未知への扉
リーダーになったからといって、やることが急に減るわけでもなかった。むしろ、やることしかない。
言葉の練習、ゴブリンとの交流、スライム達の指導。やっと仕組みが動き出した感じではある。けれど――やはり色々解決出来ない問題も残ってるんだ、
言葉の練習は、だんだん形になってきた。
ゴブリンの子供達に声を掛けられる。
「オレ、コレ、アゲル」
「うん、ありがとう!……でもそれ、俺の分だね」
小さいからわからないのか、揶揄われてるのか、言葉が思ったとおりに話せてないのか、わからないが、まぁかわいいから良しでしょ。
ゴブリンと他のスライムとの交流も悪くない。一緒に行動するようになったスライムもいる。
「あ、またスライムの上に寝てる……あれ、気持ちいいらしいんだよな」
だけど、やっぱり――スライムが多いからゴブリンだけで行動って訳にはいかない。それに餌の問題もある。俺達は、それぞれ勝手に餌を取りに行くし、あまり食わなくても生きていられる。
でもゴブリン達は、集団で狩りをするし、毎日2食な感じだ。
そういえば、ゴブリン達の狩りについていったんだが、あの謎のカッカッって音の理由がわかった。
あれエコロケーションだった。周りの生物がいるかなどうかとか、距離とか測ってるらしい。コウモリのエコロケーションはもっと高い音が飛んでくるんだけど、ゴブリン達のは低周波らしい。そのせいか使うと相手にも気づかれるから乱用したり、追いながらとかは使わないんだって。
コウモリ達のエコロケーションは、もっと高いし、頻繁に使うから、同じエコロケーションとは思わなかった。
それとゴブリン達の祖先はコウモリだと思う。背中の小さな羽が、コウモリっぽいんだよね。それかコウモリと祖先が同じとかかなー
あの羽は完全に退化してるわけじゃなくて、跳躍する時にちょっと滑空してるみたい。
便利だよね。
イカンイカン思考が勝手に旅立ってた。
それで彼らの狩りってみんなで行くから協力するのかと思ったら、獲物を見つけたら急にバラバラに狩りを始めるんだよね。
だからある程度の数の獲物が見つかるとエコロケーションしないと仲間がどこいったかわからなくなる。
それ自体は、習性なんだろうし良いんだけど、ゴブリン達が単体でスライム達と遭遇するとスライム達は問答無用で喰おうとする奴がいるから困る。
まぁ一部、巣の中でもいるが……
もうおわかりだろうけども、ペコリ自重って言葉覚えてくれないかな……。
「ねえソラ〜、ゴブリンの隣で寝たら、お腹空いて起きちゃったんだけどさ、さすがに寝てるやつは食べちゃダメ?」
俺と会って最初のセリフがこれだよ?
まぁ当然……
「ダメに決まってんだろ!」
ってなるわけですけど。
というか、これで3日連続だよ。さすがに聞き流せなくなってきてるな。
仕方ないから罰として、とりあえずみんなで目の前で餌を食べてやった。
最初は、子供ゴブリン達にペコリを引っ張らせたり、拘束させたりしてみたんだが、流石スライムというか、まったく意味が無かった。
引っ張ってもそもそも痛くもなんとないし、引っ張られてる本人が戻ろうとすれば、どんなに力強く引っ張ってもすり抜けちゃうんだよね。
それにペコリに影響されてるスライムが多すぎる。食べることに関しては、スライム達は貪欲らしい。それに「ルールを作った」と言っても、たぶん本能的な部分で、食える物は喰うみたいな感覚があるのかもしれない。
そういう意味では、俺の方が異端なんだろうな……
リーダーになったって言っても、まだ群れを制御できてるわけでもない。
それにゴブリン達の巣みたいに、またあのサイズの蛇が出てきたらどうするか? 蛇1匹ならまだしももっとスライムの天敵みたいな生物がいないとも限らない……
「……でも心配ばかりで、どうすればいいんだ」
このままだと、いずれ俺達も巣を追われるんじゃないだろうか……
俺たちスライムは、あまりに“知らなさすぎる”。
そう思っていた時、ちょうどゴブリン達がメリー達にに絵を教えていた。
動植物の知識や火が危険なものであることなどを説明しているらしい。
スライム達はぽかんとしていたが、ゴブリン達は説明できる。むしろ当たり前のように知っている。
「それって、どこで覚えたの?」
「昔、住んでた場所に居たじーちゃんに教わったのだ!
