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26

楽屋の外からは、観客が発する地鳴りのようなざわめきが壁を伝って響いてくる。

その熱気に押されるように、舞台裏の空気は破裂しそうなほど張り詰めていた。


「……緊張で、心臓が口から飛び出しそう」

アウラが胸元を強く押さえ、必死に深呼吸を繰り返す。


「大丈夫、アウラ。……わたしもだから」

アイビスも、落ち着かない様子で何度もスカートの裾を整えていた。


「おい、新入りと一緒に緊張してどうするんだい」

ネージュが茶化すが、その声にも隠しきれない硬さがある。


「けど、確かにやばい高揚感だね」

アクアが、普段の冷静さからは想像もつかない上擦った声を漏らした。


「皆、手を」

リーダーのルナが静かに、しかし抗いがたい力強さで呼びかけた。

六人が吸い寄せられるように円陣を組み、中央で幾重にも手を重ねる。


いつもなら、ここでルナが気合の号令をかける。

それがIce Dollの「決まり」だった。

しかし、ルナは声を上げなかった。


ルナは隣に立つビオラを真っ直ぐに見つめ、重ねた手の上にさらにもう片方の手を添える。

ビオラは一瞬、驚きに目を見開いたが、見渡すと、アウラ、ネージュ、アイビス、そしてアクアが、熱い信頼を宿した瞳でビオラをみていた。


それは、ビオラこそが新生Ice Dollの絶対的なエースであると認めた、無言の儀式だった。

ビオラは一人ひとりに、誇り高く、そして慈愛に満ちた満面の微笑みを返した。

彼女の中に、かつて一国を背負わんとした公爵令嬢としての矜持が再燃する。


「存分に魅せましょう」

ビオラは全員の重なり合った手に、さらに力を込める。


「さあ、ショータイムの始まりですわ」


その凛とした一言が、最強の導火線となった。

「「「「「おおおおおっ!!!」」」」」

地響きのような気勢が上がり、六人は光の差すステージへと踏み出した。


熱気に包まれたTokyo Musica。

期待のざわめきが、会場の密度を限界まで高めていた。


突如、会場の照明が完全に落ちる。

鼓膜に響くほどの静寂が訪れた次の瞬間、ステージを鋭く切り裂く青いレーザー光線とともに、地響きのような重厚なイントロが爆発した。


『Glacies』


タイトルがモニターに躍ると、観客は地鳴りのような歓声を上げる。

スモークの中から浮かび上がったのは、見慣れた四つの影。


「鼓動の誤差に 気をつけろ」

まずはネージュが、氷の刃のような鋭さで口火を切った。


「ネージュ様ーー!」 「かっこいい……!」「こっち向いてー」


「千億年続く 蒼の宇宙」

続いてアイビスが、弾けるような躍動感で声を繋ぐ。


「アイビス!」「わあぁぁ! かわいい!」「今回、みんなおそろい衣装!」「すごい豪華だね」


「冷たく魅せる Ice Doll」

サビに突入すると、ルナとアクアがキレのあるダンスで会場を翻弄する。

ファンはペンライトを激しく振り、ボルテージは一気に最高潮へ達した。


そして間奏に入った瞬間、リズムが突如として激しい2ビートへと加速する。

予期せぬ転調に、観客の間に「あれっ?」という動揺が走った。


その刹那、ステージを呑み込むほどの大量のスモークが噴出し、踊っていた四人の姿を完全に遮断した。


