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ディスプレイが明るくなり、PCが立ち上がった。


ビオラはすっかり今の生活に慣れた。

……それにしても、このインターネットというのは、とても便利ですわ。でも同時に、なんでも調べることができるなんて、なんと恐ろしい技術かしら。


ブラウザを開くと、「きらめきキングダム」と検索ワードを入力する。

瞬時に検索結果が一覧になって出てくる。

まず、その上に出てきたAIによる説明を読む。

……ふむふむ、「きらめきキングダム」はやはり、アールバイト王国を舞台としたゲームなのね。わたくし、ビオラ・フォン・ローゼンブルクの名前もちゃんと書いていますわ。えっと、公式webサイトが紹介されていますね。


クリックして、画面をひらく。

飛び込んできたのは、忘れもしない金髪碧眼の男性の顔。

……レイハルト・アマギス・アールバイト様。お顔を拝見しても何とも感じないのが不思議ですわ。前世では、まがりなりにも婚約者でしたのに。


タブを開いて、項目を確認し、その中から「ストーリー」をクリックする。

画面が切り替わると、そこには煌びやかな薔薇の装飾枠に囲まれた、詩的な文章が浮かび上がった。

背景には、ビオラも通っていた王立魔法学園の時計塔と、青い空が広がっている。


ビオラはゆっくりと、読み進めた。


**真実の愛とブルーローズ**

魔法文明が栄華を極める大国・アールバイト王国。代々、王家と貴族による盤石な支配が続くこの国には、未来を担う若き才能が集う場所があった――「王立魔法学園」。

主人公は、平民でありながら稀有な「治癒魔法」の才能を見出された少女・リアナ。あなたは彼女となり、学園生活を通じて聖女を目指すことになります。

しかし、その行く手には大きな壁が立ちはだかります。それは、王太子レイハルトの婚約者であり、冷徹な美貌を持つ公爵令嬢・ビオラ。彼女は自身の派閥を操り、あらゆる手段であなたを排除しようとするでしょう。

王太子、宰相子息や騎士団長子息、そして一匹狼の辺境伯子息といった、魅力的な攻略対象たちと絆を深め、悪役令嬢の妨害に打ち勝ち、あなたはこの国に平和をもたらすことができるでしょうか?

伝説の『ブルーローズ』が咲くとき、真実の愛が奇跡を起こす――


ビオラは、読み終えて、全身が震えるのを感じた。

……これは何ですの?学園で派閥を作って聖女様を貶める? まったく身に覚えがございませんわ。 そもそも、わたくしは王太子妃候補として、王城での教育が優先されましたので、学園にはあまり顔を出せませんでした。

リアナ様にお目にかかったのも、数えるほどしかございません。学園で交流したことなど、あり得ないはずですわ。これはわたくしの記憶違いかしら。それとも、ゲームのストーリーと現実には、決定的なズレがあるということ……?


混乱しながらも、ビオラはwebサイトの画面から、一度検索結果の画面に戻る。

そこに並んだ「きらめきキングダム」に関する情報の羅列を、スクロールしながら読んでいく。

その中のある文字列がビオラの目にとまった。


「二次創作小説 転生先は悪役令嬢ビオラ!?断罪後の令嬢に用はないでしょ?わたしはスローライフを楽しみたい!!」


……これは一体?


鼓動が速くなるのを感じながら、ビオラはその文字列にカーソルを合わせ、クリックする。

目に飛び込んできた、あらすじをしばらく読んでいく。


女子高生のシオンは、下校中のある日、不幸にも歩道橋から足を滑らせて命を落としてしまう。天界に召されたシオンは、女神の気まぐれで異世界へと転生を勧められる。

そこは、人気ゲーム「きらめきキングダム」の世界。

悪役令嬢ビオラならば、すんなり転生できるという。悩むシオンだが、うまく逃げれば自由に生きられると説明され、転生を決意する。

まさにギロチンが落ちてくる瞬間に転生したシオンは、女神の加護により魔法拘束が解けて、ただちに防御魔法を展開し、瞬時に転移魔法で逃げる。その先のスローライフを夢見て。だけれども……


ビオラは画面の前で息を止めた。

……情報過多ですわ。まず、この二次創作小説とは何かしら? そして、このシオン様というお名前……


ビオラは、再びブラウザのタブを操作し、今度は「二次創作小説」や「転生」、「悪役令嬢」といった単語を一つずつ丁寧に調べ始めた。知識を整理し、一息つく。

……おおよそ理解できましたわ。このお話の中では、このシオン様は、今のわたくし、花城紫音と同一人物のようですわね。そうすると、わたくしは、処刑されるビオラの身体から、病室で眠っていた花城紫音の身体へ魂が移った。そして、シオン様はその逆に転生した。

つまり、アールバイト王国とこちらの世界の間で、わたくしとシオン様の魂の入れ替わりが起こったというのですね。


混乱の中で、ビオラの頭の中で一本の線が繋がった。

動悸が治まらないまま、ビオラは画面を凝視した。

……創作ものと書かれていますし、この内容を信じるのはいかがなものかしら?けれども、このお話が一番、わたくし、ビオラ・フォン・ローゼンブルクの人生に近い。


やはり、これは、単なる物語ではなく、ビオラ自身の現実を示しているのか。

……信じるしかありませんわね。まさしく、わたくしが処刑台で最後に感じた、あの強烈な光と、身体が引き裂かれるような浮遊感は、防御魔法と転移魔法と思いますし。

気がついたら病院の白い天井でしたが、その前の刹那、わたくしは確かに、何か超越した力に引っ張られていくような感覚を覚えました。

ビオラの視線が、あらすじからそのすぐ下、今まで見落としていた小さな文字列へと滑り落ちる。

……この作者の方は一体何者なのでしょう?


