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あまりに規格外な「ライブ」を叩きつけられ、会場は悲鳴にも似た驚愕と称賛の嵐に埋め尽くされた。
観客の脳裏には、先ほどまでの圧倒的な光景が焼き付いて離れない。
ステージが暗転し、メンバーたちが一度影へと捌けていく。
しかし、主役のいない暗闇の中でも、観客の興奮は冷めるどころか、熱を帯びて膨らみ続けていた。
「新メンバー、二人ともすごすぎないか?」「あの歌唱力……あの気品……絶対この後、紹介あるよね」
期待が最高潮に達したその時、再びステージに光が戻った。
「えっ、衣装が変わってる!?」「かわいい」「カッコいい」「速すぎないか? 数十秒しか経ってないぞ!」
驚きの声が上がる中、拍手で迎えられたメンバーたちが、眩いばかりの新たな装いで横一列に並ぶ。
その中央には、凛とした立ち姿のビオラと、目一杯の笑みを浮かべるアウラ。
「みんな、こんにちわー!」
リーダーのルナが、弾けるような笑顔で声を張り上げる。
それに呼応して、会場全体が割れんばかりの声で応えた。
「ありがとう! 改めて、今日から新生Ice Dollの幕開けです。
……それじゃあ、みんなが一番気になっている新たな仲間を紹介するね」
ルナの言葉に、会場の空気がピリリと引き締まる。
1000人の視線が、新メンバーの二人に集中した。
「まずは、アウラ!」
ルナに促され、アウラがたどたどしい足取りで一歩前に出た。
先ほどまでステージを野生の力で支配していたあのパワフルな姿はどこへやら、今の彼女は借りてきた猫のように肩をすくめ、視線を泳がせながらオドオドとお辞儀をしている。
そのあまりのギャップ、守ってあげたくなるような初々しさに、ファンたちの心は一瞬でとろけた。
「……かわいい……っ!」 「アウラちゃーん! こっち向いてー!」
会場から飛ぶ温かい声援に、アウラは顔を真っ赤にしながら、ちぎれんばかりに必死で手を振り返す。
「アウラは、本当に底知れない声の持ち主だよね」
アクアが感心したように、しかしどこか誇らしげに付け加えると、
観客からは「間違いない!」「最高のシャウトだった!」と同意の嵐が巻き起こる。
「でもねえ、実は……すっごく食いしん坊なんだよ、アウラ」
隣にいたネージュが、いたずらっぽく内緒話を打ち明けるように言った。
「えっ!?」と会場がドッと沸き、温かな笑いに包まれる。
「ちょ、ネージュ! 今それは言わないでよ……っ!」
慌ててネージュの口を塞ごうとするアウラのコミカルな動きに、会場のボルテージは「畏怖」から「親愛」へと変わっていく。
「ふふ、アウラはもうすっかり皆の妹分ね。……さて、そしてもう一人」
ルナが静かに、しかし一際重みのあるトーンで、隣に佇む「彼女」へと視線を送った。
会場の空気が、瞬時に氷の刃で撫でられたかのようにピンと張り詰める。
「新生Ice Dollの象徴。……ビオラ」
紹介されたビオラは、音もなく一歩前へと踏み出した。
そして、ゆっくりと腰を落とし、そこに存在しないはずの豪華なドレスの裾を摘み上げるような仕草を見せる。
指先一本に至るまで計算し尽くされた、至高のカーテシー。
「皆様、ごきげんよう。……ビオラと申しますわ」
涼やかな美しい音色の響きを持つその声。
あまりに優雅すぎる言葉遣いと、圧倒的な気品。ファンは言葉を失う。
「マジでお姫様……?」「演出じゃなくて本物か?」
これまでにない種類の動揺に包まれた。
そこに、アイビスが弾むような声で、とんでもない情報を投下する。
「驚いた? ビオラはね、アールバイト王国、王都シュターゲン生まれ。
……生粋の中央貴族なんだよ!」
会場に、今日一番の衝撃が走る。
「えっ、アールバイト王国ってどこ?」「えっもしかして、『きらめきキングダム』?」「ファンタジー設定……?」「マジの貴族令嬢ってことかよ!」
「もう、アイビス、ふざけないの。設定が凝りすぎてるって思われるでしょ」
アクアが呆れたようにたしなめる。
ビオラは観客がつぶやいた「きらめきキングダム」に一瞬動揺するが、淑女スキルを発動し、表情には出さず、完璧な微笑みを崩さない。
「よろしくお願いいたしますわ」
ただ一言、鈴を転がすような声で挨拶を交わす。
迎合も媚びもない、それでいて慈愛に満ちたその佇まい。