そして――ふっと音が消え、会場は完全な静寂と暗転に包まれる。


観客が期待と不安で息を呑んだ、わずかコンマ数秒後。

爆風のような勢いでスモークが吹き飛び、ステージが瞬時に明転した。


そこには、アウラとビオラを中心とした、堂々たる「六人」の姿があった。


「きたあああ!?」「新メンバーだ!!」

驚愕と歓喜が混ざり合った叫びが上がる中、赤髪を激しく揺らしたアウラに強烈なスポットライトが突き刺さる。


再び『Glacies』の重厚なイントロが、先ほどよりも数倍の音圧で爆発した。


「いくぞおおおッ!」

アウラは獲物を見定めた獣のように、鋭く一歩前に踏み出す。


その地響きのような煽りに導かれ、六人が一斉に躍動し始めた。


「鼓動の誤差に 気をつけろ」

アウラが放った第一声は、もはや歌という枠を超えていた。

内臓を直接掴んで揺さぶるような野生的な声量が、会場の空気を物理的に震わせる。


その圧倒的な熱量に、観客の魂は強引に引き摺り回されるような衝撃を受けた。

先ほどまでの四人のステージとは明らかに違う。

六人になったことで生まれた圧倒的な音の厚み、そして網膜に焼き付くような視覚的破壊力。


「溶けゆく嘘を重ねてる」 「きみとはここまでね」

アウラの地を這うようなパワフルな低音に対し、アイビスの突き抜けるような高音がクリスタルのように重なり合う。

重層的で暴力的なまでに美しいハーモニーが、観客の思考を麻痺させた。


「すごい……今回のライブ、何が起きてるんだ……」 「やばい、鳥肌が引かない!」 「あの赤髪の子、声量が化け物だろ!」


アウラが放つ剥き出しのエネルギーに、ファンは瞬く間に魅了され、会場の熱狂は未知の領域へと突き抜けていった。


あまりの衝撃にファンが一旦息を吐き出そうとした、その時だった。

どよめきが波のように広がる中、再び曲調が激変する。

地を這うような重厚なダンスビートが不意に影を潜め、代わりに、優雅で厳かなピアノによるクラシック調の旋律が、冷ややかな霧のように会場を包み込んだ。

本来ならそのままBメロにいくはずが、何が起きるのかと、観客が固唾を呑んで見守る中、ステージが音もなく暗転した。


直後、たった一筋の強烈なスポットライトが、闇を切り裂いて一人のメンバーだけを射抜く。

その人物は、喧騒を置き去りにするような静謐な足取りで、ゆっくりと、しかし確かな存在感を刻みながら中央へと歩み進んだ。


白光の中に浮かび上がったのは、凛とした美しさと、周囲を拒絶するかのような高潔さを纏ったビオラだった。


ビオラは、観客一人ひとりの魂を直接射抜くような、鋭くも気高い視線を場内へと投げかける。

その瞳は、迎合も媚びも許さない、真の強者の色を湛えていた。


――そして。

まるで目に見えない羽が舞い降りるような滑らかさで、彼女は腰を落とした。

セツナ渾身の美しいスカートの裾が優雅に広がる。


観客全員が声も出ず、ただただ直視していた。

指先一本の角度から背筋の曲線に至るまで、一切の淀みがない、至高のカーテシー。


その姿は、かつて帝国社交界の頂点に君臨し、数多の貴族をその一瞥で跪かせた「公爵令嬢」そのものだった。 氷細工のように無機質で、それでいて生命の根源的な輝きを放つその佇まいは、まるで冷徹な彫刻家が一生をかけて彫り上げた最高傑作のよう。

