07 おわかりいただけただろうか
「うーん……」
一方、隣のユエさんが、唸るような声を上げた。
「ツバメくんさー。その子、ギャルなんだよね?」
「はい。他のギャルから、姫や女王扱いされるくらいには」
「でも今の話を聞いてると、先輩ちゃん、なんかギャルっぽくないんだよねー」
「というと?」
「そもそもギャルっていうのはね、マインドなんだよ」
ユエさんがビシっと人差し指を立てた。
「派手な見た目イコールギャルって思いがちだけど、ギャルの本質って、自分の好きを堂々と自己表現できることなの。そういう子たちって自己肯定感が強いから、自分をちゃんと持ってるわけ。自分の好きを隠すなんて真似は、まずしないんだよ」
「そうそう。だからギャルって、セインや夜桜ルナとは対極の存在なのよねー。私たち、ファンが受け入れがたいものは、しっかり隠してくから」
サチさんは頷きながら、ビールを一口。ふと気づいたように、眉根を寄せた。
「あー、そう考えると、たしかに変な話よね」
「変って?」
僕が問い返すと、今度はサチさんが人差し指を立てた。
「先輩ちゃんがそこまで必死に、ヒィ担を隠してるわけ」
「うんうん。そこは堂々と、公言するところだと思うの」
ユエさんが大きく頷くと、サチさんは昔を懐かしむように遠くを見た。
「昔はオタク趣味って、気持ち悪がられてたけどね。今の時代、キモイのはオタク趣味じゃなくて、当人自身の問題。『オタクだからキモいのは仕方ない』なんて開き直り、もう通用しない。そんな市民権を得ちゃってるのよ」
「せっちゃんも――うちのグループの子も、アニメオタクであることは公言してたからねー」
名前を出されてもわからないと思ったのか、ユエさんはすぐに補足してくれた。
「だから、先輩ちゃんくらいのギャルが、Vチューバー好きを隠すのが不思議だなーって」
「実はマインド云々って話は、カグヤ先輩から聞かされてました。それを踏まえて、こう言ったんです」
コーラを一口飲んで、僕は言葉を継いだ。
「『本当はわたし、ギャルなんかじゃないの』って」
「え? ギャルザベスとまで呼ばれておいて?」
ジョッキを口に運びかけていたサチさんが、思わずそれをテーブルに戻す。
「カグヤ先輩、生来の陰キャらしいんですよ」
「「陰キャ?」」
ユエさんとサチさんが、声を揃えて聞き返す。
あまりにも場違いな言葉を聞かされて、意味を飲み込めずにいる顔は、かつての僕そのものだった。
「今のギャルな姿も、高校デビューだって」
「「高校デビュー!」」
あー、と得心がいったような顔を、大人ふたりは揃えていた。
「しかも、僕と同郷」
「同郷!」
ユエさんが目を見開き、手を合わせながら驚く。
「小中学校も、どうやら同じだったらしくて。その実家が、僕の家から自転車で十分の距離でした」
「近っ!」
サチさんが目を丸くしながら叫ぶと、訝しげな目をこちらに向けてきた。
「まさかここで、幼馴染設定とかぶちこまないわよね?」
「さすがにそれはなかったですけど……ただ、同郷だからこそ、都会に憧れて出てきたカグヤ先輩の気持ちは、よくわかりました」
カグヤ先輩の話によると、小中学生のときは誰もが認める陰キャであったらしい。クラスの友達も、ボッチにならないために結束した仲間しかいない。僕とそう変わらない、陰キャライフを送っていたようだ。
好きなものはいわゆる、ゲームやアニメ、漫画なオタク趣味。自分磨きなんて発想もなく、オタ活だけが生きがいだった。
だから、テレビを育った女の子がアイドルに憧れるように、カグヤ先輩はVチューバーに憧れた。その中でもヒィたんこそが、カグヤ先輩の心をなにより惹きつけた可愛いとして、推しになったのだ。
