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16

ダンスレッスンが終わり、メンバーは汗を拭いながらクールダウンのためのストレッチを始めた。


その時間を利用して、ルナはアウラとビオラに、元々の Ice Doll の体制について説明を始めた。

「これまでの4人体制の Ice Doll は、もちろん全員が歌って踊るんだけど、

得意を活かした役割分担をしていたの」


ルナはそう言って、まず自身とアクアを見た。

「私とアクアがダンスで魅せる。

特に激しいパートや、芸術的な表現を求められるパートが多かった」


アクアは、ルナが過去形で話していることに気づき、ルナに視線を送った。

大丈夫とアクアに視線を返すルナ。


次に、ネージュとアイビスを見た。

「そして、ネージュとアイビスが歌に集中する。

特にネージュは、私たちのリードボーカル」


アクアが補足する。

「ネージュの澄んだ美しい歌声は、私たちの曲に静謐さを与えて、ファンを魅了しているのよ」

「いやいや、それほどでも」

ネージュは、照れたようにとぼけてみせたが、その表情にはどこか誇らしさが滲んでいた。


アウラはネージュを尊敬の眼差しで見つめた。

「知ってます。ネージュの歌、中学生のとき、めっちゃ癒されてました」

「ああ、去年はまだ中学生だもんね。若いね」

遠い目をするネージュ。

しまったという顔をするアウラ。皆が笑う。


ビオラは、ネージュの歌声を思い出し、頷いた。

……ネージュの歌声は、まさしくIce Dollの核となるもの。

そこに、アウラとわたくしはどのように加わるべきかしら?


