心の箱の鍵
翌朝、カーテンの隙間から差し込む眩しい朝日で目が覚めた。昨夜の重苦しい空気とは対照的な、抜けるような青空だった。
(……昨日のこと、夢だったのかな)
そう思いながら一階へ下りると、食卓にはいつも通り、完璧な朝食が並んでいた。
お姉ちゃんは昨夜の涙が嘘のように、明るい笑顔で「おはよう、みゆ」と声をかけてくれる。湊兄さんも、いつものように穏やかにパンを齧りながら、今日の部活動の予定を話していた。
いつもの水瀬家の朝。
そこには何の綻びもなく、昨日リビングで見たお姉ちゃんの絶望的な表情も、湊兄さんを責め立てる冷たい声も、すべては私の見間違いだったのではないかと思わせるほどの平穏が保たれていた。
お姉ちゃんは、湊兄さんのシャツの襟を優しく整え、私には「今日もお勉強、頑張ってね」と微笑みかける。その姿は、この家を、そして私たちを守る完璧な「番人」そのものだった。
(……気にしちゃダメだよね。お姉ちゃんが『大丈夫』って言ってるんだもん)
昨夜、リビングから聞こえてきたあの呪文のような独り言。
「何も知らないままでいて」という、あの悲痛な願い。
もし、私がこの違和感の正体を探ろうとしたら。
お姉ちゃんが必死に支えているこの「完璧な日常」は、一瞬で崩れてしまうのかもしれない。それは、十二歳の私にとって、世界が消えてなくなるのと同じくらい恐ろしいことだった。
(そうだ、全部おしまい。陽太の誕生日は楽しかった。それだけでいいんだ)
私は、胸の中にわだかまる言いようのない不安と、見てしまった影の記憶を、心の奥底にある小さな箱の中に押し込めた。そして、二度と開かないように、重い重い鍵をかけた。
そうすることで、私は再び、大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんがいる「幸福な水瀬家」の住人に戻ることができたのだ。
今日から始まる、新しい一日。
家を出れば、湊兄さんは中等部の校舎へと向かい、私は陽太と一緒に小学校へと歩き出す。物理的な距離は少しずつ離れていくけれど、だからこそ、夕方に帰宅して玄関を開ける瞬間の喜びは増していく。
学校で大勢の人に囲まれ、眩しい太陽のように誰からも慕われる湊兄さん。
そんな「みんなの湊先輩」が、家に帰れば私だけの特別なお兄ちゃんに戻ってくれる。
それだけでいい。それがいいのだと、私は自分に言い聞かせた。
窓の外を流れる雲を見つめながら、私は箱の中に隠した不安を忘れ、放課後にまた兄に会える時間のことを想い始めていた。
おはようございます。
作者のFERILUです。
『神様の身代わりー光の兄と罪の妹ー』
を読んでくださりありがとうございます。
本エピソードで第三章完結です。
一章あたりが短いなぁと思いつつ、伏線をいくつか作っています。
割り込み投稿という機能を知ったので第三章は明確な月日や季節感は記載せずにきました。
今後シナリオを作っていく上でこの設定があれば良かったとか出てくるのが見えているための対策と思っての未熟な作家の悪知恵でございます。
第四章以降は少しずつ季節や月日を明確にして描いていきます。
四章は小学生編の締めくくりになる予定です。
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