六花が舞う日の約束
卒業式当日は、雲ひとつない、抜けるような青空だった。
校門の前で、私は仕事着ではない柔らかなスーツに身を包んだお父さんとお母さんに挟まれて立っていた。普段は海外や遠方への出張で、家の中の空気さえどこか希薄に感じさせる二人が、今、私の隣で確かに体温を持って笑っている。それだけで、見慣れた校庭がまるで魔法にかかったかのように鮮やかに見えた。
「みゆ、卒業おめでとう。本当によく頑張ったな」
お父さんが大きな手で私の肩を叩いた。その手の重みが、私を「水瀬家の娘」として強く肯定してくれるようで誇らしかった。お母さんも、私の袴の裾を丁寧に整えながら、眩しそうに目を細めた。
「本当に、もう中学生なのね。湊と一緒の学校なら、お母さんたちも安心だわ。入学式まで私たちもずっと家にいられるから、新しい生活の準備、みんなで一緒にしましょうね。美味しいものもたくさん食べに行きましょう」
お母さんのその言葉は、何よりの贈り物だった。これからの春休み、いつもは静まり返っているあの広い家が、五人の笑い声で満たされる。それは私にとって、どんな高価な卒業祝いよりも価値のある約束だった。
校庭を横切って体育館へ向かう間、通り過ぎる保護者や同級生たちが一様にこちらを振り返り、息を呑むのがわかった。
凛とした気品を纏って歩くお姉ちゃん。春の光を一身に集めたかのように輝く湊兄さん。そして、その二人を慈しむように歩く両親。
「水瀬家」の肖像の真ん中に、自分がいること。
「……あの一家、まるで絵画みたいね」
どこからか聞こえてきた囁き声に私は浮かれていた。私は誇らしさで胸を膨らませ、背筋を伸ばして歩いた。
式の間、私は何度も後ろの保護者席を振り返った。お父さんとお母さんが、誇らしげな表情で私をまっすぐ見つめている。そのすぐ隣で、お姉ちゃんが湊兄さんの詰襟のわずかな乱れを、慣れた手つきでそっと整えていた。
その光景は、どこから見ても「正解」そのもので、私の心に潜んでいたあの夜の不気味な影を、一時的にどこか遠くへ追いやってくれた。
(この家族は、私が、私たちが守らなきゃいけないんだ)
パイプ椅子の冷たさも、体育館に流れる厳かな音楽も、すべてが私を祝福しているように感じられた。私は幸せの絶頂にいた。家族の愛に包まれているという確信に、酔いしれていた
式が終わり、体育館から外に出ると、春の柔らかい日差しが私たちを包んだ。
校舎裏の桜並木の下では、各クラスが名残惜しそうに記念写真を撮っている。
「みゆ!」
元気な声が響き、陽太が人混みをかき分けて駆け寄ってきた。彼は私を見つけると、少し照れたように頭を掻いた。
「卒業おめでとう! ……って、うわ、水瀬さんち、全員集合かよ。すげーな、圧倒されるわ」
陽太は私の家族が勢揃いしているのを見て、一瞬あぜんと立ち止まった。お父さん、お母さん、お姉ちゃん、そして湊兄さん。私たち家族が、陽太の目にどう映ったのだろう。
「陽太くんもおめでとう」
雫お姉ちゃんが柔らかな微笑みを浮かべ、一歩前に出た。その声は優しく、しかしどこか逃げ場のないほど真っ直ぐに陽太へと向けられた。
「四月から中学校でも、湊とみゆのことをよろしく頼むわね。二人とも、あなたのことを本当に頼りにしているから」
「はい! もちろんです! 任せてください!」
陽太は顔を赤くして、力強く返事をした。お姉ちゃんは、陽太という「部外者」さえも、家族を守るための協力者として、柔らかく、確実にその手中に収めていく。
その瞬間、お父さんがカメラを取り出した。
「せっかくだから、みんなで記念写真を撮ろう!」
まずは水瀬家五人での家族写真。誰もが笑顔でカメラに収まる。私が大好きな家族。
次に、陽太と私のツーショット。「なんか照れるな」と言いながらも、陽太は私の隣でピースサインを作った。
そして、湊兄さんと私のツーショット。湊兄さんは私の肩を抱き、いつも通りの優しい笑顔を見せてくれる。
「陽太くんも、湊とツーショットを撮らない?」
お姉ちゃんの提案に、陽太は目を輝かせた。
「いいんですか!? 湊さん!」
湊兄さんは快く応じ、陽太の肩に腕を回してカメラに笑顔を見せた。そこには、憧れの先輩と、彼を慕う後輩という、揺るぎない絆があった。
さらに、陽太のお父さんとお母さんも合流し、両家揃っての記念写真が撮られた。
「水瀬家と河村家は、ご近所付き合いが長いですからね。これからもよろしくおねがいしますします」
両家のお母さんたちが和やかに言葉を交わす。二つの家族が、春の光の中で溶け合うように並んでいた。
「じゃあな、みゆ。次は入学式でな!」
陽太は誇らしげに卒業証書を掲げ、元気よく手を振って去っていった。その背中は、まだ少し小さかったけれど、もうすぐ追いついてくるだろう。
帰宅路、私は湊兄さんの隣を歩きながら、お父さんとお母さんの楽しげな話し声を聞いていた。
お姉ちゃんから言われた「監視」の役割も、あの夜見た「不適格者リスト」のことも、この温かな光の中では、すべて家族の幸せを守るための尊い使命のように感じられた。
(大丈夫。兄さんを守ることは、この幸せを守ることなんだ)
私は、自分の手首に巻かれた目に見えない鎖を、「愛」という名前に書き換えて、心の奥深くにしまい込んだ。
家族全員が揃う、夢のような春休み。私は水瀬家という名の箱庭の住人として、誇り高く、次の一歩を踏み出した。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
お父さん、お母さんが登場して、ようやく水瀬家が揃いました。
本編では名前は出ていませんが、名前は確定しています。
父:水瀬 健一
母:水瀬 恵子
今後、回想や日記で名前が出てきます。
次から中学生編に入ります。
12節構成を想定しているので、長くなりますが、お付き合いくださいませ。
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