前に住んでたところは、ここくらい大きくてね、いっぱいゴブリンの仲間が居たの! だけど、蛇に襲われて……」
教えてくれたゴブリンは、泣いてしまった。
「辛いことを思い出させてすまない。これからは、俺達スライムも守るからな」
そうか、ゴブリン達のあの巣は仮宿だったのか。
それでここに……
あの巣に来た蛇は、ゴブリン達を追ってきたってことなのか?
「ソラ殿、蛇というのは、倒したやつではありません。アイツよりずっと大きかった。私達も今の倍以上の家族が居たのに叶わなかったのです」
ゴブリン達のリーダーである『信長』が教えてくれた。
ゴブリン達も名前が流行り始めたので、俺につけて欲しいと頼まれたゴブリンには、武将達の名前をつけてあげた。
「信長達は、どのくらい遠くから逃げてきたの?」
信長は横に首を振った。
「わからない。最初はひたすら逃げた。途中で雌達や子供の体力が尽きて、数日休んだり、行き先を求めて偵察したりで、あの岩窟を見つけるのに、三十日くらいは経ったと思う。どういう風にあの場所へ辿りついたかは、覚えてないんだ」
信長は辛そうな顔をしてる。よく見たら他のゴブリン達も話を聞いてたのか悲しそうな顔をしていた。
「そうか。大変だったんだな。今日はもう勉強は終わりにして、遊ぼう! ホラッ、みんなは普段何して遊ぶんだい?」
気分転換しなきゃ、勉強する気なんか起きないだろう。
それにしてもあの蛇よりデカい蛇か。
この世界にはそんな蛇がいるのか……
俺たちは、この巣の中でしか生きてこなかった。
たまに偵察に出ても、それは“周囲の安全”を確認するためだけ。
“世界”を知ろうとしたことが、ない。
やっぱり……このままじゃ、守れない
俺は広場に戻り、司会者に話しかけた。
「なにかあったのか?」
「……いや。なにか、なにかあってからじゃ遅いんだ……そうなる前に、俺が動くべきだと思って」
「ふむ?」
「俺たちは、数が多い。でも……世界のことを何も知らない。スライムって、そもそも何なのか。巣の外には、何があるのか。このまま増え続けて、餌が無くなるかもしれない。ゴブリン達や昔ここに住み着いたスライム達みたいに強敵に追い出されるかもしれない……その時に何が出来るのか知恵と情報が必要だ」
俺の声は、たぶん少し震えていたと思う。
不安だからじゃない。……いや、不安なんだ。でも――
「だから俺が、外に出る。世界を知る。そのうえで、スライムがどう生きるべきか考える。……それが“リーダー”ってやつの、役目じゃないか?」
司会者はしばらく黙っていた。
「ようやく、リーダーらしくなってきたのぅ」
「褒めてるのか、それ?」
というか司会者に言われてもなー。
司会者だって別にリーダーって感じじゃなかったじゃん。
「評価じゃよ。お主がリーダーじゃ。好きにするがいい。ただし、準備期間は設けよ。別れの挨拶も必要じゃろ?それに外に出る前にある程度、目的は決めといたほうが良いな」
「わかった」
俺はうなずいた。
スライムにしては珍しく、きゅっと体が締まるような気がした。
スライム達は、毎日楽しそうだ。でも危機を感じづらい種族なのかもしれない。だから、だから俺が守るしかないんだ!
巣を守るために、巣を離れる。
(この世界のこと、俺は何ひとつ知らない)
(だから――俺が)
(守るべき場所を、ちゃんと守れるリーダーになるために)




