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わがまま悪役令嬢な私

綺麗なものに囲まれて、美しい両親に愛される貴族のお嬢様。それが私。

光を受けて輝く黒髪に、宝石のようなアメシストの瞳。透き通るような白い肌。バラ色に染まる頬。愛らしいお嬢様。エバリー・ラッセル。

私が願えば、欲しいものはなんでも手に入る。世界は全て、私のためにあるの。

この国には王家が存在して、第一王子様は私より3歳年上の美しい少年。10歳の頃、わがままを言って父について行った私は、王城で初めて王子様に出会った。出会ったとは言っても、遠くからその姿を見つけただけ。でもその美しさに私は一目で恋に落ちた。絹糸のような金髪に、空を映し出したような青い瞳。柔和な笑みを浮かべた理想的な王子様。

身分としては申し分ない。私以外の誰があの人の婚約者になるというの?恋に落ちた私は、帰ってすぐに父に彼の婚約者になりたいとお願いした。いつも笑顔でなんでも叶えてくれる父は、珍しく困ったような顔をして、すぐに返事をしてくれなかった。それに腹を立てた私は、癇癪を起こして泣きわめいて、部屋に閉じこもった。

「エバリー、愛しいお姫様。どうかここを開けておくれ」

父や母の猫なで声が不快で、シーツをかぶって耳を塞いだ。ご機嫌とりにはうんざりだった。今の私が欲しいものはただ一つだけ。そんな簡単なことを叶えられないなんて。なんでも叶えてあげるって言葉は嘘だったってこと。

「うそつきうそつき!お父様もお母様もきらいよ!」

金切り声を上げて、癇癪を起こす私を尻目に使用人たちが顔を見合わせてこっそり息をつく。

どうすれば、一体どうすればあの人が手に入るのだろう。

美しい人形も、ドレスも、アクセサリーも、調度品も、何もかも持っているのに。あの人が手に入らない。

そんなことは許されない。

しかし王子の婚約者になるということは、つまり未来の王妃になること。そう簡単には婚約者になれない。私に根負けした父の頑張りもあり、12歳の頃、私は無事に婚約者候補に選ばれた。婚約者候補は何人もいたけれど、私が一番美しかった。誰よりも努力して、気品ある所作も、教養も、マナーも何もかもを手に入れた。

時は流れて、私は16歳になった。

自身に満ち溢れている私は、傲慢で、不遜で、勝気で、それが不思議と人を惹きつける。私が口角を釣り上げれば、みんな真っ赤な艶めく唇に釘付けになる。星の光を吸い込んだ夜のような長い黒髪をひるがえし、振り返れば感嘆の息が漏れる。

今日、ようやく王子様に会える。

恋い焦がれたあの人に。

婚約者候補となっても、言葉一つ交わしたことのない、雲の上の人。何度か遠目で見かけても、近づくことのできない高貴な人。

婚約者候補の令嬢として、初めて今日対面する。

何人もいる候補の中の一人だけれど、父の努力により1番目に対面することができるようになった。

この扉を開ければ、あの人がいる。重厚な扉の前に立ちふさがる、無粋な衛兵たち。妖精のベールのようなドレスを身に纏い、はやる胸を抑えて口元を手で隠す。

もはや言葉は必要ない。

開かれた先にいた、美しい人。透き通る青い瞳が私を映している。

微笑みを浮かべて私に話しかける。

「やあ、私はミハイル・ディートルヒ。こうして会うのは初めてだね。」

あれほどまで、練習したというのに。唇が震え、足は縫い付けたように地面から離れない。強張る頬を噛み締め、ドレスの下に隠れた足で、自らの片足を痛いほど踏みつけた。無様にもふらふらと歩みを始め、震える指先でドレスをつまみ頭を垂れる。

