猫とネズミ
アストリッドさんは、あの後も何度も危ないと心配してくれた。どうも本当に行って欲しくないらしい。ただ申し訳ないが、止められれば止められるほど、興味が沸いてしまった。
「ではお世話になりました」
俺達は、湖の外まで見送りに来てくれたフォスティ達に挨拶を済ませ、ラーンドラガ族が住む森を目指す。
「まったく、いつも僕の気持ちは無視だよね」
メリーは少しお怒りだ。
「そっ、そんなことはないぞ。ただ旅の目的は必要だし、そのホラッ、実はスライムとは仲良くなれる種族かも知れ……ごめんなさい」
メリーは、キッと俺を睨んだ。
メリーはフォスティ達の話を聞いて反対していた。
ただ他の誰も反対しないため、仕方ないと折れてくれた。ハンベエとフィリアは、俺が決めたなら行くってなるし、ペコリはお察しの通りだ。
少しメリーには申し訳なかったから、巣に戻る選択肢もあるぞと言ったら怒られてしまった。
「本当に気をつけてくれ。アイツらの糸に捕まると逃げることが出来なくなる。特に木を掴みながら移動するソラ殿は危うい」
「わかりました。気をつけます」
心配はありがたいけど、魔力を見れば気づかないってことは無いんじゃないかと思うんだよね。
俺達はいつものように森の中を進む。
「ソラはラーンドラガ族に会ってどうするの?」
「うーん、仲良くなれるなら森のことを聞こうと思ってるんだけどねー」
メリーはよくわからないって顔をしている。
「周りの森に何か変わったものが無いか?とかどんな生物と交流してるか?とかかなー。あっ、あとは脅威的な生き物とかも聞きたいかな」
「ふーん、それ聞いてどうするの?」
どうする? いや、勉強的な感覚なんだけど……勉強って概念が無いからどう言えばわかってくれるのか。
「色んな事を知りたいってことだよ。どうするとかは無いけど、色んな事を知れば巣の仲間を守れるだろう」
メリーは”守る“と呟いているが、守るって感覚がわからないんだろうか。
「ソラは色んな種族に会ったらいつか帰るの?」
フィリアの声が頭上から聞こえてくる。
「そうだなー。いつかは帰るだろうね。みんなが危険にならないための旅だからね」
ん? なんか頭の上が揺れる。フィリアがなんかしてるのか?
「じゃあ帰ったら一緒に巣作りしようね」
いや……巣に帰るから巣作りの予定は――そうか、色々覚えたら巣にも防衛設備的なのがいるかもしれない。
「そうだな。旅の途中で役立つ知識もあるといいな」
フィリアの鼻歌が聞こえてくる。
よくわからないがご機嫌なようだ。ブンブンと羽ばたく振動が伝わって俺の体も僅かに波打っていた。
そうか、防衛設備の知識が役立つってなれば、防衛蟻のフィリアにも役立つかもしれないからな。
森を進むこと数日、森を抜けてしまった。
目の前は平原と言っていいのだろうか……木は無くなり平原のようだが、灰色の大きな岩のようなものが散らばっていて、先を見通すことが出来ない。
森から出て風が体を揺らすが、あまり居心地の良いものではなかった。
「あれっ? ラーンドラガ族が平原に住んでるとは言ってなかったよね?」
「どこかで、方角を間違えたのかもしれないね」
確かにメリーの言うとおりだ。
方角を聞いたとはいえ、森の中は方向感覚が失われがちだ。
やっぱり、森の中をあんな模型一つで教えてもらっても、普通わからんよ。
「うーん、どうしようか? 目的地がわからないで歩くのも違う気がするな」
「ソラ、ナニかクル」
ハンベエが、平原の奥を見ながら警戒をみせる。
岩と岩の隙間を、子供ほどの大きさの何かが駆け抜けていく。追いかけっ子みたないな感じで遊んでるのか?
しばらく様子を見ていると、先頭を走る子がコチラに気づいたようだが、ジグザグと走り、時に跳んで後ろの子供から逃げているように見える。
「追われてるのか?」
「そうね。猫種が獲物を取ろうとしてるわ」
フィリアの言葉を聞いて“なるほど”と頷く。前を走ってるのはネズミ種らしい。どうやら種族名とは別に大きなカテゴリで呼ぶ時は〇〇種と言うようだ。つまりラーンドラガ族は蜘蛛種とも言う。
「あのネズミ、こっちに近づいて来てるけど、僕達はどうするの?」
あのネズミは、俺達に助けを求めるのだろうか……
あの大きさじゃ、俺達スライムは倒せないと思う。
向かってくるとはいえ、攻撃はしてこないだろう。
でも巻き込むのが目的なら面倒ではあるな。
「助けるなら、こっちから近づこうよ。放っておくならどっか行かない?」
どこかへって――目的地を失ったからな。ここは友好的に関係を気づいて、彼らと仲良くなるのが良いかもしれない――いやでも、ネズミを助けたら猫と揉めることになるよな。
それもどうなんだ?
