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フードコートでの食事を終えて、颯太と悠真も一緒に遊ぼうということになった。
四人は、颯太の提案でモール内のエンタメ施設「アクティブ・ステージ」へ向かった。
そこは、ボウリング、カラオケ、ゲームセンター、スポーツチャレンジ、VR体験などが一体となった巨大な遊戯空間だった。
……まるで、娯楽の城塞ですわね。
ビオラは、天井から吊るされたネオンと、壁に映るプロジェクションマッピングに目を奪われていた。
「まずはボウリング行こうぜ!」
颯太が元気よく言うと、みんが賛同した。ビオラも分からないまま、楽しそうと思う。
レーンに並んだボール。
ビオラは、初めて見るその“球体の武器”に、少しだけ警戒した。
「これを……投げるのですか?」
「そうそう。ピンを倒すんだよ」 沙織が笑いながら説明する。
ビオラは、慎重にボールを持ち上げる。 重さに驚きつつも、構えは妙に様になっていた。
……これは身体強化魔法が必要ね。
「いざ、参りますわ」
ビオラの投げたボールは、凄まじい速さでレーンを駆け抜けた。
風を切るような音が一瞬響き、ピンの端に当たって一本だけ倒れる。
「……速っ!」 颯太が思わず声を上げる。
「紫音、めっちゃパワーあるじゃん」
「いえ、まだまだですわ」 ビオラは涼しい顔で答える。
もう一投も同じくすごい速さ。だけどやっぱり曲がってしまい、倒れたのは端の2本
沙織はにやにやしながら、悠真の方をちらりと見る。
「ねえ悠真、紫音にコツ教えてあげたら? あの速さ、もったいないよ」
悠真は少しだけ考えてから、静かに立ち上がる。
「……じゃあ、次は僕が投げるね」
彼はボールを手に取り、無駄のない動きで構える。
重心を低く、腕の振りは滑らか。 そして、軽やかに投げた。
ボールは真っ直ぐに進み、ピンをきれいに倒す。
「ストライク!」
「うわ、さすが悠真!」 沙織が拍手する。
颯太が笑いながら言う。
「悠真、運動神経すごくいいんだよな。部活しないのもったいないって、いつも思う」
「……別に、やりたいことが他にあるだけだよ」 悠真は照れくさそうに言う。
ビオラは、彼のフォームをじっと見つめていた。
「……なるほど。力ではなく、流れと重心。 奥深いですわ」
悠真は、少しだけ笑った。
「参考になったかな。紫音も次はストライク狙えるかもね」
「ええ。挑戦してみますわ」
一巡して、再びビオラの番が回ってきた。
彼女は静かに立ち上がり、ボールを選ぶ。気合い十分だ。
そのとき、悠真がそっと声をかける。
「花城さん。……少しだけ、コツを言ってもいい?」
ビオラは振り返り、微笑んだ。
「ええ。ぜひ、お願いしますわ」
悠真は、ボールを持つ彼女の手元を見ながら、静かに言葉を紡ぐ。
「力を入れるより、流れを意識した方がいい。 腕の振りは、肩からじゃなくて、腰の回転に合わせて。
最後に、視線はピンの中心じゃなくて、奥の空間を見て」
「奥の空間……?」
「うん。そこに向かって“届ける”って思うと、自然と真っ直ぐになるから」
ビオラは、しばらく黙ってその言葉を噛みしめる。 そして、静かに頷いた。
「なるほど、 とても、参考になりますわ」
沙織と颯太はにやにやしながら、二人を見ている。
「二人いい雰囲気だな」
「そうね。てか悠真、教え方うまいよね」
ボウリングを二ゲーム終え、少し疲れが出てきた頃。
颯太の「次、カラオケ行こうぜ!」の一言で、四人はカラオケルームへと移動した。
部屋に入ると、悠真がリモコンを操作して曲を選び始める。
「誰からいく?」
「わたくし、よろしいかしら?」
沙織が、少し驚いたようにビオラを見る。
「えっ、紫音。あまりこういうの好きじゃないって言ってなかった?」
「挑戦します!」
その声は、確かな意志が込められていた。
颯太が笑う。
「いい心意気だね。じゃあ、トップバッターお願い!」
ビオラが選んだのは、紫音がよく口ずさんでいたバラード。
静かな旋律、切ない歌詞。 マイクを持つ手は、ほんの少し緊張していた。
