07 美味しくなーれ、萌え萌え――
「わー!」
卓上に並んだ夕食を見て、ユエさんは無邪気に手を合わせた。
「本当にオムライスが出てきた!」
「ご注文は以上でよろしかったでしょうか?」
「……君、そのセリフやけに言い慣れてない?」
「バイト先が飲食店なので」
「あ、そうだったね。たしか店長がお腹を刺されていた――」
「ご飯時にその話、やめませんか?」
これからオムライスにケチャップをかけようというときに、血まみれの店長を思い出してしまい、つい顔をしかめてしまった。
「ごめんごめん」
ユエさんは悪びれる様子もなく軽く謝るが、すぐに感心したように目を輝かせた。
「でも凄いね。これだけのものを、ちゃちゃっと用意しちゃうなんて。尊敬しちゃう」
そう手放しで褒められるのは、なんだかむずがゆい。
サラダはスーパーで買ったものを皿に移しただけだし、オニオンスープもインスタントにスライスした玉ねぎを足しただけ。オムライスの具もウインナーと玉ねぎのみ。ふわとろのオムレツを割るような洋食屋的なものではなく、シンプルな薄焼き卵で包んだものだ。
本当は、あと三種類ほど食材を増やしたかった。でもそうすると食材が余ってしまう。料理をしない人の冷蔵庫に、使いきれなかった食材を残していくのは忍びなかったのだ。
帰り道にユエさんから冷蔵庫の中身を確認すると、お金を預かり最低限の食材を揃えた。そうして作ったのが今夜の夕飯だ。
インスタントや出来合いものでも、皿に盛ればそれっぽく見えるものだ。
「それじゃ、はい」
卓上に置いたケチャップを、ユエさんがこちらに差し出してくる。功労者として先にケチャップを使いなさいということだと思ったが――
「絵柄は簡単にハートマークでいいよ。でも美味しくなる魔法はちゃんとかけてね?」
「……美味しくなる魔法?」
「ほら、美味しくなーれ、萌え萌え――」
「当店はそのようないかがわしいサービスは提供しておりません」
「あーん、いけずー!」
抗議するユエさんのオムライスに、やっつけ気味にケチャップで波線を描いた。
「どうぞ温かい内にお召し上がりください」
「はーい。――いただきます」
先程までの無邪気な表情を引っ込め、ユエさんは手を合わせた。スプーンを手に取り、そっとオムライスをすくう。
僕は自分の食事に集中するふりをしつつ、横目でその行方を見守る。
「……うん、うん」
ユエさんはじっくりと味わいながら、ひと口、またひと口とオムライスを口に運び、小さく頷く。
「美味しい」
そのたった一言に、満足そうな笑みが添えられていた。
自然に漏らした感想。ホッとしながらも、それが嬉しく思えた。
「お口にあったようでよかったです」
「こういった温かいご飯食べるの、久しぶりだからさ」
ユエさんはひと口スープを飲むと、しみじみとした声で続ける。
「やっぱり手料理って、いいね」
「ユエさん……」
「これが現役DKの作ってくれるご飯かぁ」
がくんと頭を落とした。
「なんですか、ちょっといかわがしいその言い方は」
「だって、そこが一番の付加価値でしょ?」
「いやいや、女子ならともかく、男子にそんな付加価値は――」
ありません、と言い切れず、言葉を飲み込む。
そういえばたった一人の男友達が、その付加価値を積極的に利用して、大人のお姉さんたちと交流していることを思い出したからだ。
急に黙り込んだ僕を不思議に思ったのか、ユエさんは小首を傾げる。
「なに?」
「いや、なんでも」
誤魔化すようにスプーンを口に運ぶと、ふわりとバターの香りが広がった。