飲むスライム、飲まれるスライム
陸に打ち上げられた。
振り向くと湖からホースと言うには太い水の管のようになった物体が水と陸に繋がっていた。
《君は、スライムなのか……それにしては、その……》
続く言葉が思いつかず言葉に詰まってしまったが、スライムと言うには、水の塊のようだ。色も青と言うより透明感があるし、そもそも水から出てるのに水と繋がっているかのような……この姿はなんなんだ。
《もちろん、スライムだよ。キミは変なこと言うんだね。水の中に落ちると浮き上がれなくなっちゃうから気をつけるんだよ》
《ちょっと待ってくれ。君はなぜ浮上出来るんだ?》
このスライムは、俺のように水を吹き出して浮上したわけじゃない。まるで水そのものが持ち上がったかのような感じだった。
《わからない。いつの間にか出来るようになったんだよねー その代わり水から出ることも出来なくなっちゃったんだけどね。エヘッ》
……
いやっ、代償がデカい!
マジかー。確かに俺達の巣にも居たけど、進化の方向が凄いな。
《それは、水ばかり食べてたの?》
《そうそう。さっきの穴から出てくる水が美味いんだけどね。何日か前に穴が塞がっちゃってねー 見に行ったら僕も閉じ込められちゃってねー ハハッ困った、困った》
まったく困ってなさそうな笑顔で言われたが、穴が塞がった? さっきは閉じ込められてなかったのは、あのザリガニの音は壁にぶつかった音?
というか藻が繁殖したのって、湧き水が湧かなくなったからでは?
《いやー 少し閉じ込められてる間に、ここも変わっちゃったねー 困った、困った。このままだと、この湖から出られないと苦しいねー》
深刻な問題でいいんだよね?
《湧き水が出たなら少しずつ改善しそうだけど、君はこのままここに住むの? というか身体どうなってるの?》
そもそもどんな感覚なんだ? 普通に動けるんだろうか?
《どうなってる? こんな感じ?》
彼はそう言うと湖から身体らしい水のようなものが、ビシャビシャと水音を立てて持ち上がる。
《えっ、デカい!》
確かに身体的なものは、持ち上がってるが――身体に水がついてきてるのか、テントを張ったみたいに水が湖面まで広がって繋がっている。
《デカいというか、湖とくっついちゃってる感じなんだよねー 困った、困った。少し前まではもう少し身体軽かったんだけど、閉じ込められてる間、ずっと湧き水飲んでたら身体が重くなっちゃって……ヘヘッ》
それは……湧き水が湧かない理由も塞がったからじゃなくて、コイツが飲んでたからかもしれない……
頭痛くなってきた。
《湖の水が腐ってるか、毒が入ってるかもしれないんだけど、君は影響無いのかい?》
《うーん、確かになんか水は不味くなっちゃったけど、湧き水の所で飲めば良いから、まぁ、大丈夫じゃない?》
そういうことが言いたかった訳じゃなかったんだが、本人がいいと言うなら良いのかもしれないが。
《あまり適当な事は言いたくないんだが、湧き水が湖に流れないようになると水が不味くなるんじゃないのか?》
《えっ!? あっ――そういうこと? じゃあ少しの間は我慢が必要だけど、仕方ないね》
何に納得したのか、そのままズルズルと大蛇のように湖の中へ戻って行く。
何する気だろう。これで会話が終わったから帰ったとかじゃないよな。少し心配になってきた。
湖の方を眺めても特に何かが変わった様子が無い。仮に湖の中に入ってもアイツを見つけるのは難しいだろう。メリー達と合流したほうが良いかな。
少し悩んでいると湖の水がうっすらと波立ってきた。湧き水が湧いてきたからかもしれないと思っていたが、なんか様子がおかしい。 波立つと言うより水が弧を描くように流れ始めていた。
なんだこれ、アイツの仕業か?
メリー達は大丈夫だろうか。
助けに行くべきか……
段々と流れが早くなってきたかと思っていたら、渦が出来てしまった。
「これは流石に飛び込んだら、俺も吸い込まれて終わるだけだよな」
少し心配ではあるが、流石に渦に飲まれたからと言って死ぬことは無いだろうと思う。それより何が起こるかちゃんと見ておこうと渦を眺めていた。
しばらく眺めていても渦は変わらずだったが、気づくと水位が少し下がっていることに気づいた。
元々、湖の境と陸の境がわからなかったのに、今は湖が陸より少し低くなってきていた。
「メリー達は大丈夫だよな?」
溺れることは無いと思うが、この渦の原因がモンスターとかだったら襲われた可能性も出てくるかもしれない。
水位が半分位まで下がるとズゴゴゴッと排水口に流れるような音が聞こえ、音が止まると共に水面も穏やかになってきた。
「メリー達が無事か確かめに行こう」
!!
