第12話 深まる混迷、増える謎。
花の騎士マウリシオ視点。前話の翌日かその次の日くらい。
「かの商人はこの国での商いができなくなり、レーヴィテラの遠縁の親族の元に引き取られたと覚えています。そちらも調査中ではありますが……」
ユーレラ国が恐らく既に滅びた、という情報を齎した聖女アリシア様からは、以前、私の目の前で前聖女に暴言を吐いた不愉快な元商人の行く末の調査を依頼された。
先代から業務を引き継いだ為、面通しに来たのだという話だったその若い商人は、聖女をよりにもよって夜の商売女の蔑称をもって論う、この国の民としてはあり得ない暴言を吐いて寄越した。
幸い前聖女御本人はその内容に気が付かなかったものの……
私より先に、同席していた宰相閣下がその場で商談の打ち切りを命じ、その愚か者は親族も連座で、当日の内に王都からの所払いを命じられた。
そういえばその男も、本来その商家を継ぐ予定の人物ではなかった、という話だったか。
本来の跡継ぎが物故した故、という説明を取次の貴族に聞かされた記憶がある。
思い出すのも業腹だが、成程確かに不審な案件ではある。
確か部下の誰かに調べさせていたような……
「摂政殿下、今、宜しいでしょうか。商人の調査の件でございますが」
「ああ、丁度その情報が欲しいとなったところだよ。聖女様にも御確認いただく、そこで」
折よく、その調査をさせていた部下の一人が現れたので、その場での報告を許可する。
信用する我が部下ではあるが、この『聖女の間』に『花の騎士』以外の男を入れてはならぬのが、決まりである故。
「レーヴィテラ国からの回答が届いております。正規ルートでも、裏でも、件の男とその一族は入国した形跡自体がないとのこと。
但し、犯罪者本人は事変直前にプレニアにて目撃情報があり、また、一族の者は先週ホーレリア国内で山賊に襲われ全滅した小規模隊商のひとつにそれらしき特徴の人間がいたと。
ただ、所払いに際し、一族は国を出るとして通商証票を返上しておりますので正規の身元保証書類がなく、確定には至っておりません」
そういった扱いに慣れた部下は、廊下で一礼すると、問題の調査結果をすらすらと述べる。
「……商家の一族は口封じでございましょうか」
聖女殿はそのように述べ、眉を寄せる。
「まだそこまでは断言できぬが……あの男、そもそも外部の民であった可能性が高まったな」
「そちらについても情報が。
件の男はレーヴィテラの親族から取った養子という話でございましたのでこれも調べさせましたが、顔が違う、という回答を得ております」
レーヴィテラ国の親族から送り込まれた子供は、その商家の家系によくある華やかな朱色の髪と瞳の、顔つきは普通の子供であったのだという。
翻って件の罪人は、くすんだ赤茶色の髪に、黒い瞳であったと記憶している。
顔立ちは、商人としては整っている方だったろう。
表情に品というものがなく、見事にそれらを台無しにしていたが。
「……ユフレナを取り扱う商人ではなかったはずだな」
「はい、ユーレラ国との直接取引はアルゲンティアが首を縦に振りませぬ故。彼の商会は親戚筋頼りでレーヴィテラ国中心であった記録がございます。
ただ、代替わりしてからプレニア、及びトーリア国への問い合わせが増えていたという話もございました」
国外に伝手を持つ商人の取引先は、この国では一国に限定されることが多い。
複数の国との取引を行うには、通商証票の獲得に困難が伴うからだ。
これはアルゲンティア国が各種の関税や制限を他国に強く課していることも要因だ。
その為、この国なら末端の庶民でも一服分の薬代を出せる程度の価格で卸すユフレナの薬も、ユーレラ国に着く頃には庶民には手が届かぬものになっているという。
悪いことに、他のルートでは生葉が必要なユフレナの枝が枯れてしまうのだ。
ユフレナは、潮風に極めて弱い植物だと以前植物学を専攻していた聖女の一人が突き止めて以来、アルゲンティア経由でしか届けられないという結論に至っている。
アルゲンティアとトーリアの間にある大湖、ヴァラレス湖が淡水の湖なら水路も選べた可能性はあったが……生憎塩湖であるうえに、あの湖も実効支配しているのはアルゲンティアだ。
ユフレナの薬が必要なのは、基本的にユーレラ国のみだ。
それをいいことに、アルゲンティアの商人はずいぶんと酷い手数料を押し付けていると聞く。
奴らは、こちらの要請も一切聞く気がないからな……大国故の増長、だろうか。
オルフェリアもアルゲンティアとの取引は当然ある。
内陸国である故、海水塩は輸入に頼るしかないのでな。
当然それにもアルゲンティアは高額な関税を課している。
ただ、これまでは安価なプレニア産の塩が出回っているから、問題にされてこなかった。
プレニア国がほぼ崩壊したといえる今後は、どうなるか。
「情報を齎した者には報酬を。引き続き山賊被害者の身元の確認を進めてくれ。
罪人本人は……恐らくもはや足取りを掴むのは不可能だろう。
プレニア国関連の情報自体は引き続き収集してくれ。その中に紛れている可能性も考慮してだ」
直感的にそう判断し、言葉を紡ぐ。
恐らく、あの商人の跡継ぎを名乗った男は、この争乱の中心に、近い場所にいる。
「ああそうだ、アルゲンティアの近況も探索可能ならば増やせ。
あの国が裏にいる可能性が出てきた」
大陸随一の大国であるアルゲンティアは、今も拡大思想を秘めているというのは、周辺各国での共通認識だ。
下手をすると、プレニア国救援の名目で、ホーレリアか我が国に軍の通過を求める可能性すら出てきているのが現状だ。
無論すんなりただ通る訳がない。
兵站の拠点を置かせろと言い、基地を作り、いつの間にか租借地として既成事実を作る。
それがかつてオルフェリアの隣の内陸の小国だった傭兵国家のやり口なのだ。
まあ、我が国を軍隊が通ることはあり得ないのだが。
それでも、ホーレリアとの国境を奴らに抑えられるのは、困るのだよ。




