表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/20

15

トレーニング室には、昨日ビオラが見た個人用のブースが二つと、音響ミキサーが置かれたスペースがある。


その前に一人の女性が立っていた。

「初めまして。ボイストレーナーのコウです。アウラとビオラね。これからよろしくね」

「「よろしくお願いします」」

アウラとビオラが揃って頭を下げる。


静かに微笑んだコウは説明する。

「まず基本的な発声から見ていくわね。じゃあ、さっそくアウラ、ブースに入ってくれる」

アウラはうなずくと、喜んでブースに入り、ヘッドフォンを装着した。

コウの指示に従い、アウラが発声していく。

それは、強く、深く、音響ブースのガラスを振動させるほどのエネルギーを伴っていた。


彼女の声は、聴く者の心を直接揺さぶる「熱」を帯びていた。

「やっぱ、すごいね。アウラの声」

ルナが感心する。

「なんか聞いているだけで、熱くなる!」

アクアが感動したように言う。


コウも驚いている。

ただ、すぐに講師の顔に戻り冷静な指示を出した。

「OK、アウラ。素晴らしいわね。

それじゃあ、その熱声をピンポイントで爆発させるテクニックを磨いていくわよ。

音程の芯を、針のように細く意識して……」

アウラは、その指示に従い、力の入れ方を模索し始めた。


一通りのレッスンが終わり、へとへとになるアウラ。

「ふえー疲れた」


その様子にクスリとするビオラだったが、コウに声をかけられ表情を戻す。

「それじゃあ、次は、ビオラね」

「はい」

ビオラがブースに入り、声を出した。

彼女の声は、完璧に整えられていた。

音程は正確で、発音は明瞭。

声量も豊かで、一切の濁りがない。


まるで完成された楽器のような声を聞き、ルナ、アクア、アウラは驚きを隠せない。

「あなたはまた違う意味ですごいわね。音程、リズム、声量、全て完璧だわ」

コウは、感心したように言って、さらに続けた。

「あなたの課題は明白ね。声に感情がないわ。

声に熱を乗せる。それができれば最強よ」

「声に熱を乗せる」

「すぐには難しいかもだけど、頑張りましょう」


「あの、コウ先生」

ビオラは静かに尋ねた。

「なに?」

「すこし試したいことがあるのですが、よろしいかしら?」

「試したいこと?」


ビオラは、隣のブースを指さした。

「アウラ、そっちのブースに入ってくれる?」

「デュエットってこと?」

アクアが疑問をつぶやく。


「二人で『Glacies』を歌ってみてもいいですか?」

「なんか面白そうね。ええ、良いわよ」

コウは承諾する。

アウラも自分の熱量がビオラの完璧な声とどう響き合うのか興味津々になり、乗り気になった。


ルナが、音響ブースに入り、「Glacies」の曲を準備する。

イントロが鳴りだす。

「それじゃあアウラがリードでいける?」

「いいよ!」


アウラが歌い出す。

「鼓動の誤差に……」

その出だしは、魂を揺さぶるような力強さとなった。

「すっ、すごい。初めて聞く歌みたいね」

アクアが思わず言う。

「ネージュに悪いけど、アウラがリードで決まりかな」

ルナも、その熱量に圧倒され、思わず本音を漏らす。


Aメロを歌い終わったアウラはビオラに視線を送る

「そのまま、続けて」

ビオラはそう言って、アウラがBメロの最初のフレーズに入った時、


