同居
今日はゴブリン達がどれだけ話せるようになったか確かめるテストの日だ。広場に全員は呼べないし、ずっと教えてばかりだと生活も回らないから、グループに分けて練習してもらうことにした。
まずは「グループメリー」。
メリーが先生役で張り切っている。彼は字を書くのが一番早く覚えたから、教えるのも得意だ。最初は緊張してたけど、子供ゴブリン相手にひとつひとつ丁寧に説明している。
「“あ”はこう書いて、こう読むんだ。ね、わかった?」
ゴブリンたちはキョトンとしてるけど、メリーが何度も声をかけるうちに、ちらほら「あ!」と声が上がった。
メリーは満足そうに胸を張った。
「よし、この調子で行こう!」
次は「グループゴブリン」。
こっちは、かつて俺が勝手に“リーダー”と呼んでいたゴブリンが中心だ。
こいつがあいうえおの習得がバツグンに早くて驚いたんでそのまま任せてみた。
ただ、リーダーっぽい役割は別にもう一匹いて、最近はそのゴブリンを“先生”と呼ぶことにしている。
まだ片言だが丁寧に教えているようだ
「コレハ “イ” ダ」
生真面目に言葉を繰り返す姿は、なんだかゴブリンなのに小学校の先生みたいで不思議な光景だ。
そして「グループちびっこ」
子供たちは、文字と言葉が必ずしも一致してないように見える。ただ彼らのグループは一番、言葉らしい音が聞こえてくる。そんなグループだ。
最後は、グループペコリだ。
正直不安しかない。グループにしたというより、何故か本当にいつの間にか出来ていた。どの程度言葉が話せるようになったかも全く知らない。今日のテストは大丈夫なんだろうか?
まぁいい。ペコリは気にしたら負けだからな。
「それじゃあ、順番にいこうか」
俺は広場の真ん中に立つ。周囲には、メリー、ペコリ、そして各グループの代表ゴブリン達が並んでいる。少し緊張感も漂ってるが、なんだかんだ皆ワクワクしてるのが伝わってくる。
まずは安定のグループメリー。
「メリー、頼んだ」
「はーい!じゃあ、みんな、一緒に挨拶から!」
メリーが板に書かれた『こんにちは』を指差すと、ゴブリン達もそれにならって発声する。
「コ、ン、ニ、チ、ハ!」
声はバラバラだけど、全員しっかり文字を指でなぞっていた。おお、かなり良い感じじゃないか?
「いいぞ!次は自己紹介いこう!」
「ボク、タロウ!」「ワタシ、ハナコ!」「オレジロー!」
おおお、名前が付いている!? っていうかメリーに他の名前ってどんなのがあるか聞かれたときに適当に答えたのが名前になっちゃってる。しかも名乗れるようになちゃってる。少し申し訳ないが、まぁいっか。もはやゴブリン感が薄れて、ちょっとした教室みたいだ。
「すごいね!もう授業できそうだよ!」
メリーが満足そうに膨らんでいる。
「ありがとう。さすがメリー先生だな」
順調だ。……だがここからが勝負だ。
「次、グループ先生!」
旧リーダー、今は【先生】と呼ばれる彼が前に出る。他の大人ゴブリンたちも続く。
俺はちょっとだけ意地悪に質問をしてみた。
「先生、調子はどうだ?」
すると先生は、ゆっくりと、でもしっかりと口を開いた。
「ワタシ……マナブ。オマエ オシエル。アリガトウ」
おおおおおおおお!?
文になってるじゃないか!!
「うわー!すごいよ!」
メリーが思わず跳ねる。
「次、グループちびっこ!」
わらわらと小さなゴブリン達が前に出てきた。みんな既に楽しそうだ。一人が文字板掲げた。箱のチビたちがでも板を見る。
「オレ……ハ……ソラ」
「ボ、ク、ハ、メ、リ、イ」
「ボ……クタ……チ、ハ、ゴブ……リン!」
「「ボクタチ……ハ……ソラニ……ナリタイ」」
おお、なんか言葉になってたけど、合ってるのか?俺になりたい!?いやでも最初メリーとも言ってなかったか? 自己紹介のつもりなのか? というかあいうえお表に無い濁音か使えてるのは何故? 子供の学習能力はすげぇな。
……さて、最後は──問題のグループペコリ。
「えー……グループペコリ、前へ」
もそもそと前に出てくる……いや、半分くらいはペコリの食事仲間じゃねぇか。ゴブリンの手には肉の骨が握られてるし、明らかに学習より宴会色が強い。
「じゃあ、発声してみようか」
「アサゴハン」
「ヒルゴハン」
「バンゴハン」
「ニクー!」「タベルー!」「モットクレー!」
……うん、まあ、ある意味一貫してる。
「ある意味、完成されてるな……」
こいつら流暢に話してるが、会話できるんだろうか。
「ご褒美は?」
即座にペコリが念話してくる。
「ない!」
「ガーン!」
両手(?)を広げて絶望ポーズを取るペコリ。はぁ、ほんと憎めないやつだ。
こうして俺たちの【言葉の授業】は順調に進んでいる。そして──
ここにきて、ついにゴブリンと会話ができるようになった仲間が生まれたのだった。
ようやく次に進める。
「ペコリ、メリー、俺はゴブリン達を俺達の巣に連れ帰ろうと思う」
「やっとかー」
ペコリが嬉しそうに言った。
なっ、なんだと。まさかペコリに俺の考えが分かっていたとは……オマエは食べる以外興味ないのかと思ってたよ。ごめんな……
「ペコリ、やっとってどういうこと?ソラが巣に帰るって知ってたの?」
「メリーわからないの?ゴブリン達を巣に連れて行くんだよ? きっとお勉強させたから凄く美味しくなったんだよ」
はっ……?
