11 地獄が待っている
「────あら、皆様。許可なしに私の部屋に入らないでいただきたいのですが……まあいいでしょう。何用ですか?」
「何を、言っているんだ……! これは一体どういうことか、説明しろ!」
「見ての通りでは? どうせ明日にはこの屋敷を出て行くのですし、置き土産ですよ。鬱憤を晴らす相手がいなくなると困るかなと思ったので、その時はこうすればいいのだとお手本を見せて差し上げたのです」
とんでもないことを平然と言ってのけるアウローラに返す言葉が見つからず、わなわなと怒りで体を震わせる。置き土産? お手本? 誰がそんなことを頼んだ。勝手なことをするなと頬を打ちたいところだが、ここは二階だ。アウローラのようにバルコニーから飛び降りることなどできない。妻とマリーはショックを受けているのかその場で固まっている。どうすることもできずに睨んでいれば、何を思ったのかアウローラが二階まで戻ってきた。
信じられないジャンプ力で木に飛び乗り、そのままバルコニーの手すりへ降り立ったアウローラは、本当にアウローラ・ロレーヌなのかと疑いたくなるほど、普段の大人しく従順な振る舞いが消えている。冷え切った瞳でこちらを見下ろす姿には思わず身が竦んだ。
「今日は近い内に義母となる大切なお方との予定があって楽しみにしていたのですよ。でもお父様に報告した通り、婚約者から呼び出されてしまいまして。それだけでも許せないのに侮辱されたものですから、怒りが爆発してこのように」
我慢できなくて不甲斐ないわ、と眉を下げて呟くアウローラ。今、自分の前にいるのは一体誰だ。やはりアウローラには見えない。アウローラはこんなに饒舌な性格ではない。いつもなら、最低限の言葉しか口にせず俯くばかりだ。その姿を見て余計に苛立っていたというのに……!
「明日は早いですよ? さっさと食事を取って寝た方が良いのではありませんか?」
「誰のせいだと思っている!?」
「私の婚約者ですね。皆様もあのようになりたくなければ今すぐにこの部屋から出て行ってくださいまし。命が惜しいでしょう?」
荒らされた森を振り返った後、もう一度こちらを見たアウローラは恐ろしいほどに美しい笑みを浮かべていた。ただし、目は微塵も笑っていなかったが。
「…………行くぞ」
今のアウローラは危険だから近寄るな、と食ってかかろうとしたマリーを止める。アウローラは昔、とても活発な性格だった。毎日のようにこの深い森を走り回っていたから、ロレーヌ伯爵達なら迷ってしまうこの場所でもアウローラにとっては庭も同然。そうして危険な場所でも躊躇なく駆け回るうちに鍛えられたのか、並みの騎士では太刀打ちできないほどに戦闘能力が高くなった。そのことを今の今まで、すっかり忘れてしまっていた。家庭教師として雇った元騎士団長をアウローラがあっさり倒してしまったあの日から、これ以上力を付けて脅威とならないよう自分達から遠ざけて過ごさせていたから。
怒りと悔しさに歯を食いしばる。今だけは耐えろ。明日になれば、あの邪魔者は力のない男爵家へと嫁ぐのだから。あの女を待ち受けているのは地獄のみ。そうなる家を選んで婚約を結ばせたのだから、間違いない。
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