「「千億年続く……」」


その瞬間、空気がビリビリと震えた。

アウラの爆発的な熱量を、ビオラの完璧な声が、寸分の隙もなく包み込む。

それは、熱量が無闇に爆発するのを防ぎながら、その輝きを増幅させる、絶対的な調和だった。


歌いながら、アウラは満面の笑みになる。

自分の「熱」が、さらに大きなエネルギーとなって跳ね返ってくるのを感じたのだ。


「やっばい!」

ルナが思わず叫ぶ。

彼女の声は、驚きと、未来への興奮に満ちていた。


「……ほんとにやばいね」

静かに感動するアクア。


コウも、あいた口が塞がらない。

彼女は、Ice Dollの理想が、今、目の前に姿を現したことを理解した。

「いいね、最高よ、あなたたち。

ああ、パートの組み直しが必要ね。忙しくなるわ」


興奮するコウに、ルナは苦笑いを浮かべる。

「コウ先生。レッスンまだ終わってませんよ」

「おっといけない。そうだったわね。

それじゃあ、あっちの広めのブースに4人で入って、『Glacies』を合わせてみましょう。

もっとすごいことになるわよ」


こうして、ルナ、アクア、アウラ、ビオラの四人は、

ボイストレーニング室の広いブースに移動して、さらなるレッスンを続けるのだった。


ダンスとボイストレーニングのレッスンを終え、時間も遅くなってきたため、

アウラとビオラは先に帰路についた。

そのあと、ミーナ、コウとともにルナとアクアは談話室に残っていた。


ミーナもコウも、アウラとビオラの才能を絶賛していた。

ルナとアクアは、その衝撃を消化しきれていない様子だった。


そこに、プロデューサーの冬木光一が珈琲カップ片手に談話室を訪れた。

「お疲れさま。新メンバーとの初レッスンはどうだった?」


光一の穏やかな問いかけに、コウが興奮気味に身を乗り出した。

「光一さん、とんでもないことになったわよ!

アウラの熱を、ビオラの声が完璧に制御するの。

私たちが求めていた形が、一瞬、具現化したわ!」


ミーナも頷く。

「ダンスもよ。ビオラの技術は完璧。

アウラの野生的な才能もすごい。

あとは、それをどうIce Dollのシンクロに落とし込むかだけ」


光一は、その報告を聞きながら、静かに目を閉じた。

そして、ゆっくりと目を開く。

「そうか。やはり、私の目に狂いはなかったようだ」


ルナとアクアは、改めて光一の慧眼に戦慄した。

このプロデューサーは、二人の新メンバーが持つ才能が、

どのように融合するかを最初から見抜いていたのだ。


「ルナ、アクア。君たちは少し、戸惑っているようだね」

光一は優しい声で二人に問いかけた。


ルナが口を開く。

「いいえ、大丈夫です。ただ、正直、あの二人に負けていると感じただけです」

光一は微笑んだ。

「負けていないさ。君たちも私が選んだのだよ。

Ice Dollはこれから新しい力を得て、六人で輝く。

私にはその光景が見えている」


その言葉は、ルナとアクアに、新たな高みを目指す決意を与えた。


一方、駅ではアウラと別れたビオラが電車に乗り込むところだった。

疲労を感じながらも、充実感に満たされていた。

……ミーナ先生のおっしゃる通り、ダンスはシンクロが課題ですわ。

わたくし一人が完璧でも、Ice Dollとしては未完成。


ビオラの頭脳は、既に解決策の模索に入っていた。

……そうだわ。皆に身体強化魔法をこっそりかけるのはどうかしら?