全然ちげぇ!
ってかアレだけ仲良くしたのにまだ喰えるのかよ!
お前の道徳観どうなってんだよ……いや、スライムに道徳を求めてるのがおかしいのか。アレッ……そうすると連れ帰るって結構ヤバいか……?
俺はうーん、うーん悩んでいた。
「ソラ、ここまで仲良くなったの食べるためだったの?」
メリーは、凄い怒ってるようだ。初めて見るくらい目が吊り上がっている。
「違うわ! ここが狭いから俺達の巣で一緒に住めるように言葉を教えたんだよ」
メリーは心底安心したような顔をした。
「ペコリの話のあと、ソラが黙ってるから本当に食べる気だったのかと心配しちゃった」
そうだよな! 仲良くなったら食べようとは思わないよな。大丈夫だ。でも最初が肝心だな。巣に戻ってご飯持ってきたと思われたらせっかく仲良くなったらゴブリン達が喰われちまう。
「じゃあ、早速準備を始めよう」
俺はそう言って、メリーとペコリに指示を出す。巣に戻るには、移動する道の確認や食料の準備、それにゴブリン達への説明も必要だ。
「ペコリは、くれぐれも食料とゴブリンを間違えるなよ?」
「わかってるよー。でも、美味しそうだったらちょっと匂い嗅いでもいい?」
「だめだ!」
「えー……」
ぺこりが口(?)を尖らせてる。こいつはほんと油断ならん。
その間にも、メリーは率先してゴブリン達に説明を始めていた。
「みんな、これからソラの巣に行くよ。怖がらなくて大丈夫だよ」
ゴブリン達は最初こそ不安そうだったが、先生が「イッショ、イッショ」と繰り返すと、徐々に表情が明るくなってきた。ちびっこ達ははしゃいで輪になって踊り出している。
「ボクタチ、ソラノ イエ イクー!」
「ニク タベル?」
「ニク ナイ!」
ペコリがすかさず念話で訂正するあたり、若干信用が置けるのかもしれない……たぶん。
そうして、移動の日の朝がやってきた。
俺たちは長い列を作って巣を目指す。ペコリは先頭で嬉しそうに跳ねていて、後方ではメリーがちびっこ達をなだめつつ歩いている。先生は真ん中で、他の大人ゴブリン達をまとめてくれていた。
思えば、こんなに大所帯で巣に帰るのは初めてだ。
道中、ちびっこゴブリン達が練習した言葉を披露してくれる。
「アリサ、コケタ!」
「オレ、タスケル!」
倒れた子供に手を貸すゴブリン。おぉ、助け合いの精神まで育ってるじゃないか。
「メリー、これ教えたのか?」
「うん!“お友達は助け合おう”ってね!」
「偉いなぁ、お前ほんと良い先生だわ」
メリーは照れて少し膨らんだ。
一方、ペコリは──
「ソラ〜、お腹空いた〜」
「まだ朝食べただろ!もう少し我慢しろ!」
「ソラノ イエ ツイタラ ニクー?」
「喰わないぞ」
後ろからはゴブリン達の肉コールが続く。ペコリ、余計なこと教えるな。
それでも、そんな賑やかな道のりを経て、ついに見慣れた巣の入口が見えてきた。
「着いたぞ。ここが俺たちの巣だ」
ゴブリン達は目を丸くして周囲を見渡している。広い空間に整備された住居スペース、食料の貯蔵庫、訓練場──人間に比べれば粗末だが、スライム達にとっては快適な拠点だ。
「スゴイ!」「ヒロイ!」「タノシイ!」
ちびっこ達がはしゃぎ回る。その様子を見て、メリーが感慨深げに呟いた。
「なんだか……新しい家族が増えたみたいだね」
俺は頷いた。
「そうだな。ここからが本当の始まりだ」
ペコリはいつの間にか居なかった。
きっと奥の食料庫にでも行ったんだろう。
まぁ──それもいつものことだ。




