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シャワーを浴び、練習着から着替えて少し休息をしたメンバーは、圭一に連れられて、市民体育館の一角にある小会議室に案内された。

扉を開けると、そこにはすでにプロデューサーの冬木光一とミーナがいた。

二人はテーブルを挟んで、ステージプランの資料らしきものを見ながら、真剣に打ち合わせをしている最中だった。


ビオラは、さりげなく光一に視線を向ける。

光一は、いつものように落ち着いた雰囲気を持ち、その佇まいには知性と鋭さが滲んでいるように感じられた。

しかし、当然ながらその顔立ちのどこにも、ビオラの知るリヒトの面影は見て取れない。


「Ice Doll、揃いました」

圭一が光一に声をかける。

光一は資料から顔を上げ、柔らかな笑顔を皆に向けた。

「お疲れ様。皆の表情を見ると、今日の練習は手応えがあったようだね」


ミーナが太鼓判を押す。

「今日の練習は大成功よ。特にフォーメーションと、楽曲の感情表現に格段の進歩が見られた。

形がはっきりしてきたわ。今度のお披露目ライブ、きっとファンは度肝を抜かれるわよ」

ミーナの言葉に、光一はさらににっこり笑う。

その笑顔は、どこまでも優しく、プロデューサーとしてメンバーを信頼していることが伝わってきた。


「ありがとう、ミーナ。ルナ、どうだい?」

光一は、以前不安を持っていたルナの現在の心境を尋ねた。

「はい、自信があります」

確信を持って答えるルナを、アクアは隣で嬉しそうに見る。

ネージュとアイビスもしっかりと頷いた。

光一は新メンバーに目を向ける。

「アウラ、ビオラ。大丈夫そうだね。いけそうかい?」

ビオラは動揺を見せないよう、深く息を吸い込んだ。

「はい、問題ありません」

アウラが元気に返事する。

「はい。全力を尽くしますわ」

ビオラも落ち着いた声で答えた。


光一は満足そうに頷き、テーブルの中央を指差した。

「よし、それじゃあ、打ち合わせを始めよう。

今日は、ライブの具体的な演出について話したい」

打合せが始まった。


ビオラは、彼のプロデューサーとしての側面に集中しつつ、彼の仕草や言葉の端々から、リヒトとの接点を探ろうと、密かに観察を続けた。

光一は資料を指し示しながら、淀みない口調で話を続ける。

「その前にまず言っておくね。新規メンバーの情報は極力伏せる。

できるだけサプライズにしたいからね」

光一は一度、アウラとビオラを交互に見た。


「今のところSNSなどを見ていても情報はあまり出ていないようで安心したよ。

まあ、二人は現役の高校生だから全く漏れないというわけにはいかないだろうけれど、

公式からはこれからもまだ情報は出さない。

お披露目の瞬間まで『Ice Doll』の新しい姿は隠し通す。そのつもりでよろしく」

「承知しました。みんな気をつけようね」

ルナが頼もしくうなずき、メンバーに注意をうながす。

それに続いて全員が真剣な表情でうなずいた。


「よし。それじゃあライブの内容に入るよ」

光一が圭一に目を向けると、圭一は無言でうなずき、プロジェクターを起動した。

会議室の壁に鮮やかな光が映し出され、ライブの構成図が浮かび上がる。

皆、身を乗り出すようにしてそのプロットを注視した。

「前にも言った通り、今回のライブは、『Glacies』、『Alba Neige』、『Volare Ibis』の三曲だ。

まずは『Glacies』から。

最初の登場シーンでは、アウラとビオラはあえて出さない。いつも通り四人で始めよう」


光一の説明が続く。

「1番はそのまま四人で。そして、間奏パートに入った段階で、曲調を少し変化させる予定だ。

そこでスモークを焚く。その間にアウラとビオラが合流。

六人のフォーメーションで待機。ここまでいいかい?」

皆が緊張感を持ってうなずく。


……劇的な演出ですわね。観客の方々の驚く顔が目に浮かびますわ