あらすじの衝撃に気を取られ、注意していなかった「作者名」の欄。

そこに記されたアルファベットを見た瞬間、ビオラの心臓が早鐘を打った。


作者名:Licht


……えっ、リヒト?

その響きを口の中で反芻した途端、ビオラの脳裏に鮮烈な記憶が蘇る。


……嘘でしょう? これは、リヒト・アイスバーグ様だと言うの?

ビオラの幼馴染みであり、アイスバーグ侯爵家の令息、リヒト。

彼は、周囲の全てがビオラを罵る中で、ただ一人彼女の無実を信じ続けてくれた人だった。


『僕は知っているよ。ビオラが誰よりも優しくて、気高いことを』

優しく微笑む彼の姿が、走馬灯のように駆け巡る。

けれど、その笑顔はもうこの世にはない。

彼はビオラを庇ったことで王家の不興を買い、裏で動く「暗部」の手によって――消されてしまったのだ。


彼のことは、ビオラの心に深く刻まれた、永遠に消えない傷痕であり、最大の後悔だった。

あの日、わたくしが彼を巻き込まなければ。

わたくしがもっとうまく立ち回っていれば、彼は死なずに済んだのに。


ビオラは震える指先で、ディスプレイの「Licht」という文字に触れた。

……リヒト様が、この世界にいる……?


分からないことは多い。

リヒトは今は何者として、この世界を生きているのか?

ビオラとシオンの関係の何を知っているのか。

なぜ、この『物語』を書いているのか?


