名乗る
危なくないですか? の一言から前、後方に、伝令が走った。そして何やら木の近くをスコップ持った蟻が穴を掘り始めている。
急に蟻達は何をはじめたんだろうか?
呆然と眺めてたら、護衛隊長殿に話しかけられた。
「スライム殿、本日はここで休むことになりました。 スライム殿を休ませる巣穴は作れませんが、一緒に休んで頂けますか?」
えっ、今から巣掘るの? 絶対俺の知ってる蟻の生態じゃないだろ。
《それは構わないけど、そんな話すことあります?》
「もちろんです。護衛をどう進めるか、スライム殿にはどこを任せるか、色々決め直さねばなりませんからな」
えっ…………
あまりの衝撃に、意識飛んでた。
いつの間にか護衛するの確定してんじゃねーか!
いや、初めてスライム以外と話したから、色々聞きたいってのはあるんだけど。
そんな俺の悩みを無視して隊長は、護衛に戻ってしまった。ふと気づくと王女様が、隣からこちらを見ていた。
流石に王女にこちらから触れるのは、不敬だよな。
なんでそんな見てんの? スライム珍しいのかな。
そんなことを考えてたら、王女様が触れてきた。
「スライム様は、引越しについて来てくれる事になったのですか?」
困った。「はい」と言いそうになってしまう。
待てソラよ、そもそもお前はキノコを取りに来たんだろう?
こんな小さい子が、危険だとわかってるのに見捨てるのか?
護衛は既に足りてるだろう? やめておけ。
俺の中で天使と悪魔が囁いている。
ちなみにどっちが悪魔なのか?俺にもわかりません。
《そうですね。距離や時間次第ですかね。》
うん、まぁまぁな回答だったでしょ。
王女様は、悲しそうなに俯いてしまった。
「そうですよね。スライム様にもご都合がありますものね」
俺を見上げて、笑顔になる。
ぐっ……
かわいい攻撃が止まないじゃないか。
コレ、誰かにやらされてるんじゃねーだろうな。 そもそも王女様一人で、なんで俺の横に居るんだよ。
護衛!仕事しろ!
《ま、まぁ、そそそうですね》
………… 沈黙気まずい。
早くなんとかしてくれ!
「隊長! これより餌の格納を行います」
おっ、待ってました!
そろそろ王女様も巣に行った方がいいんじゃない? と思ってたら、目の前に女王が歩いて来た。
「スライム殿、食事は何が好きなのかな?」
好きな食べ物? 今のところ魔力があればなんでも美味いんだよな〜 でもそれ言ったら、私達も美味しいってこと?ってなると困るよな。
《私は、まだ産まれて間もないので、何が好きとかわかりませんね》
よーし、いい回答だ、今日は自分に百点満点あげたいところだ。
「そうか、スライム殿はあの強さで、産まれたばかりなのか……」
あっ、そっちが引っかかちゃうの!?
ヤバいかな。やっぱり「捕えろ!」みたいならないでよ。
《強いと言っても、上から飛びかかっただけですので》
うわぁ、女王めっちゃ渋い顔してる。
「蟻喰鳥……奴は、我らにとって恐るべき敵だ」
女王は言葉を切って、遠くを睨むような目をした。
蟻喰鳥──空から突風を巻き起こして蟻をさらっていく存在。防衛蟻たちにとっては、まさに最悪の相手なのだろう。
「そんな敵を退けるとは……スライム殿、まるで守護神のようではないか」
えっ…… また意識が飛びそうだ
女王の重たい評価に俺は苦笑いするしかない。
《いやいや、女王様、種族的な有利不利の問題です。 助けたは偶然で、守護神などとんでもない》
「そんなことはない。この引越しは、我ら防衛蟻にとって重要な儀式と言って良い。しかし、失敗することも多いのだ。我らに天敵は多いからだ」
なるほど、今までの防衛蟻の歴史があるということか。だけど守護神と言われても壮大過ぎて困るな。
《なるほど、ご苦労があるのですね。ですが、私が助けたのはたまたまです。守護神は過分ですよ。良き友だと思ってもらえれば。》
女王様が驚いた顔でこちらを見ている。よく見ると女王様も可愛いな。
「友か……ありがたい。ではスライム殿、友としてこの大事な儀式が成功するよう手伝って頂けないだろうか?」
あっ……やられた。
これ断れないじゃん!