ビオラは心の中で、前世で経験した夜会や祭典の幕開けを思い返していた。

光一の語る演出には、人々の心を掴むための「溜め」と「爆発」が計算されている。


「演出上、仕切り直しとしてもう一度1番から曲を始める。

出だしはアウラ、スポットを当てる。

いけるね? ファンを沸かせる一発をお願いするよ」

「はいっ! 任せてください!」

アウラが元気よく、力強い返事をした。

そのエネルギーに、会議室の空気が一段と熱を帯びる。


「Aメロまではアウラに注目させる。

そしてその後、Bメロに入る少し前に曲調を少しゆっくりに変える。

そのときにビオラにスポットを当てる。君のカーテシー、期待してるよ。

その圧倒的な『気品』で会場の空気を支配してほしい」

「わおっ。絶対沸くわよ。そうだ、いっそのこと曲調変化にクラシック調を入れてみたら?」

ミーナが敏感に反応する。

ダンスの講師としての直感が、ビオラの動きとクラシックな旋律の相性の良さを確信させていた。

「いいね。コウと相談してみるよ」

光一がそれを受け、手元のメモに鋭く書き込む。


そして再び光一がビオラを見つめた。

その瞳に宿る期待は、単なるビジネス上のそれ以上の、何か魂を揺さぶる重みを持って彼女に届いた。

……カーテシー。わたくしが最も叩き込まれた、淑女としての礼。

それをこの『ライブ』という祭典の、最高潮の場面で披露するのですわね

ビオラは静かに、しかし決然と光一を見つめ返した。

「承知いたしました。皆様の度肝を抜くような、最高の『礼』をお見せしますわ」


その返答に、光一は満足そうに口角を上げた。

「期待しているよ。さて、間奏パートで見せるシンクロダンスはどんな感じだい?」

「仕上がってきてるわよ。期待していてちょうだい」

ミーナが自信たっぷりに答える。

午前中のビオラの正確なリズム打ちが功を奏したことを、彼女は確信していた。

「よし。ルナ、アクア、期待しているよ」

「「はい」」

二人は力強く返事する。


「じゃあ予定通り、Bメロをビオラが歌い上げたあと、サビに向かって皆移動開始だ。

せっかく客席と距離が近いステージだからね。ファンサを忘れずにね」

「たのしみだねえ」

ネージュが微笑む。

メンバーそれぞれが、ファンとの距離が縮まるその瞬間を想像し、表情を和らげた。


「そして――」

光一の声が一段と低く、熱を帯びる。

「そして、2番を歌いながらまた中央ステージに戻ってくる。

そして皆が揃った時点で、一度音楽を切る。アウラの一番の見せ場だ」

アウラは覚悟を決めたように力強くうなずいたが、他のメンバーはぽかんとした表情で顔を見合わせた。


「音楽を切る? えっ、何するの?」

ルナが混乱して尋ねる。

無音の状態で何が起きるのか、想像もつかないといった様子だ。


「ははっ、みんなわからないよね。前も言ったサプライズ演出だよ。

ただ、アウラの声は絶大だからね。

あまり秘密にしすぎて、本番でみんなが驚いてパフォーマンスに響くといけない。

ここで情報解禁しようか」

光一の視線を受けて、圭一とミーナが深くうなずいた。


「アウラには、完全な無音の中で、アカペラのソロ・咆哮シャウトを響かせてもらう」

その言葉に、会議室がしんと静まり返った。

アウラのあのパワフルな声が、一切の伴奏なしにダイレクトに観客の鼓膜を震わせる。


「その直後、爆音でサビが再開される。

観客の心臓を鷲掴みにする、Ice Doll史上最大の爆弾インパクトだ」

ビオラは隣で少し緊張しているアウラの肩に、そっと手を添えた。

……素晴らしいですわ。静寂からの、感情の爆発。まさしくアウラ様にしか成し得ない、魂の震えですわね


「なにそれ。やばい」

アイビスが目を輝かせて声を上げた。

他のメンバーも、静寂を切り裂くアウラの咆哮を想像し、鳥肌が立つような興奮を共有している。

会議室の空気は、もはや単なる「打合せ」を超え、伝説のステージを作り上げる熱狂に包まれていた。


