仮面の下の王子様
全ての顔合わせが終わり、少し凝った肩を押さえて軽く首を回した。輝く金髪がさらりと揺れる。背後から側近の男が声をかけた。
「気に入った女性はいらっしゃいましたか?」
「つまらない冗談を言う」
ふっと鼻で笑って、ミハイルは目を細めた。
「そうですか?」
「こんなもの。なんの意味もない、ただの茶番さ」
対外的に取り繕うための時間稼ぎに、付き合わされた令嬢たちもかわいそうに。同情的なため息をついて、ミハイルはゆっくりとソファに体を預けた。側近の男はメガネを押し上げ、主人である幼馴染の王子を見つめている。
「……そうは言っても、彼女たちの中から妃を選んでも別段構わないでしょう」
「あと1年もしないうちに、聖女が現れるというのに?」
「ですが、必ずしも聖女を妃にしなければならないわけでは……」
人好きする顔でゆるりとミハイルは微笑んだ。
「この国にとって最善だろう、国民からの支持も絶大なものとなる」
そう言って、美しい青い瞳を細める。柔和な表情、穏やかな微笑み。見た目とは裏腹に、全てが無機質で理性的なもので構成されていた。
「生涯を共にするのですから、気の合う女性の方が良いと思いますけどね」
「エルジ、案外お前はロマンチストだ」
「あなたは生まれながらの為政者ですよ。では第二妃でも迎えます?」
「歴史を学べ。不要な火種を生むのは面倒だ。……後継が生まれなければ考えよう」
「ははは」
少し砕けた会話を楽しめば、疲れも薄れる気がした。側近が部屋を立ち去れば、静寂が部屋に落ちる。片手で目を覆い、深い息を吐いた。
脳裏に、ふと一人の少女の姿がよぎった。
自信に満ち溢れた勝気なアメシストの瞳が、みるみると翳り、尋常ではないほどに怯えた顔に変わる。
そういえば
「……あんな反応をされたのは、初めてだったな」
幼い頃から熱のこもった視線で、こちらを穴があくほど見つめて来た少女。真正面から相対した今日、自分が選ばれると信じて疑わない目をして。貴族に生まれた以上、結婚など様々な思惑が絡みつくというのに。甘やかされて育てられたわがまま娘。その滑稽な姿は見方を変えればあまりにも素直すぎて、特に意味もなく目に付いた。今日は自分が特別扱いされないことに癇癪を起こし、ひと騒動起こすかもしれないと他人事のように予想していた。だからこそ周りの衛兵たちも少女の一挙一動を見守っていたが、どうにも様子がおかしかった。いや、様子がおかしくなったのは最後だけだ。ミハイルがエスコートするためにその手に触れた、その途端。
驚き、困惑、絶望に染まる紫の瞳。震える肩、怯えた表情で身をよじり、この手を振り払った。真っ青なその顔色に、首をかしげる。思い通りにいかず、癇癪を起こしている様子ともまた違う。ともすれば叫び声でも上げそうな勢いで、衛兵を押し退け逃げ去るように消えていった。
そのあとは、何も印象深いものはない。予定調和の顔合わせに、教育の行き届いた令嬢たちの慎ましやかな挨拶が続いた。今の所は、この中から婚約者を選ぶ予定としているが、間も無く聖女が現れればその者を選ぶことになるだろう。聖女が現れるという予言は、王宮の一部の者しか知り得ない。この国の後継者として生まれた以上、望まれたように振る舞い、選択するべきだろう。まだ見ぬ聖女の手を取り歩む未来を見据え、窓の外を眺める。
優しくて、穏やかで、理想的な王太子。誰もがうっとりとミハイルを見つめ、嘆息する。
光り輝く素晴らしい未来に、一点のシミがぽつりとにじむ。潤んだアメシストの瞳に映るのは絶望か、恐怖か。美しい黒髪の少女が、まるで化け物を見るような目で、こちらを見つめていた。