一糸乱れぬ背筋のラインは、彼女が背負ってきた誇りと血統の重みを雄弁に物語っていた。


「……美しい……」

誰かが無意識に漏らしたその吐息が、さざ波のように波及し、会場の止まった時を動かす。


「……なんだろう。見てるだけで、背筋が伸びるっていうか……」 「何者なんだろう、あの新メンバー」

最前列のファンたちは、あまりの神々しさに気圧され、掲げていたペンライトを振ることさえ忘れて固まっていた。

そこにいるのは、親しみやすい「隣の女の子」ではない。

決して触れることのできない、天空に咲く孤高の華。


だが、ビオラがゆっくりと顔を上げたその瞬間、会場の空気が一変した。

それまで氷のように冷ややかだった彼女の表情に、ふっと、「完璧な微笑み」が宿ったのだ。

それは慈悲深く、それでいて全てを見透かすような、抗いがたい魔力を秘めた微笑だった。


ただ美しいのではない。

その笑み一つで、絶望した者に生きる希望を与え、傲慢な者を一瞬で服従させるような、圧倒的な「支配者」の慈愛。


「……っ!」

最前列にいた一人のファンが、胸を押さえて崩れ落ちそうになる。

一介の庶民ファンに過ぎない自分たちが、その高貴な世界の住人から、今、確かに「認識」され、微笑みかけられた。

その事実に、脳が、魂が、焼き切れるような高揚感に包まれる。


触れることなど許されないはずの「華」が、今、自分たちのために咲いている。

その残酷なまでの美しさに、観客は恐怖にも似た恍惚を感じ、抗う術もなく彼女のとりこになっていった。


その刹那、残りのメンバーが磁石に引き寄せられるようにビオラのもとへと集結する。

静寂を切り裂き、優雅な旋律が弾け飛ぶと、再び重層的な重低音が心臓を直接叩き出した。


「千億年続く 蒼の宇宙そら

ビオラの凛としたソプラノが、クリスタルを震わせるような透明感を持って会場の隅々まで広がっていく。

その気高さに、ファンは息を呑んだ。


「……声まで完璧かよ」 「やばい、一瞬で人生持っていかれた……」


「そここそが わたしの世界」

間髪入れず、ネージュがビオラの声を支えるように、包容力のある歌声を重ねる。

氷の令嬢と雪の化身――二人のデュエットは、まるで真冬の星空のような輝きを放ち、会場の視線を釘付けにした。

「ネージュ様!」 「二人のデュエット、相性良すぎて鳥肌が止まらない!」


そしてサビに向け、六人が力強く声を張り上げながら、メインステージから客席へと突き出したランウェイを移動していく。


「冷たく魅せる Ice Doll 今この時が止まる」

観客の目鼻先までぐっと詰め寄るアグレッシブなパフォーマンス。


ビオラがランウェイの端でふわりと微笑みを投げかけると、彼女の「領地」は一気に爆発的な熱狂に包まれた。

「うおおおっ!」 「こっち向いてくれた!」「今、絶対目が合ったぞ!」


手を伸ばせば届きそうな距離、しかし決して手が届かない至高の美。

ファンたちはその矛盾が生む強烈な引力に翻弄されながら、Ice Dollという深淵へ真っ逆さまに落ちていった。


そして、六人のメンバーが客席を囲むリング状のサブステージへと散り、等間隔に配置される。

観客は目まぐるしく推しの姿を追い、至近距離でのパフォーマンスを各々楽しんでいた。


「たしかにある その先へ」

ルナが、魂を振り絞るように歌い上げる。


それを号令に、運命の間奏パートへと突入した。

ビオラが鋭く腕を振り下ろしたのを合図に、怒涛のダンスが始まる。


「ルナ様ー!」「アクア様ー!」

当初、観客は目の前のメンバーの動きに熱狂しようとしていた。

しかし、すぐに会場の空気が奇妙な戦慄に支配される。皆が異様な「違和感」に気づき始めたのだ。


その正体は、メインステージの巨大ディスプレイに映し出された映像で確信へと変わる。

六人全員が、完全にシンクロしている。

それまで鮮烈な個性をぶつけ合っていた彼女たちが、一瞬にして「一つの巨大な意志」へと変貌を遂げていた。


「……えっ、動きが……全く同じだ……」

客席のあちこちから、震えるような驚愕の呟きが漏れる。

高速で刻まれる複雑なステップ、指先の繊細な角度、そして激しい動きに合わせて跳ね上がる髪の揺れ方。

そのすべてが、まるで精巧な機械仕掛けの時計や、鏡写しの幻影を見ているかのように一糸乱れず連動していた。


サブステージの上、それぞれが遠く離れた場所に位置しているにもかかわらず、彼女たちのダンスは一ミリの狂いもなく保たれ、空気を切り裂く音さえも一つに重なる。


「なんだよこれ、人間業じゃない……!」 「瞬きが……瞬きができない!」