うーん、でもネズミを見殺して、その後で猫と話すってのも後ろめたいよな――いや、どうせなら気持ち良く助けよう!
「良し。ネズミを助けるか!」
俺が決断した瞬間、横から青い何かが飛んでいった。
「ペコリ!」
飛んでいったのはペコリだった。どうやら俺の決断を聞いて即座に飛び出したようだ。しかし走り回る2匹は、ジグザグに走っているし、距離もある。
当然2匹は、得体の知れない物体から、距離をとるように逃げる。ペコリは体を伸ばして捕まえようとするが、岩を盾にされて恐らく先が見えないんだろう。捕まえられない。
それからしばらくは、近づく、伸びる、見失うを繰り返していた。ペコリは猫を捕まえるつもりだったようで、ネズミの方はしばらくコチラとペコリを交互に警戒しているようだった。
いい加減無理だな――あっ、横をすり抜けられ、ペコリが何かを叫びながら俺達の前を通り過ぎていった……マヌケすぎる。
こちらも近づいていくが、ネズミが警戒したのか、少し離れていく。
「じれったい」
回転移動すれば追いつけるかもしれないが、より警戒されそうだ。
「オレが行く」
そう言って走り出したハンベエは早かった。
物音をさせずに、気づけば、目の前の岩に登ると、周りを見渡してサッと飛び降りた。
背中の小さな羽を動かして、一歩々々を跳ぶように走って行く。
猫とネズミは、ペコリが諦めたことで再び追いかけっこを始めているが、岩陰から出てきたネズミとハンベエがそれぞれ向かい合う形で遭遇した。
ネズミがハンベエに気づくと、ギュッと四肢を踏ん張るように急ブレーキを掛けた。
後ろの猫がここぞとばかりに、ネズミに飛びつく。
ハンベエはネズミに追いつき、そのまま飛び越して猫を蹴っ飛ばした。
「ギャ」
猫が勢いよく転がっていく。ネズミは声に気づいて後ろを振り返って立ち止まった。
「フゥゥゥゥ」
猫が受け身を取って、敵意剥き出して吠えているが、多勢に無勢だろう。向かって来たところで、流石に勝てる。それよりもペコリに追いつかれると食われるかもしれないが……
ペコリはハンベエを見つけて、だいぶ近づけたみたいだが、猫は何かに怯えたように、叫びながら逃げていった。
「大丈夫?」
俺がネズミに話しかけると呆然としている。
このネズミの服は着物か?森の中でどうやって作ってんだ?
「あぁ、すみません。スライムが話せるとは思ってなくて……スライムですよね?」
まぁ気持ちはわからんでもないが、流石にスライム以外に何に見えるんだよ。
「そうですよ、話すのは練習しました。あの猫とはどういう関係ですか?」
ネズミは険しい顔している
「アイツらは俺達を食べようとしてるんです。いつものことです」
捕食関係か……弱肉強食の世界だそれは仕方ない。これで猫種と俺達も敵対関係になってしまったかもしれない。
「あっ、申し遅れました。あっしは、農耕鼠族の甚平です。助けてくれてありがとうございます」
甚平? すげぇ和風な名前だな。
「俺はスライムのソラだ。いつもああやって逃げるのか?」
逃げ切れるように見えなかった。普段から追われてるなら逃げられるように何かしてるはずだ。
「いえ、いつもは五人一組で警戒しながら歩くので、あんなに接近されることは珍しいことです。今はちょっと……」
甚平は困り顔で、だんだんと声が小さくなっていく。
「ちなみに俺達は色んな人達の事を知りたくて旅をしてるんだが、甚平の住処でしばらく滞在させてくれたりするかな?」
「ウチへ? 助けて頂いてそうしたいのですが……許可されるかどうか……今はピリピリしてますので」
「貴方、助けてもらったのに失礼でしょ!」
頭の上でプンプンとフィリアがキレ始めたが、まぁまぁと宥める。甚平達だって好きでピリピリしてる訳じゃないだろうにそんな怒らんでも。
「なんかあるのか?」
「今はさっきの山猫族が村の周りをうろついているので、食料も不足してるんです」
なるほど。狙われてるのか。
「今まではどうしてたんだ?昔からそんな感じなのか?」
「いえ最近のことです。なんかどうも山猫族がどこからか逃げてきたみたいで、近くをうろついてるんです」
甚平は辛そうな顔だ。確かに敵対者が村の近くをうろつくなんて、気が気じゃない。
「相手はたくさんいるのか?」
甚平は首を振りながら答えた。
「わかりません。三人はいますがそれ以上は、逃げてるので、確認出来ません」
ふむ。少ないな……
このあたりに住んでるわけじゃないってことか?
「まぁお手伝いできることもあるかも知れないから村に置いてくれるか聞いてみてくれないか?」
「……わかりました。命の恩人のお願いです。滞在許可がもらえるように頑張りますね」
甚平は、腕をグッと握ってやる気を見せてくれたけど、セリフと噛み合わない悲しそうな表情が何か言いたそうでとても気になった。




