目覚め
無機質。この言葉がふと浮かんだ。
蛍光灯の青白い光が天井から降り注いでいる。窓は一つあった。昨日のニュースでは、今日には梅雨明けすると言っていたはずなのに、なぜかしとしとと雨が降っている。
俺――水谷佑都は、床に背中をつけたまま、しばらく起き上がれなかった。頭がぼんやりしている。眠っていたのか、気絶していたのか、それすらわからない。
「……どこ、だよ、ここ……」
つぶやいた声は、やけに響いた。
そのときだった。
「……え?」
もうひとつ、声が響いた。
女の声。誰だ?
顔を向けると、部屋の隅に、俺と同じように床に座り込んだ女がいた。
紺野澪。
クラスメイトだ。名前くらいは知っている。文化祭実行委員をやっていた気がする。でもたまにプリントを配ってるときに目が合った程度で、話した記憶はほとんどない。
そんな彼女が、俺と同じようにここにいた。
澪も目を見開き、俺を見ていた。
「……水谷、くん……?」
名前を呼ばれて、少し驚いた。俺のこと、覚えてたんだな。
「紺野さん?何が、どうなったか知ってます?」
「わかんない。目が覚めたら、ここにいて……」
澪の声が震えていた。両腕で自分の体を抱くようにしている。
「……ドア、ない…か。」
立ち上がって壁を探る。手のひらで表面をなぞっていくと、ようやく片隅に金属の扉のようなものが見つかった。取っ手はない。窓も覗き穴もない。ぴたりと閉じられている。
その上部には、モニターのようなものが埋め込まれていて、白い文字が表示されていた。
【この部屋は、二人では出られません】
「……は?」
澪が、息を呑んだ音が聞こえた。
俺も、一瞬、目を疑った。
文字は、動かない。止まったまま、ずっと表示されている。
そのとき、天井のスピーカーから、冷たい機械音のような声が流れてきた。
「現在、この部屋には二名が収容されています。収容されている人数が二名では扉は開きません。」
澪が、目を見開いたまま言葉を失っていた。
俺も同じだった。
収容されている?二名では出られない?
「……一人になれば、出られる……ってことか?」
言ってから、自分の声が冷たく響いた気がした。
澪が、小刻みに震えている。
「なにそれ……嘘だよね……冗談でしょ、こんなの……」
「冗談にしては、ずいぶん悪趣味じゃないですか?」
壁を叩いてみた。金属音が響くだけ。どこかにカメラがあるのか、監視されているような気配もある。
澪は立ち上がると、扉の前に駆け寄って拳で叩いた。
「誰か! 開けて! ここから出してよ! 誰かいるんでしょ!? ふざけないでよっ!!」
その叫びも、冷たい壁に吸い込まれていくだけだった。
俺たちは、閉じ込められていた。
わけもわからないまま、2人きりの密室に――
そして、目の前のモニターには、あまりにも無機質な言葉が浮かんでいる。
【この部屋は、二人では出られません】