それを微笑ましく見ながら、光一が話を続ける。

「どうだい。これが新しい『Glacies』だ。新生Ice Dollの幕開けに相応しいだろう?」

「本番が本当に楽しみだね」

アクアが心底嬉しそうに言う。

隣でルナも深くうなずき、新メンバーがもたらす化学反応に確かな手応えを感じていた。


「じゃあ、つづいて『Alba Neige』だ」

光一は視線をネージュへと向けた。

ネージュは、いつものどこか飄々とした雰囲気とは違い、一点の曇りもない真剣な表情で、力強くうなずいた。

その様子に、光一は「おや」と眉を動かす。

「ネージュ、何かいい変化があったようだね」


「……ビオラとのデュエットで、色々気付かされました」

ネージュは隣のビオラをちらりと見て、はにかむように笑った。

「これまでは、この曲の『孤独』や『切なさ』を一人で抱え込んで歌っていた気がします。

でも、ビオラと声を重ねたとき、その孤独は分かち合えるものなんだって

……雪の中に、体温を感じるような感覚があったんです」


その言葉を聴き、光一は深く、満足げに頷いた。

「それは素晴らしいな。まさに私が求めていた『救い』の表現だ。

ビオラ、君はどうだい?」

「わたくしも……ネージュ様の歌声と合わさることで、声に熱をのせることを体験できました。

とても勉強になりましたわ」

ビオラが凛とした声で応えると、光一の瞳にはさらに強い光が宿った。


光一の口から、二人の新たな絆を彩るための幻想的な演出案が次々と語られていった。

青白い冬の月明かりのようなライティングから、二人の歌声が重なる瞬間に、

温かみのあるゴールドの光が差し込む。

その光景を想像し、ビオラとネージュは顔を見合わせて静かに微笑んだ。


光一が、次にアイビスへと視線を送る。

「そして、最後は『Volare Ibis』で楽しく締める。観客全員を笑顔にして帰すんだ」

「任せてください!」

アイビスが弾けるような笑顔で応える。

「がんばります!」

アウラも拳を握り、やる気を漲らせた。


「アイビスとアウラのユニット、かなりいい感じになってきたわね。

二人のエネルギーがぶつかり合って、すごくポジティブなオーラが出てる」

ミーナが、ダンス指導の立場から二人の相性の良さを付け加える。

「そうだね。『Toki Dance』もパワーアップしたって聞いているしね。

会場の盛り上がりはピークに達するはずだ。

ルナ、アクア、二人は最後までその爆発力を支えきってくれ。頼んだよ」

「もちろんです」

「任せておいて、プロデューサー」

ルナとアクアが、頼もしい先輩の顔でうなずく。


光一は手元の資料を閉じ、全員の顔をゆっくりと見渡した。

「よし、じゃあ今日はここまでだ。解散!」

「「「「「「お疲れ様でした!」」」」」」

会議室に活気ある挨拶が響き、メンバーたちは今日一日の充実感を抱えていた。



「車を準備しますので、用意ができたら玄関口に来てください」

圭一がメンバーに声をかけて部屋を出ていき、ミーナもそれに続く。

「帰りはみんな一緒だね」

アイビスがにっこりする。

皆が賑やかに、あるいは疲れた体を引きずるようにして会議室をあとにしていく。


ビオラはあえて、メンバーから少し遅れて部屋に残った。

扉の近くで、最後に部屋を出ようとする光一に声をかける。

「プロデューサー、お疲れ様です」

ビオラは、彼の一挙手一投足、視線の配り方をさりげなく確認する。


光一は足を止め、穏やかに振り返った。

「うん、お疲れさん。何か用かい?」

「いえ……別に」

ビオラは、光一の瞳の奥を覗き込むように見つめた。

「あなたはリヒト様なのですか」という言葉が喉まで出かかったが、それは決して声にはならない。

もし彼が記憶を持たない他人だったなら、あまりに不審すぎる問いだからだ。

「そう。少し疲れが見えるね。今度のオフ日はしっかり休んでね」

光一は、あくまでプロデューサーとして、労る優しい声音で言った。

