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第19話 聖女アリシアの逃避行。

という訳で王宮のアリシアちゃん視点。

 まさか、ノーレル侯爵が完全に取り込まれ、反乱を起こすとは。


 正直、その一報に、陛下も、わたくしも、グウェンドリン様も、宰相閣下も。

 一瞬、反応が遅れてしまいました。


「……ノーレル侯爵家は裏の防備の要。

 そこを敵に取り込まれたとなると、一旦脱出するしかございませぬな……」

 最初に冷静さを取り戻したのは、宰相閣下でした。


「あのむやみに暴れる群衆に紛れるのは不可能ですが、せめて兵士の間に紛れてしまえる服装に致しましょう。

 少なくとも陛下とわたくし、聖女様の衣装は動くのに向いておりませぬ。

 あとできればわたくしに獲物を。剣は手持ちがございますけれど、槍を一筋お与えくださいますよう」

 そして続けて提案をされたのは、グウェンドリン様。


 陛下の婚約者として、それ以上にエドレイド公爵家から出された陛下の懐刀として、彼女は陛下を守り抜くと決意されておられるのでしょう。


 なれば、わたくしは。


「わたくしは、陛下がたを見送りましたのち、王宮の者たちを率い、『花園』の東へ参ります。

 わたくしの衣装はこのままに。目立つものがいた方が陽動になりましょう」

 陛下たちと一緒に行ってはいけない。

 それがわたくし達、聖女の総意が下した判定なのです。


 恐らく、この中の半数以上は、命を落とす。

 ですが、それが陛下や、グウェンドリン様であってはならぬのです。


 いえ、それすらも、危ういのですが。

 悪いことに、ノーレル侯爵は防衛上に必要であるという理由で、エドレイド公爵共々、この王宮の避難路を、知っているのですから。


 唯一幸いなのは、エドレイド公爵側が、反乱に寄与してはいないことでしょうか。

 ただ、あちらはあちらで、逃げ惑う善良な民を保護し、籠城戦に入るしかなかったようですから、手助けは期待できません。


 陛下の気に入りの近衛たちが、陛下のいちばん下の弟君、モーリス様を連れてきました。

 彼らは生き残れる、そんな雰囲気がありますから、彼らを陛下にお付けするべきでしょうか。


「申し訳ございません、モデレード様が見当たりません」

「モデレードは城下のケッセル伯爵家に出かけていたはずだ。恐らく、あちらで争乱に巻き込まれたであろう」

 陛下は弟君の行き先はご存じで、衣装を脱ぎ、兵士の持ってきた予備の制服に着替えながらも、暗い顔でそう述べます。


 わたくしの元に、『花園』の先輩方からの知らせが届きます。

 やはり、わたくしは陛下たちとは別行動、わたくしの想定通りの動きをすることになるようですね。



 王宮の隠し通路の一つから、陛下とグウェンドリン様、兵に抱かれたモーリス様に近衛兵の十人ばかりが付いて、脱出して行きます。


 歴史の初め頃には癒しの力を以て社会に尽くしていたわたくしたち聖女ですが、時代を重ねるうちに、風変わりな異能の持ち主が現れ始め、それと反比例するように癒しの力は失われてゆきました。


 わたくしの異能は、聖女であったものの過去を見ること、そして物理的に糸のようなものを出して、人の動きを阻害する事、です。


 念入りに糸で隠し通路のある部屋全てを塞ぎ、宰相閣下以下、パニックを起こして散り散りに逃げ出した者以外の、王宮にまだ留まっていた者たちを連れて、東の門を目指すのですが……


 まあ当然、兵の群がおられますね。服装を見るに、ノーレル侯爵の手勢ですね。


「ここは、我々が開きます」

 そう述べると、宰相閣下は近衛の手勢と共に、突撃していきました。


 槍を主体とする近衛たちが、あっという間に開いた道を、駆け抜けます。

 わたくしが着替えなかったのは、侍女たちもそうであるから。

 彼女たちが追い付けないのでは、意味がないのです。


 暴徒よりは統率が取れているように見えるノーレル侯爵の兵士ですが、やはり薬物の汚染があるのか、動きがおかしいものが多く、数のわりに弱く感じます。


 とはいえ、こちらは近衛の一部隊と、軍事からは数年前に引退した宰相閣下しかおりませんから、苦戦には違いありません。


 そして、張り巡らしておいた糸が、燃える気配、そして、煙。

 やはりノーレル侯爵自身は、脱出経路を推定できる程度には、正気のようですね。



 だんだん脱落していく近衛たちに、祝福をさしあげることもできず、ただ走るのみ。

 幾人か、侍女たちにも転んだものもいましたが、諦めるしかございません。


 それでもどうにか、宰相閣下を殿にして、花園の東側の壁沿いの道に紛れ込むことはできました。


 ここからなら、先輩方が少しだけ、手を貸してくださるかも。


 そう思っていたのですが……予想より、状況が悪いようです。

 結局、王宮を脱出できたのは、十八人の侍女と、わたくし、宰相閣下、兵士が二人、という有様です。


 残りの者は、転んだり、体力がなく力尽きたり、掴みかかられたりで、脱落してしまいました。

 彼らが、わたくしどもが逃げる時間を作ってくださった、ともいえるのですが……


 何故、自分が。

 そう思いながら蹂躙されていった人たちを思う暇も、まだありません。


「体力的に走るのはもう無理でしょうが、歩き続けねば、追いつかれます」

「暴徒が馬を駆る知恵を喪っているのは不幸中の幸いですな……」

 皆を促し、歩きます。


 暫くして。大きな、聞いたことのない轟音が遠くから響いてまいりました。


「音はどうも『花園』の反対側から聞こえたようです。

 あちらの何かが合流することはできませぬ故、このまま山脈方面に向かうようにと……他に生き延びるすべは、ございません」


 僅かに流れ込む情報を知らせ、更に歩き続けます。

 追手の声は、思いのほか聞こえてきません。


 それでも、山には辿り着かねばならない。それがわたくしの異能の判断です。

 急げるだけ、急ぎましょう。

最初死亡ルートだったのを必死こいて引き戻しました……

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