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憧れの先輩のパパ活現場を目撃してしまった僕、大人のお姉さんに拾われる。  作者: 二上圭@じたこよ発売中
二章 残ったものは

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09 本物の大人のお姉さんは凄かった

「だってさ、秘密と趣味の共有者となったツバメくんを、一番のお友達にしちゃうような子だよ? 同じような理解のある大人に出会って、気を許しちゃったんじゃない?」


「たしかに親の顔より見たちょろインっぷりだもんね。理解のある大人さんと真剣な交際に発展しても、おかしくないか」


 サチさんは肘をつき、ジョッキを置きながら頷いた。


「年頃の女の子って、一緒にいて楽しいお友達くんより、頼りがいのある大人さんに惹かれがちだし。先輩ちゃん、見た目はギャルでも、自己肯定感低そうだから。なおさらハマりやすいか」


 僕とその大人を天秤にかけるような言葉だった。でも、感情的に否定する気にはなれなかった。


 もし僕に、もっと男として頼りがいがあったら。カグヤ先輩があんな歳の離れた相手と関係を持つことは、なかったのかもしれない――そんな無力感が、じわりと胸を占めていく。


 だからこそ、次の言葉は、自分の気持ちではなく、ただ事実を確かめたくて出た。


「……その相手は、誠実な人だと思いますか?」


「女子高生に手を出すような大人が、誠実なわけないじゃん」


 ユエさんはやれやれと肩をすくめてみせた。


「しかも、顔を売ってる子を、日の高いうちからホテルに連れ込んでるんだよ?」


「先輩ちゃんの未来のことなんて、なーんにも考えてない。身体目的で、都合よく扱ってるだけのろくでもない大人に決まってるわ」


 サチさんは両手を軽く広げながら、首を横に振った。


 否定の余地はそこにはなかった。


 胃のあたりに、鉛のように重たいものが沈んでいく。


「……どうしたら、いいと思いますか?」


 小さく絞り出した僕の問いに、サチさんはあっさりと返した。


「どうしたらもなにも、どうでもいいわね」


 手元のビールを軽く揺らしながら、平然とした口ぶりだった。


「普通、そこでそんな風に突き放します?」


「だってツバメくんの見たものだけで、想像に憶測を重ねてるだけだから。真実は突付いてみないとわからない。話を聞いて楽しむくらいはしてもね、そこにお節介や野次馬根性で首を突っ込んで、どうこうしたいって気持ちはないのよ」


「そうだねー。わたしたちにとって、先輩ちゃんってただの他人だもん。ツバメくんをラジコンみたいに動かして、導きたいって気持ちは湧かないなー」


 ユエさんが同調するように言うと、サチさんがこちらに向き直った。


「そうやってこのまま突き放すのも、可哀想だからね。ここは大人のお姉さんらしいことをしますか。


 ――それで、ツバメくんは、どうしたいの?」


「どうしたいのって、それは……」


 胸の内に答えがあるはずなのに、言葉にしきれず詰まってしまう。曖昧に視線を落とした僕を、サチさんは見抜いたように微笑んだ。


「いい? 大事なのは、自分がどうしたいかよ。それを言葉にできないまま『どうしたらいい?』って聞いちゃうとね、本当にやりたいことが、どんどん見えなくなっていくの」


 その言葉が、胸の奥で反響する。それが共鳴するように、呼び起こされた記憶があった。


『だからな、ワカ。なにをするにしても、『普通は』なんて理屈は絶対持ち出すな。大事なのは、自分がどうしたいのか、その気持ちを言葉にすることだ。そうしないと、上辺、見栄えで整えた言葉に行動と感情が引っ張られて、本当の気持ちってやつを見失うぞ』


 コウくんの言葉だった。


「今すぐ答えは出さなくていい。その代わり、時間をかけてでも答えは出しなさい。『どうしたらいい?』って聞かれたら、『どうでもいい』としか言えないけど――その答えが出た後、『どうやったら上手くいく?』って聞かれたら、一緒に考えてあげるから」


 サチさんは軽く笑って、手のひらをひらりと振ってみせた。それだけの仕草なのに、なんだか肩の力が抜けた気がした。


 自然と頬が緩んでいた。


「さすがというか……迷えるものを導くのは、お手の物ですね」


「なにせ、堕落と迷いに満ちた人々を救済するために召喚されたからね」


「でも、当人はミイラ取りがミイラになってませんか?」


「私は堕落なんてしていません!」


 キャッチコピーにも使われているフレーズを、ひじりんの声音で惜しみなく披露された。それがおかしくて、そして嬉しくて、思わず吹き出してしまった。


 あの日からずっと、カグヤ先輩への迷いや想いなど、気持ちの整理ができずにいた。それがすべてとは言わないが、心の中で絡まっていたわだかまりが、ほどけていく気がする。


 どうすれば、ではなく。どうしたいのか。


 まずは、自分自身の言葉で。ちゃんと形にすることから始めよう。


「……スッキリした顔を見せてくれて嬉しいわ。どう、大人のお姉さんって、やっぱ凄かったでしょ?」


 サチさんは下ネタすれすれのトーンで口端を吊り上げる。


 今更そのくらいでたじろいだりはしない。僕は軽く受け止め、そのまま流した。


「はい。本物の大人のお姉さんは凄かったです」


「本物ってどういうことかなー?」


 ユエさんは楽しげに身を寄せてくるが、その目は笑っているようで笑っていない。


「ユエさんはほら、なんちゃってだから」


「なんちゃって!? ツバメくんのくせに生意気ー!」


 なんちゃって大人のお姉さんが、僕の肩をぼこぼこと両手で叩いてくる。酔いのせいで加減がきかず、なかなかに痛い。


「ほら、他にお客さんがいるんだから暴れない」


 面白がりながらも、サチさんは手を叩きながらたしなめてくる。その手が急に、思い出したようにバチンと鳴った。


「あっ、そうだ、ツバメくん。明日って暇?」


「暇ですけど……どうかしました?」


「ちょっと家に来てくれない?」


「サチさんの家……って――」


 その意味を思い当たった瞬間、僕は息を飲んだ。


 サチさんは意味ありげに微笑むと、ひじりんの声音で告げてきた。


「おめでとうございます、若井燕大くん。あなたは、私の聖域に招き入れられる、記念すべき最初の聖徒です」

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百合の間に挟まるな! ~脅迫NTRもの展開を阻止した結果、百合の間に挟まれた件~
並行して連載しておりますので、こちらもお目通し頂ければm(_ _)m
― 新着の感想 ―
やっぱり、人生経験の差かしらん。亀の甲より年の功w
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