わずかでも身体能力を底上げすれば、シンクロの難易度は下がるはず。

違和感を感じない程度の匙加減が難しいけれど、やる価値はあるわね。

ネージュやアイビスとの練習が待ち遠しいですわ。


ビオラは、Ice Dollをどう進化させるか、そのアイディアが止まらない。

……そしてコウ先生のおっしゃった『声に熱を乗せる』という課題。

アウラの声と合わせることで、一瞬クリアできたけれど、わたくし自身の声にも熱が必要ですわね。


声に感情がない。

それは、公爵令嬢として感情を押し殺し、完璧であることを強いられた前世のビオラ・フォン・ローゼンブルクの生き様からくる「氷の殻」だ。

ビオラは、前世で抑圧していた感情を解放する難しさを痛感していた。


翌日、学校の昼休み。

ビオラは、Ice Dollの活動で疲れた身体を癒すように、静かに学校の廊下を歩いていた。

契約を交わし、本格的にレッスンが始まったことで、彼女の表情は引き締まり、纏う雰囲気はさらに洗練されていた。

中庭の並木道に近づいたとき、一人の男子生徒がベンチに座って本を読んでいるのが見えた。

「冬木様」

声をかけると、冬木悠真は顔を上げ、穏やかな笑顔を見せた。

「こんにちは、花城さん。Ice Dollの活動はどう?」


「ええ、楽しんでますわ」

悠真が隣のスペースを空けたので、ビオラはそこに優雅に腰掛けながら返事する。

ビオラは、思わず笑みをこぼしたが、すぐに表情を引き締めた。


「冬木様、お聞きしたいことが」

「ああ、Ice Dollのプロデューサーのこと?

実は父親なんだ。黙っててごめん」


悠真の率直な告白に、ビオラは驚きつつも納得した。

「そうでしたのね。冬木とおっしゃられるから、何か繋がりはあるのかと思っておりました。

それにしても……」

「まあ、若く見えるよね。というか実際若いんだ。

僕、父さんが18の時に生まれたから」

悠真は、少し遠い目をする。

踏み入ってはいけない空気が流れて、ビオラは口をつぐんだ。


じっと悠真の横顔を見つめる。ビオラの心が少し跳ねる。

悠真が急に目線をビオラに向ける。

ドキッとするビオラ。


だが、悠真はそれに気づかず、話を続けた。

「そういえばさ、この間、父さんが花城さんのこと、すごく褒めてたよ。

普段は仕事の話なんて家ではしないのに。

よほど花城さんを気に入ったんだね」


ビオラの心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

……光一様がわたくしを気に入っている。

それは、プロデューサーとしての評価か、それとも……


「ふふ、ありがたいことですわ」

ビオラは平静を装い、微笑んだ。

「僕も楽しみにしてるよ。

これからのIce Doll、しっかり応援するよ。ところでさ……」

「なんでしょう?」

「いや……なんでもない」

「気になりますわ」


「えっとね……

僕も父さんも冬木だろ? 区別しにくくないかなって」

悠真は少し照れたように言った。

ビオラは、思考を通さず、自然に口から出た言葉をそのまま答えた。

「えっと……それでは、悠真様とお呼びしますわね」


青い風が吹いた。


悠真は耳まで真っ赤になった。

それに気づき、遅れてビオラも顔が熱くなるのを感じた。


ビオラは、顔に感情が出てしまったことを悔しがる。

公爵令嬢として、表情筋は常に完璧に制御されるべきだった。

……いけませんわ。顔が熱くなるなんて。なぜだか悠真様の前だと、感情が制御不能になりますわ。

しかし、この制御不能な感情こそが、奇しくも彼女がコウ先生から指摘された「声に熱を乗せる」ことにつながることだった。

内側から湧き出る「熱」が、彼女の「氷の殻」を打ち破ろうとしていた。


甘酸っぱい空気はまだ流れている。

悠真は意を決したように言った。

「じゃ、じゃあ僕も名前で呼ぶことにするよ。しっ、紫音さん」

お互いの顔を見ることができず、二人は下を向いてしばらくの間、じっとしていた。

穏やかな昼の陽気が、彼らの間に流れる静かな時間を照らしていた。


放課後、圭一が運転する車に乗り込んでいるアウラとビオラ。

「やっほー」

車が止まると、そこに待機していたアイビスが挨拶をしつつ、ワンボックスに乗り込んできた。


「「おはようございます」」

アウラとビオラが丁寧に挨拶する。

「うん、おはよう。後輩ができるのも悪くないな」

アイビスは少し大人びた表情で微笑んだ。


事務所につくと、三人は控え室に移動した。

そこには既に、ルナ、アクア、ネージュが揃っていた。


「「「おはようございます!」」」

アイビス、アウラ、ビオラが元気に挨拶する。


すぐに、アウラとビオラに詰め寄るネージュ。

「聞いたわよ!