観客は、その美しくも恐ろしいほどの精密さに、呼吸することさえ忘れて見入った。


ステージを縦横に走る青いレーザー光線が、汗を飛ばして踊る彼女たちの輪郭を鋭く縁取る。

それは、極限の寒さの中で、無数の分子が一点の歪みもなく結びつき、完璧な「氷の結晶」を形作っていくような、神話的なまでに奇跡的な光景だった。


ダンスが終わり、ポーズを決めたまま六人の動きが止まる。

一瞬、時が止まったかのような、絶対的な静寂。


「Aeternitas secundus」

アクアが、祈りを捧げるように静かに呟いた。


その声を合図に、再び爆音が叩きつけられる。二番の始まりだ。

「……うおおおおおおおっ!!!」

観客が沸く。


しかし、その地鳴りさえも一瞬で切り裂くように、アウラが獲物を狩る獣のような鋭い声で吠えた。

「封じた心 凍て尽くす」

アウラの力強いフレーズが響き渡ると、先ほどまでの精密なシンクロダンスの余韻を、熱い「情熱」が上書きしていく。


完璧な秩序と、剥き出しの鼓動。

相反する二つを飲み込み、Ice Dollという物語は異次元の熱量を帯びて加速していく。


2番のサビに向け、リングステージに散らばっていたメンバーが中央ステージへと疾走し、帰還する。

六つの光が一つに収束していくその光景に、観客の熱狂は限界を超えた。


「ルナ!!」「アクア!!」「アイビス!!」「ネージュ!!」

名前を叫ぶ声が怒号のように渦巻く中、メンバーたちの歌声が重なり合う。


「わたしは辿り着いてみせる」 「たしかにある その先へ」

歌詞の最後、ネージュとアイビスが走りながら互いに視線を交わした。

信頼と、今この瞬間を共有している高揚感。二人の歌声が美しく溶け合い、サビを締めくくった。


感情を爆発させた歌声が最高潮に達した、その瞬間。


ブツンッ。


唐突に、全ての楽器の音が消え失せた。


照明も一瞬で落ち、薄暗い静寂が会場を支配する。

熱狂の梯子を外された観客の間で、戸惑いがさざ波のように広がる。

「えっ?」「トラブル?」「今度はなんだ?」


ざわめきかけた1000人の視線が、ステージ中央に残された一人の少女に吸い寄せられた。

アウラだ。 彼女はゆっくりと一歩前へ出ると、握りしめていたマイクを……静かに下ろした。


(マイクを使わない……!?)

観客が息を呑む中、アウラは大きく、肺が破れんばかりに息を吸い込んだ。

その小さな身体が、爆発寸前のエネルギーの塊へと変貌する。


「Ah Ah Ah Ah Ah―――――!!!!」

空気が、ビリビリと物理的に震えた。 スピーカーを通さない、完全なる肉声アカペラ

だがそれは、マイクを通した電子音よりも遥かに鋭く、ダイレクトに1000人の鼓膜を殴りつけた。


「――Aeternitas!!!」

その一言が放たれた瞬間、会場の奥の壁まで衝撃波が届いたような錯覚さえ覚えた。


直後、アウラの残響を飲み込むように、重低音の伴奏が爆音で回帰した。

その音の奔流に乗って、ビオラが凛とした声を響かせる。

「偉大なる 気高さをもつ Glacies」

その声は、嵐の中でも決して折れない孤高の薔薇のように、真っ直ぐに会場を貫いた。


「その穢れなき冷気で わたしをつつんで」

アイビスが弾けるような躍動感でそれに続く。


「あまねく照らす 青き光」

アクアが、冷静沈着な、しかし熱を秘めた瞳で繋ぐ。


「内に秘めたる 静かな炎」

ルナが、決意を込めた低音で重厚さを加える。


「わたしは辿り着いてみせる」

ネージュが、透明感あふれる声で未来を歌い上げる。


「たしかにある その先へ………………………………………………」

そして、最後を引き取ったのはアウラだ。

肺に残るすべての空気を振り絞るように、息が続く限り、どこまでも真っ直ぐなロングトーンを突き放す。

「……まだ続くのかよ……!」 「嘘だろ、肺活量どうなってんだ……!」

そのあまりの長さと、最後まで一切ブレない声の輝きに、客席からはどよめきが沸き起こる。


そして、その長い残響が収束する刹那。

「Glacies…… Aeternitas……」

ルナが祈りを捧げるように最後のフレーズを締めくくり、六人が完璧なフォーメーションでポーズを決めた。


一瞬の、真空のような静寂。


直後、Tokyo Musicaが根底から揺れるほどの怒涛の拍手と歓声が爆発した。

「すげえええええッ!!!」 「なんだよ今の……次元が違いすぎるだろ!」

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