、全てこの『花園』の力が拒むことで、彼らは越境すらままならず、そしてやがて自国の不作凶作にあえぎ、ある国は滅び、ある宗教は廃れ果てていった。
古い伝承では、この『花園』の中心で、創世神の愛し子が、ひと時の眠りに就いているのだと言われている。
真偽は定かではない。なにせ、神代の話であるうえに、歴代の聖女たちもそのような方は見た事がないと、そう述べるので。
無論、時折『花園』のほんの入り口に訪れるだけの私も、見た事も、感じ取ったこともない。
それは歴代の『花の騎士』も、記憶にある限りの皆が、そうであったのだ。
『花の騎士』たる者は、それまでの、歴代の『花の騎士』全ての記憶を、記録を、覚え引き継げるものでなくてはならない。
だから、兄ではなく、弟である私が選ばれた。
そして、次代は幼い兄の子達ではなく、未だその影形すらない、彼らの子の誰かになるはずだ。
そう、『花の騎士』は、『花園』に関わる未来をも、ある程度は見通すのだ。
だから。
最初から、今代は『花園』に戻るだろう、と、判っては、いたのだ。
茶番劇の翌日には、もういつもの通り、『花園』を訪問する。
それは、『花の騎士』としての日常、予定通りの行動。
追放劇など、なかったかのように。
実際、公式の記録には、追放刑の記述など残らない。
書かれるのはたった二種類の宣言だけだ。
『聖女は、『花園』を出ることを選び、某家預かりとなった』
『聖女は、『花園』を出ることを選ばず、その生涯を『花園』に捧げることとなった』
この、どちらかしか、記録には記されない。
この国の歴史上、そうでなかった記録は、存在しないのだ。
今代の聖女であったグレシア・マスフィルド嬢は、庶生の娘、という触れ込みではあったが、実際には市井の出であることは調査済みであった。
その割に、養父たるマスフィルド子爵は、随分と彼女を可愛がっていたという。
とはいえ、これは聖女絡みではよくある話ではある。
情が移る、というのとも違うらしい。
聖女候補であるかどうかが、見る者によっては一目で、はっきりと判ってしまうほどに、彼女たちは、人を惹きつける、らしい。
グレシア嬢のそれは、特に花守たる王族に対して顕著にそれが現れていた。
マスフィルド子爵家は今でこそ子爵家に落ち着いているが、元々王族の傍系の家系でもある。
追放劇を選んだ元聖女は、原則として刑の執行という言い訳のもとに、略式で籍を抜かれる。
だが、マスフィルド子爵は、任意で選択可能であるとはいえ、除籍を拒否する、という選択をしていた。
子爵当人曰く、危うかった家族の間柄を、彼女が上手く取り持ってくれたのだ、というが。
「私どもが愛を注いだのではないのです。私どもが、あまりにも多くの愛を受け取ったのです」
グレシア嬢を庶子とするには些か歳のいった子爵は、そう述べていた。
だが、それとても、多くの聖女たちの逸話に、たいてい含まれている言葉、なのだ。
茶番劇に過ぎない追放劇のあと、『花園』で面会したグレシア嬢は、普段とまるで変わりない様子だった。
今はただそれが、有難く感じられる。
先代の聖女であり、これも宣告劇を経て『花園』に帰った、我が姉であったもの、ロミレイアは……既に私の事は朧げにしか覚えていない様子にさえ見えたけれど。
そう、『花園』は、聖女の在り方を、魂を、精神を。
己の内にあるに相応しいものへと変質させていく。
その行く末は、肉体を喪失し、精神だけに純化され。
そのような、花の精霊とも呼ぶべき存在を経由して――
この国を護る、花の園の力、そのものとなり、やがて、消失する――
聖女とは、『花園』への生贄。国を護る為の、代償。
彼女たちは、それを知ってか知らずか、大半が『花園』へ戻る道を選ぶ。
私たちは、それを止めることはない。
否、止めることを禁じられている。
そうしないと国が亡ぶから?
そうではない。
それを選ぶのが彼女たち自身であるから、だ。
いつもそうやって、歴代の『花の騎士』は自らを戒める。
全ての聖女がその道を選ぶ訳ではないからでもあるが。
実際、次代の聖女と定められたアリシア姫の祖母や、私の母はこの国の民として残る道を選んだ。
ただ、今代はそうではなかった。それだけのことなのだ。
だというのに。
今は心が乱れてやまない。
恋愛要素を入れようとした名残が(ないんかい!