しかし――
歌い始めると、その声は澄み渡り、空間を包み込んだ。
柔らかく、深く、そしてどこか懐かしい。 まるで、紫音の記憶がそのまま音になって流れているようだった。
悠真が、目を見開く。 沙織が、そっと息を呑む。
「……紫音、めっちゃ上手いじゃん」
「歌姫、ここに爆誕!」 颯太が冗談めかして言う。
「次は俺の番だな。盛り上がっていくぜ!」
颯太が慣れた手つきでリモコンを操作し、アップテンポなロックナンバーを選ぶ。
イントロが流れ始めると、彼は立ち上がり、マイクを握って叫んだ。
「いくぞーっ!」
沙織が笑いながらタンバリンを手に取り、リズムを刻み始める。
悠真は静かに手拍子を合わせる。
颯太の歌は、力強く、まっすぐだった。 音程は少し怪しいが、気持ちは全力。
ビオラは、感心したようにいう。
「とても、熱量のある歌でしたわね。心に強い思いが届きましたわ」
颯太は照れくさそうに頭をかく。
「なんか、真っ直ぐに褒められると、恥ずかしいな……」
颯太の頬がほんのり赤くなっているのを、沙織が見逃さない。
「ふふ、颯太ってば、照れてる〜」 タンバリンをぽん、と鳴らしてから、にやにやと笑う。
「うるせーな、沙織。お前だってノリノリだったじゃん!」
「だって楽しかったんだもん。 紫音のバラードでしっとりしてからの、颯太のロックで一気に温度上がったよ」
悠真も、静かに頷いた。
「うん。気持ち、ちゃんと伝わってきたよ」
「お、おう……ありがとな」 颯太はますます照れたように、マイクを置いた。
その様子を、ビオラは静かに見つめていた。 そして、心の中でそっと思う。
……人の心を動かすのは、技術だけではダメなようですわね。
思いを込めること――それが、表現の核。 颯太様のおかげで、重要なことを学びましたわ。
「次は私ー!」
沙織がリモコンを操作し、迷いなく曲を選ぶ。
画面に映し出されたのは、今話題のアーティスト――天音リアの新曲だった。
イントロが流れ始める。 透明感のある旋律に合わせて、沙織が歌い出す。
颯太が盛り上げる。
リアのPVが流れ、神秘的な映像が部屋を包む。
その瞬間―― リアのアップが映った画面を見て、ビオラの表情がふっと変わった。
瞳が、画面に釘付けになる。
横に座っていた悠真が気づいて、そっと声をかける。
「……花城さん?」
「……いえ、少し……知り合いに似ている気がして」
「リアが?」
沙織の歌声が響く中、ビオラの記憶が静かに揺れる。
裁判の間。 王妃に抱かれ、うつむいていた聖女リアナ。
その口元に、確かに――わずかな笑みがあった。
画面の中のリアが、同じような微笑みを浮かべる。
それは、ビオラにとって忘れがたい“断罪の瞬間”を思い出させるものだった。
顔が青くなったビオラに、悠真がそっと気遣いながら聞く。
「……大丈夫?」
「大丈夫ですわ。ちょっと嫌なことを思い出しただけですわ」
その声は静かで、どこか遠い。
沙織の歌は明るく、楽しげに続いていた。
だが、ビオラの胸の奥には、冷たい波が静かに広がっていた。
沙織の歌が終わり、部屋に拍手が響く。 颯太がタンバリンを鳴らしながら笑う。
「よっ、沙織! 最高!」
「ふふ、ありがとー。さて、次は……悠真、いってみる?」
悠真は、少しだけ考えるようにリモコンを操作し、静かなバラードを選んだ。
画面に曲名が映ると、部屋の空気がふっと落ち着く。
イントロが流れ始める。 悠真は立ち上がらず、マイクを軽く持ち、静かに歌い出した。
その声は、落ち着いた低音で、深く、柔らかく響いた。
派手さはない。けれど、言葉の一つひとつが、丁寧に心に届いてくる。
沙織が、ふと息を呑む。 目を見開いたまま、じっと悠真を見つめていた。
颯太が、ぽつりと呟く。
「……歌も上手いとか、ずるいよな。 顔も声も性格も、全部そろってるって、反則だろ」
沙織が、ぼんやりとした声で言う。
「……なんか、聞き惚れちゃった。 悠真って、こんな声だったんだ……」
ビオラは、静かに頷いた。
「……とても、誠実な歌い方ですわね。 飾らず、まっすぐ。 それが、心に響くのです」
