20 前世は壺かパワーストーン
ママ活疑惑からのパパ活疑惑の追求、そしてヒモ生活の発覚と、二転三転しながら、大人たちの茶々が絶え間なく挟まる展開。ひとまずすべてが丸く収まったことで、テルの緊張がほどけ、腹痛の波が襲ってきた。
「すみません、ちょっとトイレ行ってきます」
「いっといれー」
「うわっ……」
サチの恥じらいの欠片もないオヤジギャグに、テルは浅い呻きを漏らしつつ、早足で部屋を後にした。
バタン、と扉が閉まる。残されたのは、リビングに残された女三人だけだった。
その機会を待っていたかのように、ユエは申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんね、カグヤちゃん」
「え? なにがですか?」
「ツバメくんが、わたしと一緒に暮らしていること。カグヤちゃんにとっては、面白くないしょ?」
「最初は心配で気が気じゃなかったですけど……今となっては、なんだか面白いことになってるなーって思ってます。なにせ、あの夜桜ルナと暮らして、ひじりんの中の人と交流までしてるんですから」
「うーん、そういうことじゃなくて……」
愉快そうに笑うカグヤに、ユエは頬を掻きながら困ったように返した。
「ひとりの女として、って意味でさ」
「ひとりの女として?」
「ほら。カグヤちゃん、ツバメくんのこと好きなんでしょ?」
「大好きですよ。なにせテルくんは、一番のお友達ですから」
得意げに胸を張って言い切るカグヤ。
だが、年頃の恥じらいのないその明るさが、逆に噛み合わないもどかしさとなって、ユエの問いは続く。
「そういう好きじゃなくてさ……恋愛感情としてって意味で、持ってるでしょ?」
「恋愛感情?」
ぽかんと小首を傾げたまま、カグヤは不思議そうに返す。
「テルくんに、そういう気持ちはありませんよ?」
「嘘でしょ!?」
思いがけない返答に、ユエは思わず仰天した。
カグヤは驚いたように戸惑いながら、小さく両手を振った。
「嘘でしょって……え? え? なんでそんな誤解されてるんですか、わたし……?」
「いやいやいやいやいや……誤解どころか、カグヤちゃんの行動全部から、恋と愛が溢れてるってば!」
「行動から溢れてる?」
「さっきも『わたしにはテルくんしかいないのー!』って、彼氏に捨てられそうな彼女みたいに縋ってたし」
「うっ……そ、それは……」
自らの行動を思い出して、カグヤは口をつぐむ。だが、その表情には、想いを隠そうとする乙女の恥じらいはなかった。
「たしかに、ああやって縋っちゃいましたけど……実際、わたしにはテルくんしかいないんです」
「いないって……友達は他にも、いっぱいいるでしょ?」
「いますけど……わたしの苦労をわかってくれて、ちゃんと受け止めてくれる友達は、テルくんだけなんです」
「はっはーん、なるほど」
サチはすべてを悟ったように頷いた。
「ギャルザベスとしての生活で溜まるフラストレーション、全部ツバメくんで発散してるわけね」
「フラストレーションって……。そう言われたら……そういうことです」
反論も否定もしきれず、カグヤは渋々と、だが素直にその言葉を認めた。
「その様子だと、わたしの身の上について、テルくんから聞いているんですよね?」
「オタクに優しいギャルものかと思ったら、ギャルのオタクもので。しかしその実態は、高校デビューしたヤンキーの成り上がりものみたいな感じでしょ?」
「さすがひじりん、たとえかたが的確だなー。……大体、そんな感じです」
カグヤは疲れたように肩を落とした。
「誤解されてるって気づいたあの日から、ギャルの仮面を被り続けてきたんですけど……気づけば引き返せないところまで来て。ギャルとしてのカグヤがどんどん神格化されちゃって……正体がバレて、『よくも騙したな』って責められる悪夢まで見るようになって……それがどんどん重くのしかかってきて……」
「そこまで追い込まれてるなら、家族に相談するとか、愚痴を聞いてもらうくらいしたほうがいいよ。そういうの、溜め込むと毒になるから」
ユエがアドバイスすると、カグヤはゆっくりと首を横に振った。
「わたし、地元にいた頃は典型的な陰キャ女子で、オタク趣味に没頭してて……ギャルにイメチェンして、ギャルのグループにいるって伝えたときは、さすがに両親も驚きましたけど……でも、それまでがそれまでだったからなのか、逆に今のほうがいいって言って、喜んじゃって。『大変かもしれないけど、そのうち慣れるよ』って、わたしの苦労を話半分でしか聞いてくれないんです」
「まあ、表向きは順調に見えるもんね」
「お姉ちゃんはお姉ちゃんで、わたしを更なる高みに押し上げようってノリノリだから……相談相手にはならないし。お兄ちゃんがいてくれたらって、何度思ったことか……」
「今回ホテル取ったってことは、こっちには住んでないんだ?」
「外資系の仕事であっちこっち飛び回って、忙しい人なんです。昔からすごく可愛がってくれた、大好きなお兄ちゃんで……。この前会ったのも小六以来だったから、ついついテンション上がっちゃって」
「あー、それで小学生のときのノリが出ちゃったんだ」
カグヤは反省するように、無言で大きく頷いた。
「別に、誰かを責めたいって気持ちがあるわけじゃないんです。みんな、基本的にはいい人たちで……楽しいことも沢山経験させてもらってますし。前のような陰キャのまま成長して、社会に出たら、きっと今より対人関係で苦しんでいたんだろうなって。だから……この二年で、ある意味ちゃんと成長はしてはいるんですよね」
「それは絶対あるわね。社会に出たら、『君は陰キャだから仕方ない』なんて配慮はまずされないし。陽キャになれとは言わないけど、そういうノリに慣れてたほうが、後々楽よ」
と、サチが軽く口を挟んだ。
「そんな風に折り合いつけながら、ひっそりと推し活、オタ活に励んでいたら……出会っちゃったんです。わたしの正体を知っても、後ろ指を差すことなく、この苦労を理解して受け止めてくれる人に」
「それがツバメくんだったわけか」
「はい!」
ユエの言葉に、カグヤは晴れやかな笑顔で頷いた。
「推しは違えど、同じV好き仲間として初めて語り合える友達ができて……あの日から、毎日が楽しくて、輝いて見えて。あれだけうなされていた悪夢も、気づけば見なくなっていました」
カグヤはその出会いに感謝するように、胸元で両手を組む。
「もし正体がバレて、みんながわたしのことを否定してきたとしても、テルくんだけはきっと見捨てないでいてくれる。わたしを受け止めてくれる。すべてわかってもらえると思えたら、前よりずっとポジティブになれたし、なにをやっても上手くいくようになったんです!」
「ツバメくん効果凄いねー」
「きっとツバメくんの前世は、壺かパワーストーンね」
感心したような、でもどこか他人事めいたニュアンスで、ふたりの大人はそんなことを口にした。