推しができれば推し活に励むのが、自然の摂理。
最初はグッズを集めて、部屋をヒィたんで満たすことで得られた歓びも、次第にそれだけでは満足できなくなっていく。体験型のイベントはいつだって都会で開かれるものだから、地方住まいの田舎者にとっては、気軽に参加することは叶わない。その度に歯がゆい思いを噛みしめるのだ。もちろん、誰もが知っているようなオタク専門店なんて、僕らの地元には存在しない。
だからこそ、東京に憧れる。
地元を離れて、推し活ライフを思う存分楽しめる環境に身を置きたい。そんな想いが、カグヤ先輩を突き動かした。
他の従姉妹たちがそうしてきたように、カグヤ先輩も親戚のマンションを借りて、東京に住みたいと願った。向こうの高校に通いたいと、家族親戚に何度も頼み込んだ。
その願いは、『指定された高校に受かれば』という条件付きで、ようやく認められた。地元で一番偏差値が高い高校とほぼ同等。普段からしっかり勉強していれば届く、無理のないラインだった。
だが、当時のカグヤ先輩の学力は壊滅的で、地元でも定員割れしている高校くらいしか受からないとまで言われていた。
そこから彼女はオタク趣味を封印し、ひたすら勉強に打ち込んだ。僅かな余暇はすべてヒィたんに捧げ、それだけを心の励みにしていた。
結果、努力は実を結ぶ。まともな高校は通えないと諦めていた家族も、約束を違えることなく、祝福と共にカグヤ先輩を東京へと送り出してくれたのだ。
「ここで終われば、努力が報われました、めでたしめでたしだね」
「むしろ、受験勉強の反動で、行き過ぎた推し活が身を滅ぼす流れね」
ユエさんとサチさんは、考え込むように眉根を寄せている。
なぜ、この流れで望まぬギャル街道を突き進むことになったのか。
空になったグラスが補充されると、僕は話を続けた。
「カグヤ先輩には、二十歳を越えた従姉妹がいるらしいんですけどね。その人の口車に乗せられるがままに、プロデュースされたというか、高校デビューさせられたというか。従姉妹さんのお人形にされちゃったみたいです」
自分磨きとは無縁だったカグヤ先輩。でも、その素質に気づいていた従姉妹が、可愛い妹分を磨き上げようと目論んだ。
最初はイメチェンを嫌がったカグヤ先輩も、こんな言葉をかけられた。
「東京のオタクはね、みんな可愛いのよ。そんな田舎っぺ丸出しでイベントに出たら、笑いものになるわ」
「う……で、でも――」
「推しのイベントに行くために、東京に出てきたんでしょ? だったら、相応のおめかしをして臨むのが、推しへの礼儀であり誠意。当日になって慌てたところで、ダサい自分に魔法はかからないわよ」
「た、たしかに……」
「なにより推しだって、冴えない子より、可愛い子が来てくれたほうが嬉しいに決まってるわ。推しの喜ぶ笑顔は、自分で作っていくのよ!」
「わかった……わたし、変わるよ! ヒィ担として恥ずかしくない姿になる!」
こうしてカグヤ先輩は、冴えない自分とさようならをする道を選んだのだ。
その従姉妹さんの言っていることは、間違ってはいないと思う。僕もユエさんに言われるがままイメチェンしたが、今までなかった自信を持てるようになった。カグヤ先輩にそれを、従姉妹さんは持たせて上げたかったのかもしれない。
ただ問題は、その変身が従姉妹さんの趣味全開でなされたことだ。
カグヤ先輩の意見は取り入れるどころか、聞かれもしないまま、連れ込まれた美容院で髪をいじられ、メイクを叩き込まれ、今の原型が完成した。
変身直後は派手すぎる姿に面食らいながらも、東京の女子高生はこういうものと思い込み、受け入れていた。なにより以前の自分よりは断然マシで、可愛くなれたことに素直な歓びを感じていた。