水面が落ち着いたので、水の中へ飛び込もうとした瞬間中央から噴水のように水が吹き上がった。
噴水からは、魚や亀などが、ボドボドと落ちてくる。あまりの現象に口をぽかんと空いてしまった。
「ボーっとしてる場合じゃない。早く探しに行かなきゃ」
「ソラー」、「おっ、ソラ生きてる」
噴水の先から声が聞こえて、再び噴水の方を見るとメリーとペコリが噴水の上でポヨン、ポヨンと浮かんでた。
「二人とも無事か?」
ペコリが身体を大きな輪を作ってくれた。大丈夫ということだろう。アイツどんどん器用になるな。
噴水がフッと消えて、二人は水に落ち――なかった。水の上に浮いている。
《キミたち友達?》
そう言いながらメリーとペコリの下の水がこちらへ進んでくる。まるでサーフィンするスライムみたいだ。俺もやりたい。
水面が陸まで伸び上がって、メリーとペコリに合流できた。
《さっきのスライムだよね?》
他にこんな水と一体化してるようなスライムは、いないと思うが、一応確認は必要だろう。
《そうだよ。見たらわかるでしょ?》
顔を傾げられているが、正直、見てもスライムかどうかは疑わしい。そもそも水と同化してる時点で生物と認定していいのか……
《さっきの渦は何だったんだ? 何故そんなことを?》
《いや、だって不味い水が無くなれば後は湧き水の美味しい水で満たされるんだよね? じゃあ飲むしかないじゃん? ちょっと色々生き物も飲んじゃったから最後に吐き出したけどね》
コイツ本当に水が大好きなんだな。生き物は食べないってのは、意味がわからんけど、これで生態系が守られるってことか……?
《ん? キミたちの友達ってまだ湖に居るの? 凄い僕を攻撃してきてるみたいなんだけど、止めてくれる?》
《いや、水の中には居ないと思うぞ。水に近寄れなかったからな》
それを聞いた目の前にいる蛇のような、幽霊のような造形のスライムは、渋顔を作る。
《別に静かなら湖にいても気にしないのに》
ボソッと呟くと身体がブンブンと横に振られていた。
「あっ……」
水位の下がった湖を覗き込むとさっきのザリガニが、水に巻きつかれている。ザリガニはハサミを使ってなんとかしようとしているようだが、デカさが違い過ぎる。
まるで犬が尻尾を振ってるかのように、ザリガニを掴んだまま左右へ振られる。
ドゴンッ、バゴンッと壁にぶつけられて、殻が割れてきていた。
「強っ……スライムでもこんな怪獣みたいな戦いになるんだな……」
唖然とした。ザリガニもデカかった。湖の大きさに比べれば小さいが、モンスターといって間違いない程の大きさだった。なのに俺と同じスライムが湖の半分程の水と一体化してるとはいえ、今までで最大級のモンスターだろう。この大きさじゃ核を壊すのも大変そうだ。進化の方向としては、最強生物の1角なんじゃないだろうか。
《キミは、念話じゃなくても話せるんだね。凄いねー でも何言ってるかわからないから、念話にしてよ》
思ったことが口から出ていたみたいだ。
《すまない。話しかけた訳じゃなくて、驚いて、つい独り言を言ってしまった。 湖に残ったのは全て君の身体なの?》
《そうだよ。不味い水を全部飲んだらこうなっちゃった。ヤバいよねー なんか身体の中で魚が泳いでるの笑える》
凄く楽しそうに話しているが、湖の生き物が全てスライムの中というのは、笑えないのでは……
《それは――このあと食べちゃったりするの?》
《まさか! 水が飲めるから食べないよ。今も湧き水が身体の中に流れてきて溜まるのが楽しみなんだから》
湖スライムは顔をブンブンと振っているが、振動がそのまま湖面を揺らして波立っている。マジで怪物化した湖だ。
そもそも水が飲めるから、他は食べないってどういう感覚なんだ? 口の中に食べ物が入ってるのに水だけ飲むって難しくないか?
まぁ考えても仕方ないか――もうコレはスライムじゃないだろう。
水の問題は解決したんだから良いだろう。
解決……したで良いよね?
俺は湖がスライム化した方が問題が大きいのでは?と思ったが、もう考えるのを止めた。
「湖って生き物なの?」
「湖の生き物、全部食べれるなんて羨ましい」
俺はメリーとペコリの言葉に返事する元気もなく、湖スライムが、湖に戻るのを静かに眺めていた。