Tokyo Musicaの薄暗いライブハウスは、彼女が口を開いた瞬間に、一瞬にして帝国最高峰の「夜会」へと変貌を遂げた。
「ビオラ様、って呼びたくなる……」 「アイドルを見に来たのに、なぜか忠誠を誓いたくなってきたぞ……」
ファンの間に困惑と心酔が混ざり合う不思議な熱波が広がる中、ビオラはにこやかに会場を見渡した。
その瞳は、ファンを等しく自らの「民」として慈しむような光を宿している。
「皆様のその熱量……わたくし、嫌いではありませんわ。もっと、お見せになって?」
存在しない扇を優雅に広げるような仕草で、ビオラが手招きをする。
ルナがわざとらしく溜息をつき、肩をすくめて見せる。
しかし、その瞳には新しい相棒への最大級の賛辞と、頼もしさが宿っていた。
「『ビオラ様』が定着してる……。わたしはいつまで経っても『アイビス』止まりなのに」
アイビスが唇を尖らせて不満げに言うと、客席からは容赦ない、しかし愛に溢れたツッコミが飛ぶ。
「アイビスー!」「アイビスには『様』は似合わないよ!」
「ちょっと、なんでよ!」
アイビスが地団駄を踏むと、会場はドッと大きな笑いに包まれた。
そんなやり取りを横目に、ネージュが優雅に髪をかき上げ、アイビスをニヤリと見下ろす。
「ネージュ様ー!」 「相変わらずキレイー!」
ファンからの黄色い歓声を受け、ネージュは「当然でしょ?」と言わんばかりの余裕の笑みを浮かべる。
「はいはい、もっと頑張ろうね」
アクアが、泣きつくアイビスをなだめるようにポンポンと頭を叩いてあやす。
その手慣れた様子に、客席から「母性だ……」「アクアお母様……」と溜息混じりの声が漏れた。
すると、ルナがいたずらっぽく目を輝かせて、とっておきの爆弾を投下した。
「そうそう! 実はこの前、ビオラがアクアのことを『お母様』って言い間違えたんだよ」
一瞬の静寂の後、会場は今日一番の爆笑に包まれた。
「ええっ!?」「ガチのお母様呼び!?」「それはヤバい!」
ビオラは頬を林檎のように赤く染め、しかし逃げることなく、隣のアクアに向かって深々と頭を下げた。
「……その節は、大変失礼いたしましたわ。アクアの包容力があまりに温かかったものですから……」
その気高くも愛らしい謝罪に、ファンたちはもうメロメロだ。
「わかるわ……」「俺もアクアをお母様って呼びたい!」「お母さーーーん!」
客席のあちこちから、野太い声や黄色い声で「お母様コール」が湧き上がる。
「ちょっと! やめてよ! 私はお母様キャラじゃないから!」
いつも冷静沈着なアクアが、耳まで真っ赤にして慌てふためく。
そんな彼女を面白がって、さらにニヤニヤしながら見つめるルナ。
アクアはついに我慢の限界といった様子で、リーダーをキッと睨みつけた。
「ルナ……あとで裏に来なさい」
「ひっ、ごめん、ごめんって! 今日のアクアも最高にカッコいいよ! 本当だってば!」
ルナが慌てて両手を振って謝ると、ファンも負けじと声を張り上げる。
「素敵です!」「アクア様!」「やっぱりアクア様が一番クールだよ!」
「……もう。調子がいいんだから」
ようやくアクアの表情が少し緩み、いつもの不敵な笑みが戻った。
女王、野獣、お母様、そして騒がしい妹たち。
そんな個性の渋滞を楽しみ切った観客たちの心は、今や完全にIce Dollと一つになっていた。
「食いしん坊な野獣も気高い女王も、全部ひっくるめてIce Doll。
……ねえ、みんな。この最高の六人で、もっと遠くまで行けると思わない?」
ルナの問いかけに、客席からは割れんばかりの同意の叫びが上がる。
それは単なる新メンバーの顔見せではない。
6人の個性が一つの「氷の結晶」として固まり、伝説が動き出した瞬間だった。
「……ふふ。それでは皆様、素敵な時間を楽しみましょう」
ビオラがお辞儀をする。メンバーがそれに合わせる。
ディスプレイには、静かに浮かび上がる曲名――『Alba Neige』。
照明がゆっくりとブルーに落ち、――ピアノの静かな旋律が、幻想的な世界を創り出すように響き始めた。
天井から音もなく白い雪が舞い降り始め、ルナ、アクア、アイビス、アウラの四人が、物語の幕を開けるように鮮やかに四方へと散った。
ステージ中央に残されたのは、ネージュとビオラの二人だけ。
鋭いスポットライトが、二人の透き通るような肌と、衣装の銀糸を冷たく、しかし神々しく浮かび上がらせる。
「……あ」
