失われた声
やっと巣にたどり着いた。
まったく……体内にキノコ入れっぱなしだと食事に困る。一度出さないと、一緒に食っちゃって、ビリビリする羽目になる。
俺は、あのポンコツキノコ2号に痺れ茸を渡したら感激されたが、正直どうでも良かった。精神的にかなり疲れた。人間の睡眠ってのは、優秀な能力だったと改めて思う。スライムは寝ないから、疲れても休むって感覚が難しい。
俺は以前の居場所で何も考えずに休んでいた。すると久しぶりの母さんスライムが寄ってきた。
なるほど、こうして見ると、目とか全然違うな。何故、外に出るまで、まったく同じスライムに見えてたんだろう。
「アナタ今までどこにいたの? 心配したのよ」
「いや、係で食事を取りに……」
母さんスライムがすごい剣幕で話しかけてきた。
ど、どうした。なんか、雰囲気がおかしいぞ。
「アナタを見なくなってから、行方不明者が増えてるの。アナタがいつ外に出たかわからないけど、偵察係の帰還率が二割を切ったらしいわ」
はっ?
なんだそれ。あのポンコツキノコ2号は、そんなこと言ってなかったぞ。それどころか泣いて感動してたが、流石に温度差ありすぎじゃないか……
「だからアナタもいなくなってしまったのかと。もう子供に構うのはおかしいって言われたけど、アナタは初子なの。普通じゃないってわかってるけど、大事なの!」
母さんスライムは、震えながら号泣している。
母さん……そうか、スライムとか関係ないよな。俺は人の感覚が強いけど、スライムの中でそれが変わってたとしても俺は俺だ。
「母さんありがとう。でも俺は無事だったから安心して。それと今回の旅で、俺はソラって名乗ることにしたんだ。母さんもソラって呼んでくれる?」
母さんスライムは、驚いたのか、涙が引っ込んだ。
「ソラ? ソラって何?」
「ソラっていうのは俺のこと。名前だよ。わかる?」
「名前、名前ね。聞いたことがあるわ。確か人間が、自分達に付けるって話だったわ……アナタは、人間に会ったの!?」
そうなっちゃうかー
俺は困って否定する。
「違うよ。人間には会ってない。蟻の友達は出来たけど。俺も母さんもスライムって呼ばれたら誰のことかわからないじゃないでしょ? だから友達から俺を呼ぶ時はソラって呼んでって話になったんだよ」
母さんスライムは、わかるような、わからないような顔をしていた。蟻の友達の話もどう受け取ったのか、蟻って美味しいわよねって、それは今の流れで言っちゃダメなヤツだよ。
「母さんそれで、捜索係みたいなのは出たの?」
「いいえ、まだだわ。帰って来ないのは自由だから。
誰もそこまで、心配してないの。私は、アナ……ソラが居なくて、話を聞きまわったから知ってるだけ」
つまり問題視してるのは、母さんだけで他のスライムは、困ったもんだ。みたいな程度ってことか。気になるのは、これがよくあることか、異常事態かだな。
ネズミの大量発生みたいなケースの場合、行方不明で済ませるのは危険な気がする。
俺は、司会者なら詳しいことが聞けるかもと向かうことにした。司会者はしきたりを教わった広場の壇上にいた。
「どうも、少しお話しいいですか?」
司会者は、目を瞑ったまま答えた。
横着過ぎない?
「なんじゃ? 係なら変えられないぞ?」
えっ、係変えられないの!?
いや、違う、今はその話じゃない。
俺は驚きを抑えて話を進めた。
「最近、行方不明になってるスライムが増えてると聞きましたが、こういうことは良くあることなんでしょうか?」
司会者は、目を開けてこちらを見る。
てかよく見たらコイツ髭生えてんじゃん! えっ、なんでこれで俺はみんな同じだと思ってたんだ。
「ふむ、行方不明者が増えてるのは、知らん。しかし行方不明者が増えるというのは、あまり聞かんな。そもそも我らが行方不明になるケースは多くない。いずれも自分の意思で、遠くに行きたいと考えてる場合がほとんどだ。」
知らんのかい!
まぁでも普通じゃないってのが聞ければ充分だ。
「どうも、偵察係が帰って来ないようです。これは外敵が近くにいるということではありませんか?」
司会者は、険しい顔をしながら答えてくれた。
「ふむ、それは変じゃな。そもそも係が嫌なら偵察に行かんじゃろ。外敵か……久しく聞かないが、我らがここに住む前の住処は、人間に破壊されたと聞いている。あり得ない話じゃないな。奴らはどこにでも現れると聞くからの」
そんな、どっかの黒い虫みたいな言い方やめてよ。
人間か……襲われるくらいならやっぱり倒すべきだろうけど、俺は出来るんだろうか……
「とりあえず偵察をなんとかしないと、ここが襲われる可能性もありますし、近くまで来ている可能性もありますよね?」
「そうじゃな。儂から割り振り係に状況を聞いておこう。状況次第じゃが、お主には偵察を頼むことになると思うからそのつもりでいてくれ」
はぁー?