とんでもない『Glacies』を二人で歌ったって。

コウ先生が大興奮だったって話!」


「そうなの?」

アイビスも身を乗り出す。

「落ち着きなさい、ネージュ。

ボイストレーニングで聞かせてもらえばいいじゃない」

アクアが宥める。


「ダンスもすごかったよ。ビオラはキレっキレっだよ」

ルナが不用意に情報を付け足す。

「そうなの?」

アイビスがさらに身を乗り出す。

彼女の目は好奇心で輝いている。


「ちょっとルナ! いいから移動して、ストレッチ始めるわよ」

アクアは混乱を収束させるように言う。

「はーい、お母様」

ネージュが、ふざけてアクアをからかう。


「ああん?」

アクアが低い声で睨みつける。

「なんでもないです。移動しまーす」

ネージュはそそくさと逃げ出した。


笑いながら、他のメンバーたちもダンスルームへとついていく。


「おはよう、みんな」

メンバーがダンスルームでストレッチをしていると、ミーナがやって来た。

皆がミーナに挨拶をすると、さっそくとミーナが指示を出す。

「今日はせっかくなので、全員で合わせをしてみましょう。

ひとまず急ぎで『Glacies』の六人バージョンの立ち位置と展開を考えて来たわ。

まずはゆっくり合わせるわよ」


ミーナは、ディスプレイの電源をつけると、

六人用の新しいフォーメーション図を映し、開始位置からの動きを説明し始める。


センターはルナ。

ビオラはその右後ろだった。

ミーナはメンバーへ指示を出して、動きを整えていく。

「アウラとビオラは、ルナの動きをしっかり見て。

アクアとネージュとアイビスは、このラインを意識して」


何度か繰り返して、ミーナはひとつ頷いた。

「よし、それじゃあ、合わせるわよ。準備は……いいわね」

そういって、オーディオのスイッチを押す。


「Glacies」が流れ始める。

流れるように動き出す六人。


ビオラは、メンバーの動きの観察に集中していた。

ルナやアクアが持つ「氷の芸術」ともいうべきシンクロ率。

アウラのワイルドな動き、ネージュの軽やかさ、アイビスの優雅さ。

その全ての特徴と、個々の動作の癖、そして限界を正確に見極めようとしていた。


「良い感じね。アウラ、ビオラの飲み込みも早いわ。

いくつか修正があるけど、まずは、このまま最後までいくわよ」

ミーナは満足げに声を上げる。


六人のダンスが進んでいき、間奏のダンスパートに入る。

……今ね。

ビオラは心の中でつぶやくと、小さく身体強化魔法を唱えた。

威力はごく少量に、皆の動きの癖を補正し、シンクロ率をわずかに高める適量を計算して。

微細な魔力の光が、六人の身体をかすかに包み込む。


そのとき、全員の動きのキレが増した。

体幹が安定し、関節の可動域がわずかに広がった感覚。

まるで、世界が突然、最適な環境に調整されたかのようだ。


「えっ?」

アイビスが思わず声を上げる。

「なんか体が軽い……!」

アウラは驚きと喜びで目を輝かせた。

「すごい動ける!」

ネージュも、自分のダンスに今までにない力強さを感じた。


ミーナは、その変化の理由がわからず戸惑ったが、すぐに興奮して叫ぶ。

「あなたたち、素晴らしいわ!

みんなルナとアクアについていけてる。完璧なIce Dollよ!」


ビオラは、魔力の微調整が成功したことに内心で頷いた。

……これなら、違和感を持たれずに、皆のシンクロ率を高められますわね。

この調子でIce Dollを新たな高みへ導きますわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