ルナは、二人の新メンバーの顔を見据えた。

「あなたたちが入って、Ice Doll は大きく変わる。

ダンスも歌も。これから色々挑戦ね」

ルナの言葉に、アクア、ネージュ、アイビスが大きく頷く。

アウラとビオラも真剣な顔でルナを見る。


「さあ、移動しましょう」

アクアが促し、皆、ボイストレーニングに気持ちを切り替える。


ボイストレーニング室へ移動すると、講師のコウが待ち構えていた。

「みんな待ってたわよ。

まずは、ネージュ、あなたのイメージソング、『Alba Neige』を歌ってもらえるかしら。

バラードにアウラとビオラがどう絡めるか、検討してみたいの」

「はーい、コウ先生」

ネージュはいつも通り、どこか力の抜けた、ヘラヘラとした笑顔でブースに入った。


コウが音響準備をしながら、アウラとビオラに語りかける。

「知っていると思うけど、Ice Dollのメンバーはそれぞれイメージソングを持っているわ」

アウラとビオラがうなずく。


「光一さんがきっと今頃、あなたたちの分を考えていると思うけど、

まずは今ある歌にあなたたちをどう加えていくか、それが喫緊の課題ね。

これでよしっと、ネージュ。そちらの準備はいいかしら?」

「バッチリでーす」

ネージュがブースの中から返す。


『Alba Neige』が流れ出す。

イントロが終わり、ネージュが歌い出す。


「窓の外はモノクローム……」


その瞬間、室内の空気が零度に達したかのように一変した。

ネージュの表情から、いつものふざけた軽薄さは消え失せ、

代わりに静かな諦念と、深い切望を宿した大人の女性の顔が現れた。

彼女の声は、高く、澄んでいながらも、どこか冷たい湿度を帯びていた。

それは、まるで真夜中に、音もなく雪がしんしんと降り積もる情景そのものだった。

聴く者の心に、静かに冷たさが広がり、抗うことのできない切実な感情で満たしていく。


ルナがつぶやく。

「やっぱり、ネージュはすごいわね」

歌い終わると、ブースから出てきたネージュは、

あっという間にいつものヘラヘラした感じに戻っていた。


コウが、ネージュの才能を評する。

「調子は良いようねネージュ。

ビオラ、あなたの声はネージュと同じくらい完璧で美しい。

だけど、ネージュは『溶けかけた雪』の切なさを表現できる。

あなたに必要なのは、この『声に熱を乗せる』ことよ」

ビオラは、大きく頷いた。

「とても勉強になりました」


コウは、満足そうに頷き、パンと手を鳴らして空気を切り替えた。

「よし。じゃあ、ネージュとビオラでデュエットしてみて」

「え?……んでも面白そう」

ネージュは戸惑いつつも、すぐにいつもの笑顔に戻り、ブースに入る。


コウは、ビオラに楽譜を渡し、指示を出した。

「ビオラ、ユニゾンを意識して。

あなたの持つ『完璧な音程と声質』で、ネージュの感情的な歌を支えるの。

ただ、音を、美しく重ねて」

「承知しました」

ビオラは、新しい挑戦に背筋を伸ばし、ブースへと入った。


彼女にとって、感情を排した「完璧な音」は、最も得意とするところだった。

コウが再び『Alba Neige』を流し、ネージュとビオラが歌い出した。

ネージュの静謐で切ないメロディに、ビオラのクリスタルな音程が完璧に重なった。

そのユニゾンは、まるで雪の結晶が、冷たい空気を纏いながら、音もなく大きく成長していくかのようだ。

ビオラの感情が排除されたその超絶したユニゾンは、ネージュの切実な声を一層引き立たせる結果となった。

二人の声は合わさることで、さらに次元を一つ上げた。


「……これもアリね」

コウは腕を組み、その斬新な響きに思考を巡らせる。


曲が終わり、二人がブースから出ると、ネージュはビオラに微笑みかけた。

「すごいね、ビオラ。何か私の声がめっちゃゴージャスになった感じがした。

私だけの時より、すごく強くなった気がする!」

ビオラはネージュに褒められ、わずかに口元が緩んだ。

……わたくしが、メンバーの個性を高める役割を担えた。誰かの役に立てることは気持ちがいいですわ。


コウは満足そうに頷き、次にアイビスを指名した。

「次はアイビスね。」

コウがいうと、アイビスが少し緊張した面持ちでブースに入る。

「アウラ、アイビスの声、よく聞いておいてね?」

「はっ、はい!」

急に声をかけられたアウラが戸惑いながらも元気に返事をする。


アイビスのイメージソング『Volare Ibis』が流れ始めた。

イントロの弾むようなリズムが始まり、アイビスが歌い出す。


「ねえ 今君は何してる……」


彼女の声は、優雅で明るく、軽やかに宙を舞うようだった。

まるで、太陽の下で自由に羽ばたく美しい鳥の姿を思わせる。

ネージュは体を揺らしながら、アイビスの歌を楽しんでいる。