異変に気づいたのは、入学してすぐのことだった。
自分の周囲に集まってくるのは、苦手意識を持っている陽キャたち。しかも、都会育ちの完全上位互換――ギャルたちであった。
「最初はね、陽キャたちの陰キャ弄りでも始まるのかと思って、身構えていたんだけど、そんなの全然なくてさ。同じクラスの仲間として普通に扱ってくれて……ギャルが怖いものと思ってたのは、ただの偏見だったんだって気づいてね。ちょっと感動しちゃったんだ」
あの日、コラボカフェでカグヤ先輩がそう語ったのを、僕は思い出す。
「でもさ、話のテンポとか、勢いとか、ギャルのノリについていくのはやっぱりしんどくて。陰キャは陰キャらしく、オタク仲間の友達を作って、教室の隅でひっそりやってるほうが性にあってるなーって思ったの」
ストローを咥えながら、カグヤ先輩はどこか達観した口ぶりでそう言った。
「でも次の日も、そのまた次の日も、気づけばギャルたちの内輪に入っててさ。なんでわたしなんかと絡んでくれるんだろうって、不思議でたまらなくてね。嫌な思いはしてないし、みんないい子たちなんだけど……わたしの居場所はここじゃないって思いながら、流されてたの」
そんなカグヤ先輩に、ある日転機が訪れた。
「一週間が経った頃かな? 友達になれそうなクラスメイトがいたの」
「どんなクラスメイトですか?」
「昼休みにトイレから戻ったらさ、ヒィたんの放送を見てる女子がいたの。で、うわっ同士じゃん! ってテンション上がって、つい声をかけたんだ。なに見てるの? って」
なにを見ていたかなんて、明白だった。でもカグヤ先輩としては、そこから「あ、ヒィたんだ。好きなの? わたしも!」って、会話を広げていくつもりだったらしい。
だけど返ってきたのは、怯えるような視線と戸惑いの声だった。
「へ!? あ、その……竹林さんが見るような……ものじゃ、ないです」
動揺した様子で、クラスメイトはスマホをスリープした。
恥ずかしい動画を見ていたわけでもない。それなのに、なぜそんなに畏まるのか――カグヤ先輩が戸惑っていると、
「カグヤー、なにしてんのー?」
「うざ絡みはやめなよー」
ギャルたちが、軽くたしなめるような声を飛ばしてきた。
思わぬ方向からの言葉に、一番驚いたのはカグヤ先輩だった。
「へ!? い、いや、そんなつもりじゃなくて……ただ、なに見てるのかなって、思って……」
「カグヤにそのつもりがなくても、困らせんのはよくないよ」
「困ら、せる……?」
「いいから戻っておいでー。ハウス、カグヤ」
ギャルのひとりは手招きした手を、そのままヒィ担女子に振った。
「うちの子がごめんねー」
「あ、いえ。大丈夫、です……」
俯いたまま、ヒィ担女子はそっとスマホを抱え、自分の世界へと戻っていった。
呆然としながらギャルたちのもとへ戻ると、彼女たちは自撮りの構えをしていた。
「ほら、カグヤー、こっち入ってー。ほら、いくよー」
言われるがまま、彼女たちと肩を寄せ合って写真に映るカグヤ先輩。
その写真を見た瞬間、カグヤ先輩はゾクリとした悪寒が走った。そこには、信じられないものが映し出されていた。
ギャルたちに溶け込んでいる、自分自身の姿である。
「……そのとき、わたしは初めて気付いたの。みんなと同じギャルとして見られていたことに」
まるで死んでいたことを自覚した幽霊のような口ぶりだった。
そして同胞であるヒィ担女子が、なぜあんなにも怯えた目で自分を見ていたのかも、ようやく理解できた。
陰キャがいきなりギャルから話しかけられたら、キョドるのは当然だ。かつての自分が、まさにそうだったのだから。
知らぬ間に自分は、恐れていた側になっていたのだ。