9 怒れる時もアウローラ・ロレーヌであれ
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「────結婚したら彼女を愛人とし、アクトン男爵家の女主人はアウローラではなくロアナにする」
婚姻の儀の前日、元々入れていた予定をキャンセルさせてアウローラを呼び出したフランツは、いつも通りに浮気相手であるロアナと戯れながらそんなことを口にした。今日は醜い行為には励んでいないようだが、アウローラが部屋の扉を閉めて彼らと向かい合った直後、入れたばかりの熱いお茶をカップごと顔に投げつけられた。
その熱さに思わず顔を覆って身を竦めれば、二人分の笑い声がアウローラに降り注ぐ。顔を火傷した。痕が残るかもしれない。カップが当たった場所も痛い。セットした髪が崩れ、垂れた雫がドレスを汚す。
いきなりの出来事とはいえ、アウローラなら避けることもできた。だがそんなことをしても面倒になるのは分かり切っているため甘んじて受け入れたのだが、これは失敗だったかもしれないな……と火傷で赤くなっているであろう頬を押さえながら俯く。
開口一番お茶のカップと共にぶつけられた言葉についてだが……やはり彼らはアウローラよりも身分が上だと勘違いしているのではないだろうか。今はまだ男爵令息と伯爵令嬢、間違いなくこちらの方が格上だというのに。
浮気相手であるロアナもそうだ。彼女は平民の生まれにも関わらず、アウローラより上に立った気でいるのが丸分かり。調べれば家族がいないそうだから、彼女も媚を売って生きるのに必死なのかもしれないが、そんなことはアウローラには関係ない。どうでもいい話だ。同情するどころか、さっさと死に腐れとまで思う。どうせ大した価値はない命なのだから。
アウローラとて、クズの血縁なだけあって他人のことは言えない性格なのだ。自分を苦しめる原因の一つを庇うはずがない。
「どういうことか、説明していただいても?」
表面上は何とか冷静さを保っているが、フランツの言葉を聞いた瞬間からアウローラの心の内は大荒れだ。彼との婚約は破棄する。それはもう、アウローラとフェリクスの中で確定事項だ。だが、それとこれとは違う。
彼は今、伯爵令嬢よりも平民を優先したのだ。浮気は一万歩譲って何とか許せるようになった。というよりも慣れてしまった。だが今の言葉は聞き捨てならない。はっきりと『ロアナが上、アウローラが下』と明言したも同然。アウローラにもプライドというものがある。これほどはっきり侮辱されてもなお、心穏やかに笑っていられるような性格では決してない。
「言葉通りだが……ああそうか、馬鹿だから僕の言葉を理解できないんだな! さすが、男に擦り寄ることしかできない貴族の女だ」
「フランツ様、そんなこと言ったらアウローラ様が可哀想ですよ? どうせ図星で返す言葉がないんですからね!」
今の二人の言葉はそっくりそのまま、『お貴族様より平民の私の方が上なのよ』と内心高笑いしているのが透けて見えるロアナに返せるだろう。貴族ではないが媚を売り、猫被ってフランツに取り入ったのは彼女の方なのだから。しかし、このような発言を聞いているとやはりフランツは身分の高い貴族を嫌っているのだなと思う。ロアナ以外の平民には偉そうな態度を取るくせに。
どうせなら断罪の場で同じ発言をするように仕向けてみようか。上手くいけば王族への侮辱罪になる。
「明日は私も同席するんですよ、アウローラ様。これから末永くよろしくお願いしますね!」
「……そうですか」
「用件はそれだけだ。分かったらさっさと消えろ」
憎しみの込められた表情で追い払う仕草をする彼に無表情で一礼したアウローラは、血が滲むほど手を握りしめ『もう少しの辛抱だ』と必死に唱えながら馬車に戻った。道中、鬱陶しそうな顔で嫌がらせをしてくる使用人や彼の両親の相手をして。
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