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会場を下がらぬ熱気が包んでいる。


心地よい余韻が少しずつ静まってきたところで、アイビスが弾むような声で口を開いた。

「やっぱ、ネージュは聴かせるねえ! 私、踊りながら聴き入っちゃったよ」


それに、アウラが力強く同意する。

「うん。ビオラも、最高に素敵だった。……正直、鳥肌が立ったよ」

二人の称賛を受け、ネージュとビオラがはにかむように微笑む。


しかし、アイビスはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、客席を指差した。

「でもさ、うちらも負けてられないよね! このまましっとり終わるわけないじゃん!」

「……そうだね! まだまだ足りないね!」


アウラの言葉を合図に、軽快なドラムが心臓を叩くようなビートを刻み始める。

一瞬にして会場の空気が「青」から「赤」へと塗り替えられていく。


「あっという間の時間だったけど、次が最後の曲です。

……みんな、最後は一緒に踊ってくれるよね!」

ルナの叫びに、地鳴りのような歓声が応えた。


アイビスがステージ中央で大きく息を吸い込み、弾けるような笑顔で曲名をコールする。

「『Volare Ibis』!」


ドラムのビートが加速し、一際大きな打音が会場を震わせた。


その瞬間、メンバーは一斉に真っ白なシャツを脱ぎ去った。


「うおおおおおっ!!」

客席から地鳴りのような歓声が上がる。

そこには、デザイナー・セツナが「六人六様の個性」を極限まで引き出した、青く煌めく最終形態が姿を現していた。


センターで躍動するのは、普段の大人しさが嘘のように「化けた」アウラだ。

そのノースリーブからは、ミーナの猛特訓で鍛え上げられたしなやかな腕が伸び、野生的なエネルギーを爆発させている。

対照的に、ネージュはチューブトップで繊細な肩のラインを露わにし、儚くも強い存在感を放つ。

横一列に並んだ六人のシルエットは、あまりにも鮮烈だった。

ハードなチェーンスタッズを光らせるルナ、洗練されたワンショルダーで舞うアクア。

そして、幾重にも重なるチュールを翻し、激しいダンスの中でも高貴さを失わないビオラと、パフスリーブを揺らして愛らしく、しかし力強く翼を広げるアイビス。


「Volare(飛べ)!」


アウラの突き抜けるような咆哮が、重低音を切り裂いていく。

その合図に合わせ、メンバー全員が一度大きくジャンプ。


着地した瞬間、弾けるような笑顔で楽しげに踊り出した。

カラーは「青」で統一されていながらも、その造形は六人六様。

結晶としての圧倒的な迫力と、個々の剥き出しの魅力。

その両立こそが、新生Ice Dollの真骨頂だった。


「ねえ 今君は何してる? ルールがらめで 疲れない?」

アップテンポなビートに、アイビスの明るく突き抜けるような歌声が乗る。

不自由な日常を突き破るようなその響きに、観客の心も軽やかに跳ねた。


「ためらいなんて 捨てちゃえ ロマンスの行方知ってる滑走路」

アイビスの澄んだソプラノに、アウラの野生味を帯びたアルトが重なり、厚みを増していく。

その歌声は一気に会場全体を飲み込むような奔流となって駆け抜けた。


観客は視界を埋め尽くす情報の多幸感に、ただただ拳を突き上げ、喉が枯れるほどの歓喜の声を上げ続けた。

その熱狂の渦中、アイビスが弾けるような躍動感と共にセンターへ躍り出る。


「Volare Amore!」

アイビスの澄んだ歌声が響き渡り、一瞬のタメを置いて高く跳躍した。

その姿は、夜明けの空へ力強く羽ばたく一羽のトキそのものだ。


彼女が着地した瞬間、メンバーが流れるようにその後ろへと滑り込み、鮮やかな縦一列の陣形を組む。


「pinpin pinpin pin pipipin……」

「わたしはそう この空を どこまでも羽ばたくのよ」

コミカルで中毒性のあるリズムが爆音で鳴り響くと、会場のボルテージは一段と跳ね上がった。


六人が波のように連動し、順々に腕を羽ばたかせる独特の振り付け。

動画サイトで爆発的な人気を誇るこのダンスが、今、1000人の観客の前で完璧にシンクロする。


先頭のアイビスが満面の笑顔で羽ばたき、リズムに乗って最後尾のビオラの元へと駆け抜けていく。

メンバーが次々とすれ違いざまに方向を変え、万華鏡のように目まぐるしくフォーメーションが入れ替わる。


「pinpin pinpin pin pipipin……」

「君とともに 風に乗り どこまでも軽やかにね」


六人の動きが完全に一つになり、楽しげなトキの群れとなってステージを支配した。


「君となら一緒に探し続けられるよ」

アウラが普段の大人しさからは想像もつかない、力強くも純粋な声で未来を歌い上げる。


「君の笑顔がわたしの力になるから」

アイビスがそれに応え、最高の笑顔で全員に合図を送った。


「「「「「「Volare Ibis!!」」」」」」

最高潮のボルテージの中、最後の打音が空気を震わせて鳴り響く。


六人が思い思いのポーズで完璧なフィニッシュを決めた瞬間、天井から放たれた銀テープが照明を反射し、彼女たちの汗をダイヤモンドのように輝かせながら舞い落ちた。


拍手が鳴り止まない。

地鳴りのような歓声と、1000人の観客が打ち鳴らす手のひらの音が混ざり合い、会場全体が物理的に震えている。


「ありがとう……! ありがとうっ!」

アイビスが涙を浮かべながら、ちぎれるほどに手を振る。


観客はみんな必死だった。

ある者は名前を叫び、ある者はタオルで涙を拭い、ある者はただ無心に、ステージ上の六人へ向かって手を振り続ける。


この夢のような時間が終わってしまうのを拒むかのように、会場中の想いがステージへと集中していた。


「……みんな、大好きだよ!!」

ルナの声が会場に響く。

六人は自然に手を繋ぎ、横一列に並んだ。


深く、長く頭を下げる。


その背中に、銀テープの破片がキラキラと降り積もる。

顔を上げた時、彼女たちの瞳には、これから始まる新しい物語への光が宿っていた。



ステージの喧騒が遠ざかり、楽屋の重厚な扉が閉まった瞬間、そこにはもう一つの「熱狂」が待っていた。

「最高……! 最高だったわよ、みんな!!」

ダンス講師のミーナが弾けるような笑顔で駆け寄り、メンバー一人ひとりを抱きしめんばかりの勢いで手を叩いた。厳しい特訓を課してきた彼女の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。