「私は公爵家の娘、エバリー・ラッセルでございます。ずっと、この日を待ちわびていました。」

きっと、王子様も一目で私を気に入ったでしょう。この私を。この後に続く、他の婚約者候補などもう必要ない。私がいるのだから。

期待に潤ませた紫の瞳を向ければ、王子は先ほどと変わらない微笑みを浮かべて麗しい唇を開く

「ありがとう」

その言葉を皮切りに、衛兵が高らかに叫ぶのだ。私の名前を、私の退場を。

どうして

裏切られたような心地だった。

あなたに会うために、こんなにも努力したというのに。王子様にとっては数多の令嬢のうちの一人に過ぎなかったというのか。

温度の変わらない青い瞳。穏やかで凪いだ瞳。私を優しく見送る。

なかなか動こうとしない私に目を細め、手を差し伸べる。なんて虚しいのか。

愛しい人の手に触れられる機会を、逃したくはなかった。それが退場を促すための、エスコートだったとしても。

麗しいその手が触れる。

ばちん、と。

静電気のような鋭い痛みが走った。

目の前がチカチカと明滅し、息が止まる。

走馬灯のような映像が眼前を生々しく駆け巡る。聖なる少女、桃色の髪の聖女。王家で秘匿されていた、予言。その予言で伝えられていた、特別な存在。人を癒す力を持つ、天使のような。はじめから、そうだったのだ。だから、婚約者の席が長年空席だった。なぜなら、誰よりも王子様にふさわしい存在がもうすぐ現れるから。だから他の全ては有象無象。婚約者候補なんて、だたの都合の良い言い訳。

熱を孕んだ青い瞳が、聖なる少女を見つめる。誂えたような美しい対の二人。その背後でおぞましい顔をした、一人の女。黒髪で、恐ろしい魔女のような。

愛し合う二人を引き裂こうとする、女が、ついに、捕縛され、そして、燃え盛る火が

ああ、これは未来だ。

あの醜い女は、私。

無我夢中で手を振り払い、距離を取る。

先程までの彫刻のような微笑みは消え去り、驚いたような顔で王子様がこちらを見ていた。

私は、美しい。この世界は全て私のもの。美しいものも、素敵なものも、全部、ぜんぶ。

全身が震える。

断末魔の声が耳に残っている。あれは、私だ。

そんなわけがないのに。あまりの生々しさに、震えが止まらない。突拍子もない話だ。今までそんな力を感じたこともないし、ましてや未来が見えるなんて、そんなわけが。

王子の手を振り払ったことで、衛兵が私を取り囲む。そのうちの一人が私の肩に手を添えた。

するとまた、ばちん、と。

嘲笑する顔が、頭上にあった。唾を吐きかけ、汚ない言葉を投げつける。黴臭い牢屋の中を、ネズミが這い回っている。汚れたパンが、変色したスープと呼べるのかもわからないものが、吐き気を誘う。

声も出なかった。

こんな目にあったことも、想像さえしたこともなかった。

尋常でないほど震える私に、衛兵は驚いて手を離した。

恐ろしい光景は瞬く間に目の前から消え去る。

もうこの場にいることなどできなかった。衛兵の開けた扉をくぐり抜け、元来た道を駆ける。マナー、気品、品格、教養、全てを忘れて私は逃げ帰った。


あれは、未来だ。


帰って来た私を心配そうな顔で出迎えた両親さえ、その手に触れれば、悪夢に変わる。

誰かに触れるだけで、その人に関係する私の未来が見えた。

「助けて、私が何をしたというの」

部屋に篭り、未来に怯えるしかなかった。

使用人の手に触れれば、たちまち彼らも私を見下す顔に変わる。わがままで、傲慢で、愚かなお嬢様。

未来の両親は私を助けようとして死んでしまった。

私のせいで。

「ただ、あの人が好きだっただけなのに」

地獄のような未来を延々と見続け、私は悟った。あの人にふさわしいなどと、あまりに傲慢な考えだった。

「諦めるから、どうか、許して」

初夏の庭で、似つかわしくない黒い革の手袋をして、私は微笑んだ。両親が心配そうに私を見つめている。手袋ごしに母の手に触れれば、安寧の中ほっと息をつく。

私はもう、身の程知らずの夢など見ない。






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