22 守りたかった人
「フェリクス────!」
フランツを拘束している最中だったフェリクスは、アウローラより一瞬反応が遅くなった。というより、目の前に迫った攻撃に反応できなかったのかもしれない。アウローラが床に押さえつけた時、父の利き手である右手首は骨を折っていたはずだ。ナイフも同じく。他に携帯している武器もないことを確認済み。なのになぜフェリクスに刃を向けられるのか……そう思ってロレーヌ伯爵の手元をよく見れば、彼は折れた刃を自分の手が血塗れになっているのにも構わず、そのまま思い切り掴んでいた。
父の腕を伝う血液を、さらに力が入った手の動きを、そしてその美しい青色の目を大きく見開いている未来の夫の姿を、スローモーションでこの目に焼き付ける。
もう二度と彼を命の危機にさらさない。そう誓いながら伸ばしたアウローラの右手のひらを、父からフェリクスへの殺気を感じて数秒も経たないうちにナイフが貫通した。そのまま驚くほどの力を込め、全力で抉られる。
「ッ、あああああ……!!」
「ローラ!!」
痛い……! 骨が、砕けた。あまりの痛みに手が震える。ここだけ燃え盛る炎に焼かれているようだ。苦悶に満ちた呻き声を上げるも、まだこの場は片付いていない。彼らはアウローラが傷付いたところで動じない。そのことを良く知っているからこそ、次の一手が来る前に父が床に着いて体を支えていた手をヒールで踏む。今日は婚姻の儀だったから普段よりも高いヒールを履いていたのだ、痛みは相当なものだろう。
今後、彼らと会うことはもう一生ないはずだ。最後に言いたいことがあったのを思い出した。
「お父様……っ、お母様。私はこのような殺意を向けられるほどのことを……しましたか? たしかに普通の貴族令嬢は私のように走り回ることも、戦うこともないでしょう…………それでも、それは実の娘に殺意を向けるほどのものだったのですか……?」
アウローラに踏まれて苦しみに藻掻いている隙を狙い、フェリクスはロレーヌ伯爵の両腕を折った。そして首元に手刀を入れて意識を飛ばす。
部屋の中が静まり返った直後、安心したアウローラはその場に崩れ落ちた。額には脂汗が浮かんでいるのに、その顔は血の気が引いて真っ青だ。フェリクスの行動が早かったおかげで刺さってから間もないというのに、どんどん右手の感覚がなくなっていくのが自分でも分かる。神経が切れたのだろう。手のひらに刺さった後、そのまま中指の方へ向けて父が力を込めた。そのせいで指も切れてしまっているから。
「父上、後は頼みます! 俺はローラと王立病院へ行く!」
「フェリクス、私の名前を使え。すぐに手術しろ!」
「感謝致します!」
血が流れすぎてしまっている。当然だ、折れて短くなっていたというのに、あのナイフはアウローラの右手のひらを貫通してそのまま指の方まで裂いてしまったのだから。おまけに骨も砕かれた。どこにそんな力が残っていたのだろう。最後の悪あがきにしては随分なことをしてくれた。手のひらが左右に分かれるというようなことにはなっていないが、大量出血で意識が遠のいている。今意識を飛ばしてしまったらもう二度と目覚められない気がした。それでも抗えない。せめてこれだけは言っておかなければ。フェリクスに抱えられ、馬車に乗ったアウローラは朦朧とした意識の中で彼に伝える。
「ごめっ、なさ……」
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