「やっぱ、アイビスの曲は元気が出るよね! 弾んでる!」

アクアも頷いた。

「アイビスの魅力は、この希望を感じる歌声」


「よしよし。アイビスも調子が出てるわね。

じゃあ、次はアイビスとアウラでデュエットね」

コウはアウラに楽譜を渡す。

「この楽譜の通り、低音のハモリをお願い。音を安定するように意識して。

あなたの熱い声が、アイビスの明るい希望をより立体的にするはずよ」

「はい」

アウラは、初めてのハモリに緊張しながらも、ブースに入った。


『Volare Ibis』が再び流れ、アイビスのメインメロディが始まる。

その下で、アウラの深く、力強いアルトが、楽曲の基盤を支えるように響いた。

アイビスの高音の軽やかさと、アウラの低音の安定感が、絶妙なバランスで溶け合った。

それは、空を舞う鳥の影が、光を浴びる本体を支えるように、楽曲に深みとグルーヴを加えた。

「素晴らしい!」

コウは、その新しい化学反応に声を上げた。


「薄々気づいたかもだけれども、新メンバーお披露目は、

『Glacies』、『Alba Neige』、『Volare Ibis』の三曲になるわ」

コウの言葉に、メンバー全員の顔に緊張と期待が走った。


「これから各自のパートの楽譜を渡すからしっかり練習すること。いいわね?」

皆がしっかりとうなずく。

「よし、じゃあ今日はこれまで」

ボイストレーニングを終えた六人は、コウに連れられて、事務所の会議室へ移動した。

そこには、プロデューサーの冬木光一、マネージャーの天城圭一、そして講師のミーナが待ち構えていた。


光一が口を開く。

「みんな、お疲れ様」

「今日のレッスンはどうだった?」

光一はルナに尋ねた。

「はい、順調に課題をクリアしています。アウラとビオラも馴染んできたように思います」

「「はい」」

アウラとビオラが声を揃えて返事をする。


「それは良かった。今日はみんなに伝えることがある。

新メンバーのお披露目の詳細が決まったよ。

来月の祝日16時から、場所はTokyo Musica。1000くらいの規模だね」

「Musicaかあ、ファンとの距離が近くて盛り上がるよね!」

アイビスの顔が綻ぶ。

Tokyo Musicaは、アイドルやアーティストがファンとの一体感を大切にするライブハウスとして知られている。


「そのとおり。ステージと観客席の距離が近い。それを理由にMusicaを選んだ。

1000人のファンと一体感あるライブを期待しているよ。

今回は新生Ice Dollを強く印象付けるのが目的だ。そのために色々考えている」


圭一が、ディスプレイの電源をつけて、PCと繋ぐ。

画面に企画案のメインスライドが映し出される。

光一が続ける。

「今回披露する三曲のことは、もう聞いたかな?」

メンバーが力強く頷く。


光一は、ディスプレイに映し出されたダンスパートのフォーメーションを指差した。

「『Glacies』の間奏のダンスは、シンクロを極限まで見せつけるパートだ。

ここは、ルナとアクアに頑張ってもらう、いいね?」

「「はい」」

二人が気合を入れる。


「ダンスはリング上ステージをフル活用する。

これがあることもMusicaを選んだ理由だ。

サビを歌いながら、皆等間隔に並ぶように移動してほしい。

そして、始まるシンクロダンス。六人の間にはディスプレイも配置する。

360度どこをみても、同じ動きをするIce Dollがいるという構図だ。

人智を超えた氷の女神、その神秘性を存分に表現してほしい」


画面に映る企画イメージ図をメンバーは真剣に見た。

1000人を囲む円形ステージでのシンクロは、確かに圧巻だろう。

ルナはすでに企画内容を頭に叩き込もうと、集中していた。

その様子をみて、アクアが微笑む。

「楽しみだね」


「あと、とっておきのサプライズをファンに用意しているんだ。

アウラのおかげで思いついた。これはせっかくだから、当日までのお楽しみだね。

アウラ、後で企画書を渡すからみておいて」

アウラは、何のことか分からず首を傾げたが、

にっこり笑う光一に見つめられて、小さく「はい」と頷いた。


「そして、ネージュとビオラ」

「「はい」」

二人が声を揃える。


「きみたち二人をボーカルとして、『Alba Neige』を二曲目とする。

コウ、どうだい?行けそうかい?」

「さすが光一さんの見立てね。バッチリよ」

コウが太鼓判を押す。

さきほどのレッスンはここにつながるのかと、

ビオラは光一のプロデューサーとしての先見の明に改めて感心した。


「最後の曲が、『Volare Ibis』だね。

行けるね?アイビス、アウラ」

「「はい」」

アイビスとアウラも力強く返事をした。


