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メンバーたちはしばし余韻に浸っていた。
アウラが放った爆発的な声量は、「Ice Doll」にとって、まさに「氷を溶かす熱」だった。
ブースから出てきたアウラは、自分の声が他人にどんな衝撃を与えたのか知らず、
目を輝かせてメンバーに尋ねた。
「どうでした、わたしの声!」
ルナとアクアは顔を見合わせ、静かに頷いた。
「すごい、の一言よ。本当に」
アクアが素直に褒めると、ルナもつづく。
「光一さんが言っていた『圧倒的な声量』。まさにその通りね」
「さあ、じゃあ次に行くよ」
ルナが気持ちを切り替えて、施設巡りを再開させた。
一行は、ボイストレーニング室を出て、広大なダンスルームへと移動する。
壁一面の鏡と、衝撃吸収材の床を見たアウラは「広ーい!」と声を上げた。
続いて、プロ仕様の機材が並ぶジム、カラフルなソファと大型モニターが置かれた開放的な談話室、セキュリティ管理された更衣室、そして清潔なシャワー室などが次々と案内されていった。
「ロッカーは個人ごとにあるから、貴重品の管理はしっかりね」
アクアが補足する。
施設はどれも新しく、プロのアーティストが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、細部にまで配慮されていた。
「すごい。こんな素敵な環境で活動できるなんて……!」
アウラは、目を輝かせながら全ての部屋に感動していた。
全ての巡りが終わり、メンバーは再び応接室に戻ってきた。
「さて、施設案内はこれで終了。あとは歓迎会だね!」
ネージュが弾んだ声で言い、ルナが得意顔でカフェの名前を口にした。
「よし、それじゃあ、駅前の、えーっと、ル・シミエール・デ・ミクールへ行きましょう!」
盛大な言い間違いに、ネージュがニヤニヤとルナを見つめる。
アクアは「あちゃー」という仕草で顔を覆った。
アイビスが、仕方ないなという顔で訂正する。
「違いますよ、ルナ。ル・シエークル・デ・リュミエールです」
ルナはキャップを深くかぶり直し、完全に自信を失って嘆いた。
「やっぱ無理だよお」
「はいはい、大丈夫、大丈夫。案内は私がするから」
アクアが優しくルナをフォローする。
四人は笑い合いながらロビーに向かって歩き出す。
アウラとビオラは、ニコニコしながらその後をついていった。
ロビーを出る前に、ルナがキャップを目深にして、後ろを振り返る。
「外に出たら、コードネームはダメよ。身バレは極力防いでね」
「あと、今日はいいけど、これからは少しは顔を隠すようにね。ちょっとの工夫で十分効果的だし」
そういって、アイビスがマスクをつける。
「呼び名は下の名前でよろしく。苗字とか距離感あって寂しいよね」
いつの間にか、水色の縁の伊達メガネをかけたネージュが言う。
「それじゃあ行きましょう」
茶色のハットを被ったアクアが全員を促した。
うわさの駅前のカフェ「ル・シエークル・デ・リュミエール」。
平日の午後四時ごろということもあり、なんとか席があったようだ。
店内は隠れた古書店の片隅のような、シックで落ち着いた内装だ。
小さな花に溢れる素敵な中庭の席、六人で座れる長テーブルに着いた。
「このお店、本当に雰囲気が良いですね。大人になった気がします」
アウラが感嘆の声を上げる。
「でしょう? 雫のカフェチェックはプロ級よ」
ネージュがアイビスを指さす。
「ふふ。凛さん、ありがとうございます。ここのミルフィーユが絶品らしくて!
いつもは我慢ですが、今日は皆がいます。シェアしましょう!」
アイビスは大きなマスクをしているが、目元から上機嫌が溢れている。
ルナはメニューに集中し、唸っている。
「ぬぬ、飲み物まで名前が長いんだねえ。私は普通のカフェラテでいいや。分かんないし」
「もう、理央ったら。せっかくファーストフラッシュがあるんだから、
このダージリンの中から選びなさい。選択肢が少ないと楽でしょ?」
アクアが笑いながらも、ルナの世話を焼く。
アウラもメニューを見ても分からなくて、アクアに泣きついている。
「詩織さん……どれを選べばいいか全く分かりません!」
ルナとアウラの二児を抱えたアクアママは、頼もしそうな表情だ。
「はいはい。じゃあ、理央はダージリン。紅葉は桃のフレーバーティーにしましょうか。
紫音は何にする?」
ビオラは、前世で管理していたローゼンブルク公爵家の広大な茶畑を思い起こした。
……紅茶はこだわったわねえ。あちらの世界のリムサムに近いのはどれかしら。
ふむふむ、説明がしっかりしていて、ありがたいわね。えっと、似ているのはたぶん、これね。
「わたくしは、このアッサムのセカンドフラッシュにいたしますわ」
キョトンとするアクア。しかし、次の瞬間、彼女の瞳が輝いた。
「紫音、紅茶詳しいのねえ! 時期的にも今だし、アッサムはやっぱりセカンドフラッシュよねえ。
紫音とは話が弾みそう!」
「よろしくお願いしますわ。詩織お母様」
丁寧に返したビオラは、あっしまったと思う。
……おっと、いけませんわ。心の声が出てしまいましたわ。
「ははは、詩織、お母様だって」
大笑いするネージュ。
「わたしも呼ぼうかな?詩織お母様?」
ルナが悪ノリする。
わなわなするアクア
「わたしはあなたたちの母親ではありません!」
カフェの席には、賑やかな笑い声が溢れていた。
笑いが収まると、ルナたちは改めて、アウラとビオラに自分達のことを詳しく教えてくれた。
Ice Dollは結成して二年になるという。
ルナとアクアは、切磋琢磨する公私にわたる親友で、一緒に住んでいるらしい。
二人ともダンスが好きで、その魅力を完璧なパフォーマンスを通して人々に伝えたいという熱い思いを共有していた。
ネージュは、メディア学を学ぶ大学生。
彼女の興味は「ポップカルチャーの魅力をいかに伝えるか」にあり、アイドル活動はそれを実践しながら模索する場だと語った。
そしてアイビスは、空間芸術に興味がある。
それが高じて「ル・シエークル・デ・リュミエール」のような美しい空間を持つカフェ巡りをするようになったのだという。
「だからね、紅葉も紫音も、アイドルの形を自由に考えてくれていいのよ。この六人の個性が集まってIce Dollになるのよ」
ルナが、多様な個性がIce Dollの魅力を創ると話をまとめた。
「明日から、よろしくね。紅葉」 「よろしく、紫音!」
別れを惜しみながら、六人は駅で解散した。
先にいった四人を見送ったアウラとビオラは向き合う。
「紫音さん、明日も頑張りましょうね!」
アウラは、今日初めて得た仲間に興奮冷めやらぬ様子で、力強く手を振った。
「ええ、紅葉さん。また明日、よろしくお願いいたしますわ」
ビオラも静かに手を振り返した。
ビオラは一人、帰りの電車に乗り込んだ。
……ルナ、アクア、ネージュ、アイビス、アウラ。そして、わたくし……ビオラ
これからが、楽しみですわ。




