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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第5章:一番近い光のそばで

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境界線の朝

昨夜の喧騒が嘘のように、静かな朝が来た。 窓の隙間から差し込む六月の瑞々しい陽光が、机の上に置かれた新しいスマートフォンを白く照らし、その滑らかな硝子の質感を強調している。重い瞼を開け、まだ覚醒しきらない指先で画面を点ければ、そこには陽太から届いた『おやすみ。また明日な』というメッセージが残っていた。短くて不器用、けれど精一杯の想いが込められたその文字。


それを見れば、昨日の屋上で感じた彼の掌の熱さを思い出して、胸が高鳴るはずだった。けれど、私の指先は心とは裏腹に、無意識のうちにアドレス帳をスクロールしていた。最下部近くにひっそりと鎮座する『水瀬 湊』という文字。その名前に指が触れそうになった瞬間、指先から心臓へ向かって、鋭い硝子の破片が突き刺さるような冷たい痛みが走った。


(水瀬湊。……本当の名前は、神崎、湊……)


昨夜、暗い部屋で独り、何度もその名前を口の中で転がした。そのたびに、クローゼットの奥に隠したあの重いアルバムの感触を思い出す。私は弾かれたようにベッドを抜け出し、扉を開けた。 ……けれど、そこには何もなかった。 私が隠したはずの場所には、昨日までと変わらない衣類が整然と並んでいるだけ。あの『神崎』という名が記された古いアルバムは、影も形もなく消え失せていた。


(お姉ちゃんが……片付けたんだ)


私が眠っている間に、音も立てずに忍び込んで。あの証拠を、お姉ちゃんという完璧な守護者がどこかへ葬ったのだ。その事実は、私と姉の間にある「沈黙の共犯関係」を決定的なものにした。


「みゆ、いつまで寝てるの! お父さんたち、もう行っちゃうわよ!」


お姉ちゃんの、一点の曇りもない鈴のような声が階段下から響いた。私は慌ててセーラー服に着替え、リビングへ駆け下りた。 リビングでは、お父さんとお母さんがスーツケースを傍らに、出張の準備を整えていた。二人は多忙で、よく家を空ける。今日からまた、私たち兄妹だけの生活が始まるのだ。


「いいか湊。俺たちがいない間、しっかり下二人を頼むぞ」

「父さん...... わかってるって。俺に任せとけよ」


パンを片手に、湊兄さんが不敵に笑う。その「俺」という一人称の力強さ。いつも通りの、頼れる長男としての背中。けれど、彼が「神崎」の血を引いていると知ってしまった今、その笑顔すらも薄氷の上に立っているようで、私は見ていられなかった。


「みゆ、誕生日おめでとうは昨日言ったけど……忘れ物しないようにね」 お母さんが私の肩を優しく抱き、お父さんが微笑む。

「いってらっしゃい、お父さん、お母さん。お仕事頑張ってね」

「ああ、行ってくるよ」

二人の背中が玄関から消えるのを、私たちは並んで見送った。家族という形を保つための、いつもの光景。けれど、扉が閉まった瞬間に漂った静寂は、昨日までとはどこか違っていた。


「さ、俺も朝練行くわ。みゆ、昨日からニヤニヤしすぎ。スマホばっかり見てんなよ。歩きスマホで転んでも助けないからな」


湊兄さんは私の隣を通り過ぎる瞬間に、大きな掌で私の頭をガシガシと乱暴に撫でた。 首筋に残る微かな石鹸の香りと、一瞬だけ触れた制服越しのアスリートらしい逞しい腕の熱量。


(お兄ちゃん……じゃ、ないんだ)


そう突きつけられるたびに、私の心臓は不規則な音を立てて跳ねる。


「……おはよ、兄さん。そんなことないよ、分かってるって」


必死で声を整えて答える。湊兄さんは「じゃあ、先に行くわ。お姉ちゃん、行ってきます!」と快活な声を残して走り去った。

「行ってらっしゃい、湊」

お姉ちゃんの返す声は、どこまでも深く、慈愛に満ちていた。アルバムを消した張本人である彼女は、何事もなかったかのように穏やかに私を見送ってくれる。その瞳には、妹の新しい恋を祝福する完璧な優しさだけがあった。


玄関の門扉の前には、陽太が待っていた。

「……はよ。行くぞ」

「うん。おはよう、陽太」


隣同士の家から出て、二人で並んで歩き出す。 いつもなら数歩先を歩く湊兄さんの広い背中。今日からは、陽太の隣が、私の「正解」の場所なのだ。 陽太が、少し顔を赤くしながら私の手を握る。


「……昨日、ちゃんと眠れたか?」

「うん。陽太は?」

「寝れるわけねーだろ。……お前のこと、ばっか考えてた」


陽太の真っ直ぐで、濁りのない言葉。 その温もりに触れている間だけは、家の奥から消えたあのアルバムの影を忘れられる気がした。陽太は私の光だ。この光と一緒にいれば、私は醜い執着から救い出され、真っ当な「水瀬みゆ」として留まっていられる。


ふと前を見れば、百メートルほど先を歩く湊兄さんの後ろ姿が見えた。


(兄さんは、俺がこの家を守るんだって顔をして笑ってる。……もし私が、本当のことを言ったら。あの人は、行き場をなくして消えてしまうかもしれない)


私は握りしめた陽太の手を、ぎゅっと、痛いくらいに握り返した。 陽太という、美しく輝く「真実」の盾を、必死に胸に抱えながら。 六月の爽やかな風が吹き抜ける中、私の13歳の日常は、幸せと不安を抱えたまま幕を上げたのだった。


おはようございます。

作者のFERILUです。


『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』

を読んでくださりありがとうございます。


みゆは誕生日を迎えて13歳になりました。

スマホを持つことによりお小遣い減らされた記憶が・・・

最近は小学生でも持っているので、持っていない方がめずらしいですよね。


スマホのNMP乗り換え、交換時期忘れそうになります。

安く使えるのはいいですけど、期間内に返却というのがどうもなれません。


みんなどうしてるのかな?

気楽にコメントやメールで教えてもらえたら嬉しいです。

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