その隣では、音楽講師のコウが腕を組み、いつも通りの不敵な笑みを浮かべていた。

しかし、その耳はまだ興奮で赤らんでいる。

「……みんな、出し切ったわね。お疲れ様。……私の厳しい注文に応えただけのことはあったわ」


そんな感動の渦中、衣装のメンテナンス道具を抱えたセツナが、無言でメンバーに近づく。いつも通り冷徹な手つきで、衣装の状態をチェックし始めた。


「……セツナさん、衣装、本当に素敵でした。ありがとうございます」

ネージュがそう声をかけると、セツナの手が一瞬止まった。

ふいっと顔を背け、ピンを片付けるふりをしながら、消え入りそうな声で呟いた。


「……当たり前よ。私の衣装だもの。……あんたたちが、あんなに綺麗に、……激しく、動くから……」

その横顔が、舞台照明のせいではなく、はっきりと赤く染まっているのをメンバーは見逃さなかった。


「セツナさん、もしかして泣いてる?」

アイビスがいたずらっぽく顔を覗き込もうとする。

「……うるさいわね! そうね、悪くないパフォーマンスだったわ。それだけよ!」

セツナは、いつにない早口で怒鳴るように言い返した。クールで完璧主義なデザイナーが見せた、子供のような「照れ」。

その意外な一面に、楽屋はどっと温かな笑い声に包まれた。


「……みんな。よくやった」

プロデューサーの光一とマネージャーの圭一が、楽屋に入ってきた。

圭一の手には、既に次のスケジュールが記されたタブレットが握られていたが、その表情はかつてないほど穏やかだ。


「みなさん、とても良かったです。お疲れ様でした」

圭一の労いに、うなずきながら光一が口を開く。

「まだまだ色々とやることはあるけど、ひとまずライブを無事に終わることができた。ありがとう」

光一の言葉に、六人は晴れやかな表情で声を揃えた。


「「「「「「ありがとうございました!」」」」」」

「うん。このあとは見送りだね。皆疲れているだろうけど、よろしくね」

光一がそう締めくくると、メンバーは再び気を引き締め、しかしどこか誇らしげにファンが待つ場所へと向かう準備を始めた。


鏡に映る自分たちの顔は、ステージに上がる前よりもずっと、自信に満ちた「Ice Doll」の顔になっていた。

ライブ会場のロビーは、先ほどまでの熱狂をそのまま持ち込んだような、凄まじい熱気に包まれていた。


「最後尾はこちらです!」 「押し合わないでください、順番にご案内します!」

圭一と会場スタッフが声を張り上げる中、物販コーナーには会場を何周もするほどの長蛇の列ができていた。

皆、手に持ったタオルやパンフレットを宝物のように抱え、今か今かとメンバーの登場を待っている。


やがて、ライブTシャツに着替えた六人がロビーの特設スペースに姿を現すと、割れんばかりの拍手が再び沸き起こった。

今回は、物販を購入したファンを、メンバー全員が横一列に並んで見送るスタイルだ。


一人ひとりと長くは話せない流れ作業ではあるが、初めて直接ファンと至近距離で対峙するアウラとビオラにとって、それは未知の体験だった。


「アウラちゃん! 最後の曲、すごくかっこよかったよ!」

目の前を通り過ぎるファンから投げかけられた真っ直ぐな言葉に、アウラは一瞬、驚いたように目を丸くした。

普段は大人しく控えめな彼女だが、自分を見つめるファンの熱い瞳に触れ、胸の奥がじんわりと温かくなる。

「あ……ありがとうございます……っ。私も、すごく楽しかったです!」

いつもの「素直な良い子」らしい、はにかんだ笑顔。

その懸命な姿に、ファンの顔も自然とほころんでいく。


一方、ビオラは背筋を真っ直ぐに伸ばし、気品を保ちながらも、目の前の光景に圧倒されていた。

かつて公爵令嬢として高い壁の向こうにいた彼女にとって、見知らぬ民衆とこれほど近くで接し、直接「感謝」を伝えられるなど、想像もつかないことだった。


「ネージュ様、ビオラ様! あのバラード、本当に救われました!」