……けれども何よりも。

「……会いたい」

ビオラの口から、渇望するような言葉がこぼれ落ちた。


ビオラは深い呼吸を何度か繰り返し、ぎゅっと、しろまるを抱きしめる。

全身を襲っていた震えは、徐々に収まりつつある。


……ふう、よし。今、わたくしが取り乱しても、何も解決しませんわ。

そう自分に言い聞かせ、パソコンの電源を落とそうとしたその時、ふと、ある人物の姿が脳裏に浮かんだ。


プロデューサーの冬木光一。


そういえば、彼に会うと何故かいつもリヒトを思い出していた。

とくに、いつも深い優しさを湛えたあの瞳。

その理由が、今、すとんと腑に落ちるような気がした。

……プロデューサーとリヒト様。似通って感じるのは、ただの偶然でしょうか?そう言えば、コードネームはビオラと伝えられた時、その声が何故か懐かしい響きを帯びていた。

そもそも、ビオラという名はプロデューサーがお決めになったのですわね……


手掛かりがない中、これほど強烈な「予感」を無視するわけにはいかない。

リヒト様がこの世界にいる。

そして、今ビオラと近しい場所にいるプロデューサーが、その人である可能性がある。


ビオラは、明日以降の行動を決めた。

……まずはプロデューサーのことを色々探ってみましょう。もちろん、警戒されないように細心の注意を払って。

ビオラはパソコンの電源を完全に落とし、部屋の灯りを消した。

明日は日曜日で、朝からレッスンだ。アイドルとして今を生きるビオラの日常は、待ってはくれない。


……リヒト様……。必ず、あなたを見つけ出しますわ。

ビオラは、胸の奥に灯った、小さな希望の光を抱きしめながら、明日に備えて寝る準備をすすめた。


翌朝。

ビオラは重い瞼をこすりながら、枕元のデジタル時計に目をやった。

いつもより少し遅い時間だったが、昨晩のインターネット検索と複雑な思考のせいで、身体はまだ十分に休息を得られていないようだった。


……やはり少し眠いですわ。昨晩は情報が多すぎましたもの。

昨夜の興奮はまだ冷めやらないが、一晩寝て、少し冷静さを取り戻せていた。

あらゆる事態に冷静に対応するべく、王太子妃教育を受けていた賜物だ。


一階から、元気いっぱいの明るい声が響く。

「紫音ー!早く起きなさい、朝ごはんよー!」

母親である美咲みさきの声だ。

常に変わらぬ温かさと活力をビオラに与えてくれる。


「はい、ただいま!」

しっかり声張って返事をしながら、ビオラは洗面所へ向かい、鏡に映った顔に冷たい水を浴びせた。

その瞬間、一瞬だが、異世界へ行ったシオンの影がちらつく。

鏡に向かって柔らかな表情をつくる。

……今はわたくしが花城紫音。精一杯、生きるのみですわ。


リビングに降りると、ダイニングテーブルでは父親の剛志たけしと兄の陽翔はるとがすでに食卓についていた。

「おはよう、紫音」

穏やかな笑顔を向ける剛志に、ビオラは丁寧にお辞儀をした。

「おはようございます。お父様」


「紫音、おはよ。珍しく寝坊だな?」

陽翔がパンを頬張りながら口を開く。

「ええ、少し夜更かしをしてしまったので」

「何!悩み事か紫音。何かあったらすぐお父さんに言えよ!」

剛志が急に声を大きくする。その真っ直ぐな心配が、ビオラの胸を温かく締め付ける。


「大丈夫ですわ、お父様。少し調べ物をしていただけですわ」

「調べ物?」

「大したものではありませんわ」

「本当か?」

「まあまあお父さん、女には秘密がつきものよね」

美咲が剛志を嗜め、ビオラに目を合わせて嬉しそうに言う。


「まあ、でも本当に何かあったら、すぐ言えよ」

ビオラに向かって小さくささやく陽翔。

花城家の優しさが、ローゼンブルク家では決して許されなかった、家族の親密な愛情として伝わってきた。

「ふふふ」

ビオラは、心の底から笑みがこぼれるのを感じた。

これが、今ある「幸せな日常」なのだ。


美咲がテーブルの中央に、こんがり焼けたベーコンとスクランブルエッグの皿を置く。

「さあ、じゃあいただきましょう!」

美咲の掛け声に、家族四人が揃って手を合わせた。

「「「「いただきます」」」」


暖かな光が差し込む食卓で、ビオラの新たな一日は始まった。


家族で和やかな朝食後のコーヒータイムを過ごしていると、ピンポーンと軽快なチャイムの音が響いた。

美咲が立ち上がり、玄関へ向かう。

少しして、マネージャーの天城あまぎ圭一けいいちをリビングに連れてきた。


「おはようございます。マネージャー」

真っ先にビオラが挨拶をし、剛志と陽翔も続く。

「みなさん、おはようございます。紫音さん、準備は出来ていますか?」

「はい、すぐにでも」

ビオラはカップを置き、レッスンバッグを手に取った。


「それでは皆様、行ってまいりますわ」

キッチンから剛志が、ソファから陽翔が「頑張れよ!」と手を振る。

美咲は玄関までついてきた。

「紫音、これお弁当。それじゃあ、頑張ってね」

美咲はいつものように、励ましの笑顔を向ける。

「ありがとうございます。はい、行ってまいりますわ。お母様」

ビオラは心の中で、この変わらない温かさに感謝しながら、玄関を出た。


圭一の車に乗り込むと、中には、すでにアウラがいた。

「おはよう、ビオラ」

アウラは親しみを込めてそう声をかける。

「おはようございます、アウラ」

ビオラは席につき、シートベルトを締めた。


車が静かに発進し、街路樹の下を走り出す。

圭一が運転席から本日の予定を淡々と告げる。

「お伝えしたとおり、本日は、隣の県に向かいます。

本番のステージと大きさが同じ程度の市民体育館があるので、そこを借りて、簡単なリハーサルを行います。

メインはシンクロダンスとフォーメーションの動きの確認です。本番を想定して、しっかり臨んでください」

「「はい!」」

ビオラとアウラは元気に返事を返す。


……今日のレッスンには、プロデューサーはいらっしゃるのかしら?……いえ、いけませんわ。まずはレッスンに集中しなければ。

ビオラは決意を胸に秘めつつ、深く息を吸い込んだ。


しばらく車が走ったのち、静かな公園の前で車が止まる。

「おはよー二人とも。元気かい?」

停車するやいなや、元気な声とともにネージュが乗り込んできた。


「おはよう。あら、ビオラ少し疲れてる?」

続いて挨拶しながら入ってきたアイビスが、ビオラの顔をじっと見て言う。

「ちょっと昨日寝るのが遅くて」

ビオラはごく自然に、けれど簡潔に答えた。

「ダメだよ、夜更かしは私たちの敵だよー」

ネージュが口を尖らせて言うと、車の中が一気に賑やかになった。


全員がシートベルトを締め終わったのを確認し、圭一が皆に告げる。

「ルナとアクアは電車で現地に直接来るようなので、これで揃いました。それでは、向かいますね」


「お二人は別行動なのですね」

「二人ともアクティブで、すごいわよね」

ビオラが問うと、アイビスが笑って答える。


「何か顔バレするほど売れるまでは、電車とかに乗りたいんだって。物好きだねえ」

ネージュがからかうと、アウラがうなずきながら答える。

「でもわかります。私も電車で揺られるの好きです。景色も見れるし」

……今のわたくしは、電車で遠くに行くこともできますわね。いつか一人旅をしてみるのも良いかもしれませんわ。


車内の和やかな会話を聞きながら、ビオラは少しずつリラックスしていった。

……Ice Doll。本当に良いグループですわ。まずはしっかりと、わたくしの出来ることをやり切るべきですわね。


賑やかな仲間たちの笑い声とともに、車は高速に乗り、目的地へと速度を上げていった。

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