客席の誰かが小さく声を漏らした。
二人が並び立ったその姿は、まるでおとぎ話から抜け出した「亡国の姫君」と「冬の女王」。
あまりにも完成されたその絵画的な美しさに、先ほどまで叫んでいた観客たちは、再び呼吸を忘れて見入った。
イントロのピアノが孤独に響く中、ネージュとビオラがゆっくりと背中合わせになる。
ネージュが伏せていた睫毛を震わせながら持ち上げ、どこか遠くを見つめる瞳で歌い出した。
儚げでいて、どこか触れてはいけないような色気を持つ、独特な彼女の声が会場に染み渡る。
「窓の外はモノクロームの広がる夜明け前」
その声は、冷たく澄み渡った冬の夜気そのもの。
触れれば壊れてしまいそうなほど繊細でありながら、聴く者の心の奥底まで深く浸透していく。
独り、高い塔の上で月を見上げる姫君のような孤独が、一小節ごとに空間を支配していった。
四人のダンスは、その「迷い」を表現するように、低く、這うような滑らかなフロアワークを見せる。
アウラは激しくも哀しげなジャンプで「嵐の雪」を、ルナとアクアは対の動きで「理想と現実の葛藤」を、そしてアイビスは指先まで使った繊細なリリカルダンスで「溶けては消える儚い想い」を描き出す。
そこに、ビオラがそっと寄り添うように声を重ねた。
「瞳を閉じていつか見たあの笑顔が浮かんでる」
ネージュとビオラは四人と代わる代わるダンスで混じり合い、視線を交わしながら曲を進めていく。
「Uh- この感情はいつも溶かして消えるのに」
「Ah- なのにどうして 切なさの 雪が降り積もる」
切なさが絶頂に達したその時、ネージュが祈るように呟いた。
「Alba Amor」
一瞬、すべての音が消え、真空のような静寂が会場を支配する。
直後。
「「この心を凍らせてよ そして雪の華を咲かせよう」」
「「この孤独は美しい 白く、純粋な愛よ」」
コウとの特訓で磨き上げた、完璧なユニゾン。
ビオラの気高い響きが、ネージュの震える情緒を「外套」のように包み込んだ瞬間、会場に魔法がかかった。
それは単なる歌ではない。
絶望の淵にいた一人の少女が、初めて自分を理解し、全肯定してくれる存在に出会った物語の追体験だった。
二人は背中合わせの状態から解き放たれ、互いに手を伸ばし、円を描くように舞い踊る。
「「私のすべてを今ここに 捧げるわ エンドロールは白雪で終わらせてちょうだい」」
「「そうすればきっと だれにも知られずに この心と別れられるから」」
二人の声が完璧な和音を奏で、天井を突き抜けていく。
ネージュの高音がクリスタルのように鋭く煌めき、それを支えるビオラの歌声の透明感が、逃げ場のない切なさとなってさらなる深みを増していく。
二人の魂の共鳴は、1000人の観客から拭うことさえ忘れた涙を溢れさせ、その光景に釘付けにさせた。
「窓の外はモノクローム もうすぐ夜が明ける」
ネージュが、祈りを終えた後のような静けさで、呟くように歌い終える。
音も、光も、感情さえも吸い込まれたかのような静寂が会場を包み込んだ。
……一拍。
あまりの美しさに立ち尽くしていた観客から、堰を切ったような感動の拍手が巻き起こる。
それは熱狂というよりは、聖なるものへ捧げられる敬意に近い響きだった。
降り積もる人工雪の中で、ネージュとビオラは自然に顔を見合わせ、にっこりと笑い合う。
「ビオラ、ありがとう」
「……とてもよい時間でしたわ」
二人の間に流れるのは、言葉を超えた確かな信頼。
その光景を、少し離れた位置からルナが静かに見つめていた。
「みんな、ありがとう」
ルナがゆっくりと観客に向き直り、万感の思いを込めた笑顔で声をかける。
観客はまだ、先ほどの幻想的な余韻の中にいながらも、必死に手を振り返した。
「今の曲、どうだったかしら?」
アクアが凛とした声で観客に問いかける。
「最高だったよ!」「泣けた……!」
会場のあちこちから、震える声が波のように押し寄せた。
「ふふ、よかった。……でもね、一番満足できたのは私かもしれない」
ネージュが少し照れくさそうに、隣に立つビオラの手をそっと握り、観客に向かって腕をあげる。
「私とビオラの新たな『Alba Neige』!これからよろしくね」
ビオラは驚いたように少し目を見開いたが、すぐに握られた手を力強く握り返し、優雅に頷いた。
その二人の絆を見届けたファンの興奮は、再び熱狂の温度へと変わっていく。