悠真は、歌い終えると、少し照れたようにマイクを置いた。
「……ありがとう。なんか、緊張した」
沙織が、ぽんと手を叩く。
「いやもう、最高だった! ずるい! 惚れる!」
颯太が笑いながら言う。
「おいおい、沙織、惚れるの早すぎだろ」
「だって、あの声だよ? あれは反則!」
悠真は、少しだけ目を伏せて笑った。
「……ありがとう。 でも、みんなの歌も、すごく良かったよ」
部屋の空気は、静かに温かくなっていた。 それぞれの声が、確かに届いていた。
歌い終えたあと、部屋の空気が少し落ち着いた。 颯太が立ち上がって言う。
「よし、ちょっと休憩! ドリンク補給タイムだな!」
ドリンクバーへ向かうと、颯太は迷いなく複数のレバーを操作し始める。
「コーラとメロンソーダとカルピスと……ちょっとだけコーヒーも入れてみるか」
「え、それ絶対まずいでしょ!」 沙織が笑いながらツッコむ。
「いやいや、未知との遭遇ってやつだよ。ほら、見た目は……うん、泥水」
「飲み物っていうか、実験だねそれ」
沙織はオレンジジュース、悠真はアイスティーを選び、部屋に戻っていく。
そして―― ビオラは、ドリンクバーの前でしばらく立ち尽くしていた。
目の前に並ぶ色とりどりのレバー。
その中でも、ひときわ鮮やかな緑が目を引いた。
「……この“メロンソーダ”というのは、何かしら?」
小さく呟きながら、表示を見つめる。 “メロン”と“ソーダ”――その組み合わせが、どうにも理解しがたい。
「メロンが入っているの? それとも、香りだけ? ソーダとは……泡のこと?」
しばし悩んだ末、ふっと息を吐く。
「……ええい、ままよ」
レバーを押すと、緑の液体がカップに注がれる。
炭酸の泡がぱちぱちと弾ける音が、どこか楽しげだった。
部屋に戻り、そっと一口。
「色が……とてもメロンとは思えないのだけど。 これは、魔法の飲み物なのかしら……」
一瞬、眉が寄る。 だが、次の瞬間――
「……あれ。案外、おいしいですわ」
瞳が、ほんの少しだけ丸くなる。 甘さと爽やかさが混ざり合い、舌の上で弾ける。
沙織が笑いながら言う。
「紫音、メロンソーダ、初めて?」
「ええ。少し、未知との遭遇でしたけれど…… これは、悪くありませんわね」
悠真が、ふっと微笑む。
「メロンソーダ、気に入った?」
「ええ、とっても」
とびきりの笑顔を向けられて、悠真は一瞬、目をそらす。
その耳が、ほんの少しだけ赤く染まっていた。
沙織が、ふと思い出したように声を上げた。
「そういや、紫音――オーディション、もうすぐじゃない?」
ビオラは、メロンソーダのカップを静かに置いて答える。
「ええ。明日ですわ」
「えっ、明日なの?」
沙織の声が少しだけ高くなる。 颯太が驚いたように身を乗り出した。
「マジか。そんな直前だったのかよ」
悠真が、アイスティーを口にしながら静かに言う。
「……緊張してる?」
ビオラは、少しだけ目を伏せてから、ゆっくりと微笑んだ。
「緊張……そうですわね。 でも、それ以上に――楽しみですの」
颯太が、にっと笑う。
「紫音なら絶対いけるって。 あのバラード聴いたら、誰だって惚れるよ」
悠真が、そっと目を合わせる。
「……応援してるよ。 明日、君が君らしく輝けるように」
その言葉に、ビオラはふと息を呑んだ。
胸の奥に、静かに、けれど確かに温かいものが広がっていく。
「……ありがとうございます。 応援してくださる方がいるというのは、なんて心強いことでしょう」
沙織が、にっこりと笑って、コップを持ち上げる。
「じゃあ、明日は“アイドル紫音の爆誕”だね!」
颯太がすかさず続ける。
「明日、伝説が始まる!」
悠真も、静かに微笑んだまま、そっとコップを上げる。
ビオラは、皆の顔を見渡しながら、そっと自分のカップを差し出した。
「……では、未来のアイドル様に」
「かんぱーい!」
カチン、とグラスが触れ合う。 小さく澄んだ音が、未来の扉を叩いた。
……わたくしは、一人ではない。 この声は、誰かに届く。
だから、明日を恐れずに進める。
この一歩が、紫音とわたくしの物語の始まりになるのだから。




