06 小学校の通信簿には『人の話はよく聞きましょう』と書かれた口
ユエさんはこの状況をニヤニヤしながら楽しんでいるし、カグヤ先輩も期待に満ちた様子でこちらを伺っている。
この状況で話をはぐらかせるだけの話術もなければ、強引に打ち切る胆力も僕にはなかった。
「カグヤ先輩の仰るとおり、あの手紙は女子からの呼び出しでした」
渋々口を開いた僕に、「おぉ!」と歓声が上がる。
「ちなみに僕の下駄箱、コウくんの一つ下なんですよ」
「あぁ……入れ間違えだったオチ?」
一気にテンションを落としたサチさんが、つまらなそうに口を尖らせる。
「コウくんはもう帰ってるから、このままだと待ちぼうけじゃないですか。だから入れ間違いのこと、伝えに行ったんです」
「テルくんは優しいね」
カグヤ先輩はしみじみとした口調で言った。
「そしたら校舎裏には、ちゃんと女子が待っていて……僕に気づくと」
もったいぶるつもりはなかったが、一度息をついてから続けた。
「『来てくれて、ありがとうございます。若井先輩』って」
さっきより更に大きな「おぉ!」が飛び出し、場の空気が一気に沸き立つ。
「ねえねえ、どんな子どんな子! 可愛い?」
ユエさんがはしゃぐように身を寄せてくる。
「クラスで……いえ、学年で一番可愛い子だって紹介されても、納得できるような子でした」
「やっぱり決定打は、わたしのプロデュース力かな」
ユエさんは、手塩にかけたアイドルが認められたかのように鼻高々だ。カグヤ先輩は「あぁー、あの子かー」と思い当たる様子で、まるで身内の祝い事のように嬉しそうだった。
その横で、サチさんだけが妙に落ち着いた声で呟いた。
「その様子だと、愛の告白だった、ってわけじゃなさそうね」
「なんでそう思うんですか?」
「受けるにしろ断るにしろ保留にしろ、仮にも可愛い子から告白されたなら、照れた顔のひつくらい見せるでしょ。ツバメくんの性格的にさ」
「よく見ていますね」
その観察力に感心していると、ユエさんが「え!」と驚きの声を上げる。
「そこまで思わせぶりなことされておいて、告白じゃなかったの!」
「僕も、まさかとは思ったんですけど……勘違いしちゃうのも、仕方ないですよね?」
同意を求めるような口ぶりで、思わず言い訳めいた言葉がついて出た。
ユエさんは納得いかなそうな表情を浮かべる。
「じゃあ結局、なんのためにツバメくんを呼び出したの?」
「もしかして、来光くんとの仲を取り持ってほしいってお願い?」
カグヤ先輩の問いかけに、疲れたようにかぶりを振った。
「むしろそのほうが、どれだけよかったか……」
そう肩を落とすと、数時間前の出来事が脳裏に蘇ってきた。
「私は、あなたのことを――」
その先に続く言葉を前に、気づけば全身に力が入っていた。
「攻めだと思ってるんです!」
「……攻め?」
調子外れな声が漏れた。まるで座ろうとしていた椅子が引かれたような感覚。その場で尻もちをついて、なにが起きたのか頭が追いつかない気分だった。
すると新入生は早口でまくしたてる。
「はい! でもみんな、印象だけで若井先輩を受け扱いして、攻め派の私たちを否定してくるんです! じゃあ、その確信を持てるような交流を、若井先輩としている人がいるのかって聞いたら、そんな人ひとりもいないんですよ。それなのに『若井くんが攻めはありえないから』って頑なに否定して――本人のことをなにも知らない人が、そうやって決めつけるのって、若井先輩にも失礼だと思いませんか!?」
失礼だと言うのなら、本人のいないところでそんな話題に花を咲かせているほうが、よほど失礼である。今すぐそこに除草剤をぶちまけたい。
そしてその失礼さを感じた瞬間に、僕はこれがなんの話かを察してしまった。
「私たち攻め派は、別に若井先輩が受けであることを否定したいわけじゃないんです。許せないのはあくまで、受け派の弾圧的な姿勢っていうか……人の好みを馬鹿にするような、その態度なんです!」
「当人としては、そんな話が裏でされていること自体、許したくないけどね」
「でも、私たちは少数派だから……主流派の声の大きさには勝てなくて……。私、悔しくて悔しくて。休み明けからずっと、それでもやもやしちゃって……」
まるで迫害された弱者のように、めそめそと語る新入生。僕の言葉など、まるで耳に入っていない。
「そこまで否定されるくらいなら、いっそ答えを求めればいいと思って。だから……迷惑なのを承知で、若井先輩をお呼び立てしたんです」
「迷惑じゃないって言ってあげたかったけど、ごめん。普通に迷惑だから、この話に巻き込まないでくれない?」
「お願いします、若井先輩! 攻めか、受けか……どうか私に、真実を教えて下さい!」
新入生はすがるように深々と頭を下げた。たぶんこの子、小学校の通信簿には『人の話はよく聞きましょう』と書かれた口だろう。
攻めであるなら受けがいて、受けであるなら攻めがいる。
それは、僕に相手がいる前提の話だ。
そしてその相手こそが、彼女たちの本当の主役なのだと、僕はわかっていた。
今すぐ回れ右をして帰りたかった。
仏心を出した数分前の自分を恨みたい。
神に祈るような気持ちで「誰か助けてくれ……」と天に救いを求めていると――
「こらー、そこー! 『当人たちへの接触は、絶対不可』の戒律を破ってるわね!?」
二階の窓から、怒声が降ってきた。
そこには三人の女子がいて、今にもそこから飛び降りて、食ってかかってきそうな眼差しで新入生を睨んでいる。
「ウォッチャー……! もう嗅ぎつけてきたっていうの!?」
新入生はウォッチャーと呼んだ存在から顔を隠すように、腕で自分をかばった。
「その行動は、神聖なる均衡への冒涜よ! 今から会員資格を剥奪するから、そこで待ってなさい!」
「くっ……あと少しだったっていうのに……!」
言うほど、あと少しだっただろうか?
新入生は悔しそうにその場から飛び出していき、途中で思い出したように振り返った。
「若井先輩! 私、応援していますから!」
そう言うと、
「攻め派に栄光あれー!」と叫んで、僕に徒労だけを置き去りにしていったのだった。