うわぁ、女王様笑顔輝いちゃってるよ。
蟻とはいえ、さすが女王。
《わかりました。お助けしましょう。ただ一つ心配事があります。》
女王様がめっちゃ訝しい顔になった。
「なんだろう?」
《友と言って頂けるのは大変ありがたいですが、スライムも蟻を食べますよ? 私達は、たぶん食べれないものが無いので》
今は、助けた雰囲気で、誰も文句言わなそうだが、スライム被害に遭った蟻もいるのでは無いかと思うわけなんですよ。 散々手伝ってから罵倒とかされたくないよ。
「スライム殿…… それは、お礼に我らを差し出せということか?」
《バカ!……あっ、ちちち、違います。あ、あまり、信頼を頂いても他のスライムが、襲わないとは言えませんよってことです》
はぁ〜〜!!
違うわ!
ビビってバカ呼ばわりしちゃったわ。
まったく噛み合わない、この先が怖いよ。
「それなら大丈夫だ! あくまで信頼しているのは、目の前にいるスライム殿だからな!」
女王様は胸を張って答えた。
でも俺はそれどころじゃない。今なんてった?スライムの区別つくの? 俺でもつかないのに?
「あっ、スライム殿、我らは、匂いで区別がつくから大丈夫だ!」
女王様は再び胸を張っている。うん、かわいい。
でも同じ種族の俺でも出来ないのに見分けられるのか〜、俺もなんか能力で区別したいな。
《凄いですね。では、私は友として女王様のお供をしましょう。これより私のことはソラとお呼び下さい》
スライム殿って言われても正直自分のことだと思えないからな。さて、それはともかくキノコはいつ頃になってしまうのか……
「ソラ殿……これは、名前というもので良いのか?」
そうか防衛蟻には名前の文化が無いのか……って
よく考えたらスライムも名前の文化ないな。
《そうです。自分で今つけました。友として、スライムでは他と区別出来ませんので》
という事にしておこう。
「なるほど! よくわかった。ソラ殿よろしく頼む! 其方には、我と王女を守ってもらいたい!」
《承りました。お守りしましょう》
なんか雰囲気でカッコつけたけど、やっぱ帰りたい。 よく考えたらあの鳥より強いの出てきたらどうするよ。
「あの、ソラ様……」
考えごとしてたら今まで黙ってた王女様が、モジモジしながら声を掛けてきた。
《なんでしょう。王女様。少し顔が赤くありませんか?熱があるのでしょうか?》
よく考えたら蟻なんだから風邪は引かないか。
顔が赤いと思ったけど、気のせいだな。
「ゴホッ、顔赤いですか? ソラ様私にも名前をつけてくれませんか?」
え゙っ……
名前俺がつけるの?
なんだそのヤバそうなイベントは……
「それはいい、ソラ殿私にもつけてくれ!」
えぇ……
女王様もノリ良すぎない? そもそも蟻の文化もわからんのに変に意味がある名前ついたら怖いんだが……
《女王様、王女様、私はお二人がどんな生活をしてるのか、どんな性格なのかも知りません。 そんな私が名前をつけるのは不適切だと思います。》
よし! これはいい理由だろ。我ながら完璧。
ほら、周りも名前をつける!?って驚いて騒いでるじゃん。危なかったよ。きっと迂闊に付けたらこの後、護衛隊長辺りから、襲われてたでしょ。
「わかりました! ソラ様はもっと私を知りたいという事ですね!」
王女様なんもわかってないよ!
一ミリも通じてないよ!
ほら、俺の後ろから殺意を感じるでしょ?
俺の声は聞こえなくてもキミ達の声は丸聞こえだからね!
…………
俺の声はきこえない……
よく考えたら、そっちの方がヤバくないか!?断ってるの何も聞こえてないってことじゃん!? どどどどうするよ。なんかわかんないけど、ピンチな気がする。
《俺も、護衛達を手伝ってきます》
どうする。このままだと殺意集団の中に入らなきゃいけない。それもマズい。だがこの爆弾魔二人と会話するのもマズイ。
慌ててる俺の救いの声が聞こえてきた。
「女王様! お休み頂ける部屋が出来上がりましたので、お休み下さい!」
「わかった。 ソラ殿も一緒に見てくれるか?」
全然救われてねー!
見てどうするよ。穴の中なんか俺には見えないよ。
せっかく二人から離れたのに、まるで返事を待つかのように後ろから女王の手が触れている。
《わかりました》
なんだよ! 他にどういう答え方があるんだよ……
もう今日が命日かもしれん。
女王の後ろについて行く。王女様は俺の後ろでずっと背中を触って移動してる。
なんか気分は、連行されてるようだ。
巣穴は、五箇所も空けられていた。この短い時間の間に五箇所も穴を開けて巣を繋げてるのか……恐るべきパワーだな。
これ、俺の棺桶になるとかないよ…………ね?