第10話 知る罪、知らぬ罪。
ついにオルフェリアを飛び出して、ユーレラ国の実情。
宰相にして摂政たる公爵閣下の独白。
聖女と『花園』を戴く国、オルフェリア。
花の国と呼ばれるその西大陸内地の国家は、『花園』にしか存在しないという薬を商う事で暴利を貪ってきた。
おまけにその薬には重篤な副作用があるのを、こちらに知らせる事のないまま三百年以上経っているではないか。
よって、討たねばならぬ。
そう述べて討伐軍を発すると決めたのは先代の王だ。
愚かしいことだ、その薬に頼るしかない風土病を延々抱え続けている、立場の弱い国のくせに。
おまけに暴利を貪っているというのも、実際は二国の間に挟まるアルゲンティアの商人どもだというのに。
オルフェリア側では、庶民にも手が届く程度の値段で出しているものを、奴らが通行料だ輸送料だ関税だ、と様々な言い訳で無駄金を積み上げ請求してくるのだから。
……ただ、オルフェリアの庶民に手が届く金額が、我らユーレラの庶民に手が届く金額とは限らないのも、事実ではあるが。
確かに、オルフェリアの薬には副作用はある。必ず発現するものでもないが。
昏睡者が目覚めた時、稀に、別人のような乱暴者になってしまうのだ。
そして、その数は、どういう訳か、近年では明らかに増えていた。
今年に入り、その原因がついに判明した時、我は王を即時その座から引きずり下ろし、次代に挿げ替えた。
この愚か者が、薬のかさましを狙って、本来使ってはいけない、廃棄するべしと調剤手順で定められていた枝の部分まで使えと命じた、その時からの異変だったことが判明したからだ。
我が国の学者共は、その詳細な原因まで調べることは叶わなかったが、責任自体の所在は、どう見たって奴の余計な命令のその直後から急増した、人の言葉が通じかねる荒くれものと化した人々で、明らかだった。
そのくせ学者共は、余計なことをして、オルフェリアが我が国に便宜を図ってくれた証の品として、廃棄されず取り置かれていた、葉のない枯れ枝に、人の精神に影響を与える毒が含まれていることだけは見つけてしまっていた。
枝だけを調製した魔薬は、人の精神を操り依存させ、過剰投与によりその能力を数段階強く引き上げ――最終的にその寿命を奪う。
それが知られた段階で、そんな厄介な枝は全部処分してしまうべきだったのに。
これも愚王めが、使い捨ての強兵ができると喜んで手を出してしまっていた。
それでも、自国の健康な民に使わなかったのは、まだ奴にも理性が残っていたと見える。
奴は薬を、西の海を越えた先、通常我々が東大陸と呼んでいるその場所の民を服従させるために使い始めていた。
そのせいで我が事態を把握するのが遅れてしまった。
これだけは、悔やんでも悔やみきれぬ。
大昔にレーヴィテラ国が東回りで成し遂げたものの、散々な道程であった世界一周は、西回りであれば、さほどの苦労はしない、と気づいた武装商人がいたのだ。
今思えば、この武装商人が、愚王めに余計な入れ知恵をしていたのだと、判る。
本来の奴は小心者で、そんな他国に手を出すような攻撃性は、なかったはずなのだ。
東大陸は少領同士が延々と揉め続ける、正直言えばほぼ無法の地であったが、気が付けば愚王が送り込んだ武装商人が、薬を以て支配する国になり果てていた。
東大陸への航路は一旦絶ち、薬の追加を得られないよう、風土病の薬の発注も敢えて控えたというのに、気づけば証の枝はすべて持ち去られた後だった。
国内にも、汚染者がいたのだ。それも、中央貴族の中に。
否、思い起こせば、愚王自身も量の多寡はあれど、汚染されていたのだろう。
もはや、完全に手遅れだった。
武装商人は愚王の子飼いであることを笠に着て、摂政宰相である我ごときはおろか、新王のいう事すら聞こうとしない。
挙句、愚王を殺した者への報復として、オルフェリア自体を滅ぼす、そう宣言してよこした。
流石にそれはできようはずもない事、だとは思ったが……
かの商人がユーレラ人であることは、すなわちこの世界の法則では、我が国が責任を取らねばならない、それが神々の定めた習い。
そもそも風土病の薬の発注を控えたのには、愚王の代から我が国で顕著になり始めた不作のせいでもある。
つまり、薬を贖う金が、ないのだ。
風土病自体は海に出ない民には現れない故、後回しにされた面もある。
無論それは船の民の反発を生んだが……
そもそも、この風土病の原因は、我ら自身にあるのだと、きちんと公表すべきだったのではないのか。
それは、海神の祟りと、我が家には伝わっている。
神殿もそれは知っているはずだが、歴代王が緘口令を敷き続けているのだという。
全くもって、歴代も大概愚か者が多いのだ、この国の王家は。
海神の娘とされるものを、肉を食えば不老不死が得られるなどというほら吹きの嘘に乗せられて、殺して食った、というのだから。
当時はこの国の周辺でだけ荒れ狂う海に出る事すら叶わず、人食い王と相伴に預かったもの全ての首を海に捧げて、ようやっと事態が収まったのだというが。
今度は王の亡霊が、病を齎すようになった。
これが真相なのだ。
不老不死は得られなかったが、人外の力だけは得てしまった訳だな。
風土病と呼ばれるようになったそれは、海神ならぬ元人間の怪異による祟りである故、創世神の愛な子の眠る地の薬が、その守護を以て症状を和らげるのだ。
なので、本当なら他の薬でも良かったのだろうが……低体温に対応できる薬があったのが、宜しくなかったのだろうな。
これだけは純粋に、不幸と呼べるものだといえよう。
……足音がする。
どうやら我を捕らえた武装商人のシンパが、我の首を取りに来たようだ。
そう、全て手遅れなのだ。
この国も、気づけば末端から、魔薬に侵され、今や東の大陸と大差ない有様だ。
恐らく神殿も既に制圧されているのだろう。
昨日から、時の鐘すら、聞こえない。
ああ、愚かな。
愚かな王により、国が亡ぶ。
何も知らぬオルフェリアではなく、余計な事を知ってしまった、このユーレラが。
というわけで実は葉っぱなし+枯れ枝じゃないと同じものにならないのだった。
主人公ちゃんは生枝でやってますけんね。




