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神様の身代わり ―光の兄と、罪の妹―  作者: FERILU
第2章:陽太へのときめき

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3/4

陽太の背中と、家族の夕食

放課後のチャイムが鳴ると同時に、私は吸い寄せられるようにテニスコートへと足を向けた。


コートでは、湊兄さんが陽太にサーブの指導をしていた。夕方の黄金色の光を浴びながらラケットを振る湊兄さんの姿は、まるで映画のワンシーンのように洗練されている。

一方の陽太は、いつもクラスで見せる生意気な態度はどこへやら、湊兄さんの前では借りてきた猫のように大人しかった。


「陽太くん、今のスイングはすごく良かったよ。でも、もう少しだけ左肩を意識してみて」

「はい! ありがとうございます、湊さん!」


湊兄さんが優しく声をかけると、陽太はがむしゃらにボールを追いかける。その真剣な眼差し、額に光る汗。それを見ていると、私の心臓も少しだけ速く動いた。


「お、みゆ。見に来てくれたんだね」

練習が一段落したところで、湊兄さんが気づいて爽やかに手を振ってくれた。

「湊兄さん! かっこよかった!」

「はは、ありがとう。みゆも少し打ってみるかい?」

「うん!」


湊兄さんのリードで、三人でボールを打ち合う。湊兄さんが投げてくれるボールはとても打ちやすくて、私はお姫様になったような気分でラケットを振った。けれど、しばらくして湊兄さんが腕時計を見た。


「あ、ごめん。今日、姉さんに頼まれていた用事があるんだった。先に帰るけど、二人は無理しないように!」


「えー、もう帰っちゃうの?」

「ごめんね、みゆ。陽太くん、みゆのこと、よろしく頼むよ」

「任せてください、湊さん!」


湊兄さんが去り、コートには私と陽太の二人きりになった。

「よっしゃ、みゆ。本気で行くぞ! 湊さんが見てないからって手は抜かねーからな!」

「望むところよ!」


陽太の打球を必死に追いかけたその時だった。

グキッ、と嫌な感触が足首に走り、私はそのまま地面に倒れ込んだ。


「あいたっ……!」

「おい、みゆ! 大丈夫か!?」


陽太がラケットを放り投げて駆け寄ってくる。その顔は、今まで見たこともないほど真っ青に強張っていた。

「ごめん、俺が無理なコースに打ったから……。見せてみろ」

陽太が私の足首に触れる。その手は少し震えていて、でも、驚くほど温かかった。


「……歩けるか?」

「……っ、痛い」

立ち上がろうとしたけれど、あまりの痛みに顔が歪む。すると陽太は、迷うことなく私の前に背中を向けた。


「乗れよ。家まで送ってやる」

「えっ、でも、悪いわよ……。肩貸してくれれば……」

「いいから! ほら、さっさとしろよ」


陽太に急かされ、私はおずおずとその背中にしがみついた。

ぐいっ、と体が持ち上げられる。

陽太の背中は、記憶の中にあるものよりずっと広くて、しっかりしていた。首筋から漂う石鹸と汗が混じった匂い。歩くたびに伝わってくる、彼の肩の筋肉の動き。


(……陽太の心臓の音、聞こえそう)


「……重くない?」

「お前、もっと食えよ。軽すぎて心配になるわ」

ぶっきらぼうな言い方だけど、私を支える腕には力がこもっていて、決して落とさないという意志が伝わってくる。いつもは喧嘩ばかりしているのに、今の陽太は、誰よりも頼もしい男の子に見えた。


家に着くと、玄関で姉さんと湊兄さんが飛んできた。 

「みゆ! その足、どうしたの!?」

「すみません、雫さん。俺が無理させちゃって……。本当にすみませんでした」

陽太が真っ直ぐに姉さんの目を見て、深く頭を下げた。姉さんは厳しい表情を崩さなかったけれど、湊兄さんが間に入ってくれた。


「姉さん、陽太くんがずっと背負ってきてくれたんだよ。……陽太くん、本当にありがとう。助かったよ」

「……そう。陽太くん、みゆを助けてくれてありがとう。今日は遅くなったから、食べていってちょうだい。準備するわ」


「えっ、でも……」

「いいから! ほら、陽太くんも座って」

湊兄さんに促され、その夜は四人で食卓を囲んだ。

姉さんは言葉数こそ少なかったけれど、陽太くんの取り皿におかずをたっぷりよそってあげていた。湊兄さんは「これ、姉さんの得意料理なんだよ」と陽太くんに笑いかけ、私はそんな賑やかな光景を、痛む足をさすりながら見つめていた。


陽太くんは少し緊張しながらも、美味しそうに姉さんの料理を食べている。

「……美味しいです」

そう言ってはにかむ陽太の横顔を見て、私の胸はまた、お風呂上がりの火照りのように熱くなった。


姉さんの引いた境界線の内側に、陽太がいる。

それがとても不思議で、でも、どこか誇らしいような。

そんな温かな夜の空気に、私は自分の恋心の正体を見失いそうになっていた。

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