俺が偵察するの? なんか面倒な仕事は、俺にやらせる流れになってないか? コイツちゃんと仕事してるんだろうな!
「なんじゃ、その顔は。別に一人で行けとは言っとらんぞ。お主あのキノコ取りに外出たんじゃろ? 外に出たスライムは、多くないからお主にも頼みたいって話じゃ」
なるほど。確かに偵察がやられてるならそうなるのか。てか他の奴も外出せばいいだけなんじゃねーのか。
俺は不満を持ちながらも、渋々自分の居場所へ戻った。
――――――――
あれから数日なんの音沙汰もない。時間が経ったことで不安が増していた。人間が襲ってきてたとして、俺に迎撃出来るのか? こうしてる間にも危険は迫ってるんじゃないか? 行動を起こそうとも思ったが、俺一人ではどうにもならない。
「お主、こんなとこに居たのか。探したぞ」
「司会者……どうなりましたか?」
「なんじゃ、そのやる気の無い雰囲気は?外敵がいることは確定したぞ? このまま襲われるのを待つ気か?」
司会者は、片目をピクッとさせてこちらを睨みつけている。確かに、このままやられるわけには行かない。少なくても母さんは守りたい。
「そんなつもりはありません。この巣は守らなければ」
俺は気を引き締めて答える。
「ふぅー そんな無理矢理奮い立っても勝てんぞ。相手も命懸けじゃからの。 敵はゴブリンってことまではわかった。 ゴブリン以外もいるかは、わからん。」
ゴブリン? ゴブリンってスライムと最弱王競ってそうなあのゴブリン?
「えっ、人間って話では?」
司会者は、呆れ顔だ。
「あの時の話は、過去にそういう話があって、ここも襲われる可能性があるって言うだけじゃ。お主が何故人間でないことを安堵しとるのかはわからんが、今回はゴブリンじゃ」
しまった。内心を悟られてる。
俺は両手で顔をはたいた……つもりで、気合いを入れた。
「そうですか、数は分かっていますか?」
司会者は首を横に振りながら答えてくれた。
「わからん。しかし行方不明になった偵察達は報告し出来なかったことを考えると少なくとも、偵察がいることを分かって倒したということになる。たまたま遭遇したくらいなら、報告は何かしら出来るはずじゃ」
そうか、偵察を目的を持って倒してるということは、少なくても、最終的には、巣がおそわれる可能性は高いということか。
「ゴブリンと戦って俺たちは勝てるのか?」
「数次第じゃな。少なくてもコウモリのようにはいかんだろう。奴らは狡猾だし、武器を振り回してくるから大きさ次第で、我らは一撃でやられる」
はっ!? なんだよそれ。
全然、最弱王決定戦じゃないじゃん。
マジかよ……そうなると一対一になる可能性のある戦い方は無理だな。
「大きさ次第というのはどういうことですか? 個体差があるということですか?」
司会者は、上の方を見て何かを考えてるような雰囲気で話し出した。
「儂の知ってるゴブリンというと、そこまで大きくない。儂らより少し大きい程度のもんじゃ。だが……大きい者がおらん訳でもない。そいつらに儂らが勝った記憶は無い。さらに……」
何か言いづらそうだ。
「なんだ? これから戦うんだ。情報は多い方がいいでしょう?」
「我らの御三家のように、進化したゴブリンがいたら大きさの問題では無い……」
司会者は、なんとも言えない表情だった。
一言言わせてほしい。
あのポンコツども御三家って呼ばれてるのかよ! そんな敬意払えるとこ見たことねぇよ!
ふぅー とりあえず落ち着こう。ゴブリンも進化すると。なんかゲーム的な発想でいうとオーガとかになるんだっけ? 普通に戦ったら消化出来るイメージまったく湧かないな。今更だが、スライム攻撃力ヤバくない?って最初の印象は、もはや勘違いも甚だしいな。
「なるほど、普通じゃ勝てないってことですね。ところで普通に戦わなければいいのでは?」
司会者が意味不明な生物を見ているような顔だ。
なんか百面相みたいになってきたな。
「どういう意味じゃ?」
「そのままの意味です。相手に正面から突っ込んで、相手を溶かす! とか思ってません? これを止めましょうって話です」
うん、司会者って口あるね。顎外れるよ?
「そんな驚くことですか?相手がデカいなら上から攻めるなり、体に石を蓄えてぶつかるなり、戦い方はありますよね? 勝てるかってのは分かりませんけどね」
「そ、そんなこと、でき、出来るの……か?」
「今、言った2つは少なくても出来ますね。実践済みです。それも自分より小さい相手の話なので、大きいなら他の案も必要かもしれませんけどね」
俺は司会者が驚いてくれることで、誇らしくなってきた。でも、俺はそもそもの問題を忘れていたんだ……