声を震わせるファンの言葉に、ビオラは静かに微笑んだ。

隣に立つネージュも、嬉しそうな表情を浮かべている。

「わたくしたちの歌が……あなたの心に届きましたのね。嬉しいですわ」

かつての厳格な令嬢としての立ち振る舞いは、今や「ファンを慈しむ気高いアイドル」としての優雅さに昇華されていた。

隣でネージュが「ビオラ、すごく良い顔してるよ」と耳打ちすると、彼女は誇らしげに頷き、次々と流れていくファン一人ひとりへ、丁寧に慈愛の眼差しを向け続けた。


最後のファンが名残惜しそうにロビーの扉を出ていき、会場の重厚な扉がゆっくりと閉まった。


「……お疲れ様でしたー!!」

スタッフの声が静まり返ったロビーに響き渡り、それを合図に、六人は一斉にその場に崩れ落ちた。


「ひゃあぁ……足が、足が棒だよ……」

アイビスが床にペタンと座り込み、靴を脱ぎ捨てんばかりの勢いで足をさする。


その隣では、アウラが壁に背中を預け、魂が抜けたような顔で天井を仰いでいた。

ルナが心配して、アウラに声をかける。

「アウラ、大丈夫?」

「……はい。でも、あんなにたくさんの人と目を合わせたの、生まれて初めてで……。頭がふわふわします」


「ふふ、よく頑張ったね。アウラ、すごく良い笑顔だったよ」

アクアが優しくアウラの頭を撫でると、アウラは力なく、でも満足そうに微笑んだ。


ビオラもまた、壁際に置かれた椅子に深く腰を下ろした。

普段の彼女なら、公衆の面前でこのような姿勢をとることは決してないだろう。

しかし、今は心地よい疲労感が、気位よりも勝っていた。


「……1000人。あの方たち一人ひとりに、物語があるのですわね」

「そうだね。みんな、私たちの歌と踊りで、あんなに熱くなってくれたんだ」

ネージュがペットボトルをビオラに手渡しながら答える。

ビオラはそれを受け取り、一口喉を潤した。今まで感じたことのない美味しさだった。


ロビーでは、圭一がテキパキと機材の搬出を指示し、光一は少し離れた場所で電話を終えたところだった。二人がこちらへ歩いてくる。

「みんな、お疲れ様。初ライブ、最高の結果に終わったよ」

光一がメンバーを労い、隣の圭一に目を向ける。


圭一は、いつもの冷静なマネージャーの顔を保とうとしていたが、タブレットを操作する指先が微かに震えていた。

「これを見てください」

圭一が提示した画面には、SNSのトレンド欄に『#IceDoll』『#AlbaNeige』そして『#トキダンス』の文字が上位に並んでいた。

「うわっ、凄い……! 帰り道のファンの投稿が止まらないよ!」

アイビスが画面を覗き込んで歓喜の声を上げる。


メンバー全員が画面に釘付けになる中、圭一の視線は無意識にネージュを追っていた。

ステージ上で誰よりも輝き、今、安堵の表情で仲間と笑い合っている彼女。

その眩しさに、彼は胸の奥が締め付けられるような感覚を覚え、慌てて眼鏡のブリッジを押し上げた。


「さあ、世界が動き始めた。……これから忙しくなるね。けどまずは、今日の労いだね」

光一が皆の喜ぶ様子を眩しそうに見つめる。


圭一が口を開く。

「みなさん、本当にお疲れ様でした。……まずはホテルへ戻って一休みしましょう。

そのあと、打ち上げです」


「今日は何食べれるの?」

ネージュが小首を傾げ、期待に満ちた瞳で圭一を見上げた。

不意に視線が合い、圭一は一瞬だけ言葉に詰まる。

「……や、焼肉です。光一さんの奢りですから、遠慮はいりません」


「やったーーー!!」

アウラがこの日一番の、野生味溢れる咆哮を上げた。


「ライブ終わったのに、まだまだめっちゃいい声だすね、アウラ」

アクアが苦笑しながらアウラの背中を叩く。

興奮冷めやらぬまま、六人は自分たちが変えてしまった世界の胎動を感じながら、会場の外へと踏み出していった。

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