「アップテンポなこの曲は中央ステージを使う。

君たちの魅力を存分にファンに届けてほしい。

いいかい、みんな。きっと楽しいステージになる。

僕も企画に穴がないか見直して、スタッフと色々調整していくよ。

忙しくなるけど、頑張ろうね」

光一の言葉に、メンバーは皆、ライブへの興奮と、これから始まる厳しい練習の日々への覚悟を新たにした。

体をしっかり休めることも大事だよと、光一は会議を締めくくった。


「よし、じゃあ今日はここまでだ。解散!」

みんな興奮しつつも、解散した。これから忙しくなる。


ビオラが荷物をまとめて事務所を出ようとしたとき、プロデューサーの冬木光一が声をかけてきた。

「ビオラ、ちょっといいかい?」

「はい、プロデューサー」

ビオラは背筋を伸ばして答えた。


光一の顔には、いつも以上に真剣な色が浮かんでいる。

「話があるんだが、ついでだし家まで送るよ」

「えっ?ありがとうございます」

光一が、高級セダンを玄関口に回してくる。

ビオラは助手席に乗り込んだ。


車が走り出して少しの間、車内は静寂に包まれた。

ビオラは、隣で運転する光一の横顔を盗み見る。

その凛とした横顔に、なぜだか、記憶に残るリヒトの面影が重なる。


やがて、光一が口を開く。

「どうだい?Ice Dollは?」

「とても刺激的で、充実していますわ。

皆さまの才能に触れ、わたくしも多くの課題を見つけることができました」


「それは良かった。

しかし、君は不思議な雰囲気を持っているね」

光一は、ハンドルを握りながら、ビオラに視線を向けずに続ける。

「まるで本物の貴族のお嬢様のようだが。

それでいて失礼だけれど花城家は普通のご家庭のようだし」


ビオラは、内心の動揺を完璧に隠し、優雅に微笑んだ。

「ふふ。女性には秘密がつきものですわ」

「そうだね。

……何か君と話していると、懐かしい気持ちになるんだ」


光一の言葉に、ビオラの心臓が再び跳ねた。

……なぜかしら。わたくしもプロデューサーといると、前世の記憶がたびたび出てくる。

偶然?…… それとも……


ビオラは、探るように光一に問いかけた。

「懐かしいとは、どのような意味でございますか?」

光一は、わずかに遠い目をした。

「そうだな……。完璧で、近寄りがたい、氷の美しさ。

何よりも気高さを求め、それを手に入れるために孤独を厭わない。

そんな君に見惚れている自分の姿が、なぜだか、ありし日の光景として浮かぶんだ」


信号で車が停まる。光一は、ビオラを直視した。

「君の『高貴さ』を、ステージで表現できないかな?

君の才能は、私がこれまで見てきたアイドルの中でもずば抜けていると直感している。

君が Ice Doll の『次元』を変える力となってくれると確信している」

ビオラは息をのむ。


青になり、光一は前を向く。

ビオラは、光一の言葉と、リヒトの面影を重ねた視線に、強い決意を抱いた。

…… Ice Dollのメンバーとして私ができること。何よりもこの人の期待に応えたい。


「……精一杯、頑張りますわ」

「一緒に頑張ろう」


車は、ビオラの自宅前に静かに停まった。

「今日はありがとう、ビオラ。おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ」

ビオラは車を降りると、光一の車が見えなくなるまで、姿勢を崩さずに見送った。


ビオラは、自宅の扉を開け、リビングに向かう。

「ただいま、帰りました」

まずは、リビングでテレビを見ていた剛志と美咲に挨拶をした。


美咲が応える。

「おかえり、紫音。ご飯は食べてきたのよね?」

「はい、レッスンの合間の休憩で食事は済ませましたわ」


剛志が続く。

「おかえり。疲れているようだね。お風呂、沸かしてあるよ」

「ありがとう、お父様」


ビオラは、部屋に荷物を置き、すぐにお風呂へと向かった。

湯船に浸かると、肉体的な疲労だけでなく、

光一の言葉によって張り詰めていた精神的な緊張も少しずつ和らいでいくのを感じた。


風呂から上がり、部屋に戻ると、ふわふわの白い猫のキャラクター、しろまるがビオラをじっと見つめていた。

思っていたよりも疲れていたらしいビオラは、すぐにベッドに横になった。

ローゼンブルク家の侍女がみたら悲鳴をあげそうだ。


「はぁ……」

ビオラは、しろまるの柔らかい毛並みを撫でながら、ぼんやりと尋ねた。

「ねえ、しろまる。わたくしの才能って、なんなのかしら?皆様の役に立てるかしら?」


しろまるは、ただビオラを見つめ返した。

その瞳は、宇宙のように澄んでいて、ビオラの心の内を見透かしているかのようだった。

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