「はい、肝に銘じます」


「うん、それじゃあ、先に失礼するね」

光一は軽く手を上げると、廊下の向こうへと消えていった。

その背中を見送りながら、ビオラは立ち尽くす。

……今の光一様からは何も感じ取れませんわ……。けれど、やはり気になりますわ。


「おーい、ビオラ早くー」

廊下からネージュが顔を出し、ビオラに声をかける。

「はい、ただいま!」

慌ててビオラは荷物を抱え、待たせている仲間の元へと玄関へ急いだ。


やがて圭一が運転するバンが玄関に入ってくる。

みんな、がやがやと車に乗り込む。

「やっぱ6人全員で乗ると、ちょっとギュウギュウだねえ」

「でも大家族みたいで楽しいじゃん」

ネージュがいうと、アイビスが返す。


苦笑しながら、圭一がいう。

「今回は急な話だったので、マイクロバスが手配できず、すみません」

「マネージャー、気にしないで。私たちはまだまだ贅沢言える身分じゃないんだから」

アクアがすかさずフォローする。

その謙虚でしっかりした言葉に、ビオラは改めて、アクアがこのグループの精神的支柱なのだと感心した。


「もっと売れたら……」

「リムジンとか乗れるのかなあ」

ルナが呟くと、ネージュが後を引き取った。


「そっそんな贅沢が許されるんですか!」

アウラが思わず声をあげる。

「ポルシェとかフェラーリとか?」

アイビスがいたずらっぽくアウラの耳元でささやくと、

アウラは顔を真っ赤にして「ひっひええ」と身を縮めた。


車内の空気が和やかになる。

「こらこらアウラで遊ばないの」

アイビスをアクアがたしなめる。

笑い声が車内に響き、狭い車内は熱気と親愛の情で満たされた。


メンバーはみな、心地よい達成感と疲労感に包まれていた。

夕闇が迫る街並みを窓の外に眺めながら、メンバーたちは今日の練習と打ち合わせを振り返る。


「それにしても、プロデューサが言ったあのサプライズ演出……

アウラのアカペラ・シャウトは、本当に『Ice Doll』の新しい武器になると思うよ」

ルナが隣のアウラをしっかりみて言う。


「ありがとうございます! 私、精一杯、頑張りますっ」

「気合十分だねえ。けど、まあたまには力を抜きなよ?」

元気に答えるアウラに、優しげな目で後ろからネージュが言う。


「ビオラのカーテシーも楽しみ。会場が静まり返るのが目に浮かぶわ」

アイビスが、隣に座るビオラに視線を送る。


「その瞬間、ステージの空気が一気にビオラの色に染まるんだろうな……楽しみにしてるよ」

ルナが振り返り、後ろの席のビオラをみて言う。

ビオラは、少し照れくさそうに微笑んだ。

「わたくしにできることを精一杯務めますわ。

でも、皆様とこうして一つの舞台を作り上げていく過程……本当に、素晴らしいですわね」

「わたしも楽しみだよ」

ネージュがビオラの隣でつぶやく。


ビオラは、窓の外を流れる街灯の光を見つめた。

……前世では、誰かと肩を並べて笑い、同じ目標に向かうことなど、想像もできませんでしたわ。


厳格な教育、常に完璧を求められる孤独な日々。

そんな過去を持つ彼女にとって、この少し狭苦しいバンの座席で共有する熱気は、何物にも代えがたい「自由」の証だった。


車内では、次のライブの衣装が果たしてどうなるのかで盛り上がり始めている。

「ねえ、セツナさんって怖い方なのですか?」

「うーん、怖いっていうか、圧がね笑」

アイビスの回答に、アウラはいまだに、メンバーたちの話から「セッちゃん」という人物像が掴めず、不安で頭を抱えている。

そんな賑やかさを聞きながら、ビオラは静かに誓った。

……プロデューサが何者かは分かりません。けど、まずは、わたくしたちに託してくださった期待。そして、このみんなの輝き。わたくしは必ずこのライブを成功させますわ。


車は、期待に膨らむ帰り道を、軽快に走り抜けていった。

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